ほぼ日刊イトイ新聞

「ヘンタイよいこ」新井紀子は明日への希望を忘れない。

新井紀子x早野龍五x糸井重里

*1

自由競争市場では、同じものの価格は同じになる。
つまり、同じようなものであれば、
買い手は安いほうを選ぶ結果、
高いものは値を下げざるをえないという考え方。

社会が滅びるときの怖さ

2018-05-17-THU

新井さんの研究の根底にあるのは、
家族や社会をなんとか助けたいという使命感。
東ロボ・プロジェクトの真の目的が明かされます。

糸井
『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』ですが、
東ロボくんを語った1部と、読解力を扱った2部、
重心はどっちにあるんですか?
今日聞いてる限りでは、
1部を利用しながら、
2部の話をしてるように思えるけど、
読者は1部のAIにひかれるんでしょうか?
新井
いや、必ずしもそうでもないと思います。
子どもたちの読解力が危ういことに
危機感をおぼえている人は多いので。
糸井
なるほど。
新井
私の本って、娘の年齢とともに上がっていくんですよ。
娘が小学生のとき『ハッピーになれる算数』を書いて、
その次に中学生向けの
『生き抜くための数学入門』を書いたんです。
娘が大学生になったときは、
『コンピュータが仕事を奪う』。
彼女が働くことを考えはじめたから。
糸井
ああ、そういうのありますね。
新井
その娘が
「このままだと、この国怖い」と言うわけです。
それに対して、なんとかしたいと思ったんです。
それが『AI vs. 教科書がよめない子どもたち』を
書いた出発点なんです。
社会が滅びゆくときって、
嫌な感じになっていくでしょう。
糸井
よくわかります。
新井
すごく嫌な感じ。
普通なら、ここまで下品なことしないよね、
みたいなことをやる人が出てくる。
それに対して何も言えない状態が起こると思うんです。
たとえば古代ギリシャとかローマ帝国や清の最後とか、
きっとそんな風だったんだろうって思うわけ。
日本がバブルのまっただ中だったとき、
私はアメリカの中西部に留学していたんです。
そのときアメリカはすごい不況で、
銀行がばたばた潰れていきました。
あのときの暗さを忘れることはないと思います。
糸井
なるほどね。
新井
昨日まで絶対あり得なかったことが、
今日は〝あり〟になっちゃうような、
そういう〝コモンセンスがなくなった社会〟が怖い。
だから、何かできないかって考えました。
早野
うん。
新井
AIを止めることはできないから、
私にできることは何かを考えたわけです。
機械的な作業をやって稼いできた人が、
「あなたの仕事はAIがやるから、
今日からあなたはいりません」と言われたら、
その人やその家の子はどうするんでしょう?
「AIに代替されるような人だったからしょうがない」
一部の人はそう言うかもしれません。
けど、その人一人だけの問題じゃなくて、
仕事を奪われちゃった人の子どもが
学校に行けなくなったり、
奥さんが美容院に行かなくなるとか、
お金が使われなくなることで、
どんどん経済活動が少なくなっていく。
社会全体にマイナスの影響があるんです。
早野
なるほど。
新井
私もあと10年で定年ですから、
自分にできる最後のおつとめはないかと思ったとき、
AIが来たときに、AIに使われるんじゃなくて、
AIを使う側の人を少しでも増やしたいと思ったんです。
それによって年収の中央値が
ちょっとでもあがればいいと思うんです。
それが、このプロジェクトをやった理由のひとつです。
早野
なるほど。
新井
もう一つは、
従来の資本主義経済の「一物一価」(*1)
みたいなものに収斂してしまわないような、
〝逃げ方〟みたいなもの。それを、
なるべくたくさん用意したいと考えたことです。
効率だけを優先して、大量につくられたものが、 
どんどん安く売られるような社会だと、
人は機械に置き換えられてしまうだけになる。
そうではなくて、人が知恵を働かせて、
人でなくてはつくれないもの、
できないサービスを提供して対価を得て、
幸せに暮らす。
そんな方向に進みたいと思うのです。
糸井さんの「ほぼ日」の商い、
他のどこにもないものをつくって、
自分で価格を決めて売るようなことが、
良い例だと思うんです。
そして、AIに使われるのではなくて、
人が人として働いていける社会を
つくろうというときに、
みんなが話し合うための言葉をきちんと持って、
民主主義が成り立つ国にしたいと思ったんです。
この3つの理由から、本の後半部分、
子どもたちの読解力の問題を書いたわけです。
糸井
そうか、みんなに伝えなきゃいけないという
意識だったわけですね。

研究者は〝坊主〟

早野
ところで、AIという言葉は、
いまものすごく便利に使われているけれど、
中身はいろいろ混ぜこぜにして使ってますよね。
代表的なものとしては、IBMのワトソンとか、
アルファ碁みたいなもの。
まとめてAIと言って問題ないものですか。
新井
AIというより、AI技術ですね。
大量のデータを使って統計で解くというのが主流です。
どれかひとつが頭抜けているというより、
問題によってどの方法を使うか選ぶ感じかな。
あくまでツールなんです。
でも、どうして「人工知能」っていう
「知能」だと思われちゃったのか‥‥。
たぶん、鍵は
「ニューラルネットワーク(neural network)」
という言葉だったと思うんです。
ニューラル(神経)って言うと、
まるでリアリティみたいな印象を与えたでしょ。
早野
脳を模倣したかのような。
新井
そう。名付けの妙で、
リアルに感じてしまった人たちがいたんですね。
AIに関して、それがひとり歩きした感じはします。
糸井
世の中から期待されてたから、
肯定的な名前になっちゃったんでしょうね、きっと。
落ち着いて考えれば「これだけのこと」って
言えたはずなのに、
それを喋って仕事にしている人がすごく多いから。
新井
うん、うん。
糸井
調子のいいことを言う人、お調子者は必要なんだけど、
よく喋る説明の上手な人が
ぜんぶ職業になってしまっている。
「ただ喋ってる人」の価値は
下がった方がいいと思います。
新井
私ね、
「研究者ってなんのために雇われてるのか」っていうと、
国のリスクヘッジのために雇われてきたと思うんです。
坊主みたいなもんです。
私は自分で坊主だと思っているんですよ。
早野
坊主!?
新井
坊主って隣の家の葬式も行くし、
総理大臣の葬式にも行くでしょ。
誰とでもフェアに接しますっていうのが
その役割だと思うんです。
それは何かと言うと、自分のことは考えないで、
科学をベースにして
「この判断ってどうすればいいですか」って
聞かれたときに、
専門と信念に基づいてフェアな答を言う人。
でも、「フェアな信念」はそれぞれの考えだから、
いろんな研究者を揃えておかないと
危ういと思うんです。
こうした意見をそれぞれ聞いて、
「なるほど、あいつはそう言ってるか」みたいな感じで
判断をすればいいと思うんです。
糸井
そうですね、うん。
早野
研究者は奇特な存在なんですよ(笑)。

(つづきます)

2018-05-17-THU