HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

宇宙図書館、MURANO。

──
こちらの写真も、非常に目を引きますね。
瀧本
松任谷由実さんのCDのジャケットです。

タイトルは『宇宙図書館』です。
──
あ、だから、本棚がぐにゃーっと。

瀧本
アートディレクターの森本千絵さんの中に、
「時空の歪んだ図書館」
というイメージが、最初にあったので‥‥。
──
ええ。
瀧本
実際に、こういう本棚をつくったんです。
──
え?
瀧本
つくったんです、この本棚。
──
つくったんですか!

これでさえも合成じゃないんですか‥‥。
瀧本
ただ、予算の限りもありますので、
本棚に並んでいる本は、本物じゃなくて。
──
と、言いますと。
瀧本
本棚のなかの本については、
松任谷由実さんの行きつけの本屋さんで、
本の背表紙を撮らせてもらったり、
資料庫の本を撮ったりして
膨大な数の本の背表紙を集めました。


その写真を紙に出力して貼ってるんです。
──
なるほど。

で、中心をぐにゃっとねじって印刷して。
瀧本
で、その「本のねじれ」に合うように、
本棚の枠をつくって、つけているんです。


で、なぜそうしたかというと、
どうしても、ねじ曲がった本というのが、
つくれなかったんです。
──
そこの可能性も探ったんですね‥‥。
瀧本
まあ、つくれなくもないんですけれど、
歪んだ本をこれだけとなると、
ものすごいコストがかかってしまうので。


現実的じゃないなと方針転換しました。

──
完全に職人さんの手作業ですもんね。
で「つくるのは本棚だけにした」と。

たしかに床の映り込みもあるし、
CGじゃかえって難しいのかもしれませんが、
でも、やっぱり、すごい。
瀧本
その床の写り込みですが、
鏡を敷くことも考えたんですが、
それも断念しました。


どうしても継ぎ目が出てしまうことと、
コスト面で見合わなかったので。
──
じゃ、どうされたんですか。
瀧本
プールをつくって水を張ったんです。
そこに、墨汁を入れました。


プールは、
そんなにはお金はかからないんです。
墨汁も、これくらいの大きさなら、
2本か3本入れたら
じゅうぶん黒くなりますので。
──
墨汁プール‥‥。
瀧本
鏡みたいに写るんです。
──
よく見ると、影側のドレスのあたりに、
水面のさざなみが見えますね。


これは、実際に撮ってこそ、ですよね。
瀧本
ピチャピチャ、波を立てて撮りました。


水面が揺れていれば、
本棚の歪みと、イメージがそろうので。
──
でも、コストのことを考えながら、
試行錯誤してこういう場所をつくって、
そこに
松任谷由実さんに立ってもらって、
パシャッと撮ったら、
このイメージが生まれるんですよね。


撮ったあとの加工は、何にもせずに。
瀧本
そうですね。
──
全体的に、何かの手品のようです。
瀧本
ほぼ何にもしていない、という意味では、
「MURANO」の広告もそうでした。

──
これも‥‥じつに不思議な写真です。
瀧本
雑誌の見開き広告の企画です。


MURANO design x Mikiya Takimoto
といった感じで、
写真家コラボというか、
日産の「MURANO」という自動車を
見開き2ページで
自由に表現していいですよ‥‥と。
──
で‥‥お好きなように撮影したのが、
この、2台の車を、
おなかをあわせて合体させたような、
たまごみたいな、繭みたいな。
瀧本
はい。せっかくのいい機会なので、
どんなふうにしようかなあと
いろいろ考えていたとき、
MURANOの
デザインコンセプトを聞いたんです。
──
ええ。
瀧本
何でも、この車って、
ラグビーボールから
デザインの着想を得ていて、
それで、
オレンジ色がキーカラーなんだって。
──
へえ、ラグビーボール。そうですか。


日本車にしては、
ちょっと、めずらしい色ですもんね。
瀧本
そこで、車をおなかでくっつけました。


そうすると、ラグビーボールみたいに、
見えるかなあと思って。
──
おお、おお。見えます見えます。


でも、車の前後の写真を貼り合わせたら、
こんなふうに
ラグビーボールみたいに見えるって、
撮影前に予想がつくものなんでしょうか。
瀧本
トミカのミニカーを買ってきて、
フロントとリアをそれぞれ写真に撮って、
貼ってみたら「あ、いけそう」と。
──
ミニカー‥‥MURANOの?
瀧本
これです。

──
これ、ほとんど完成品じゃないですか。

できましたと言ってもバレないレベル。
瀧本
さすがにそれじゃマズイんで(笑)。
──
ですよね(笑)。


そして、それだけトミカのミニカーが、
完成度が高いってことでもありますね。
瀧本
うん(笑)。


でね、雑誌で車を見せる場合には、
いわゆる「ノド」の部分を嫌うんです。
──
ええ、ノドというのは、
雑誌を開いたときに真ん中に来る、
紙を綴じた部分ですね。


その部分に写真がかかると、
どうしても、見えづらくなりますから。
瀧本
なので、車を雑誌で大きく見せる場合、
何とかっていうセオリー‥‥
つまり「フロント7に対して側面が3」
みたいな、
「黄金比率」があるらしいんですよ。
──
ええ。「らしい」?
瀧本
はい、あの、僕‥‥そのへんの
業界の事情には、詳しくなくて(笑)。
──
なるほど(笑)。


とにかく、
一般的に「よし」とされている割合が、
あるってことですね。
瀧本
でも、こういう写真にしたら、
ノドで、2枚の写真を貼り合わせれば、
あんまり関係なくなるなあと。

──
おお、ハンデを逆手にとった発想。
瀧本
しばりや制約があるほうが、
「作戦を練る」ことができるんですよね。


この場合も、じつは、
ラグビーボールにしようと思うより先に、
ノドというやっかいなものを
どうやったらうまく回避できるだろうと
考えた結果、
ポッと浮かんだアイディアだったんです。
──
なるほど。そっちが先でしたか。
瀧本
で、そのアイディアが浮かんだあとは、
空抜けのできる広い空き地を見つけて、
車の前後を撮って、切って貼っただけ。


特別なことは、何もしていないんです。

(つづきます)2018-08-02-THU