武田双雲ー糸井重里 HOME 言葉について、書について、 「いつでも帰ってこれる場所」について


第3回 かくも「言葉」は強烈だ
糸井 悠久の「悠」か。オリンピックのボルトは。
武田 ふいにぽっと、出てきたんですけど。
糸井 たしかに‥‥「遊」というより「悠」だよね。
なんか「自然の摂理」みたいな感じが。
武田 ええ、「遊」のほうが、
より能動的で、自発的ですよね。
糸井 「悠」には「運命」を感じるというか‥‥。
武田 ゆえに、もっと絶対的。
糸井 個人の意志を超えてる。
武田 人類が少しずつDNAを積み重ねてきた
「悠久のとき」を越えて、
人間の意志と神経と筋肉の組み合わせとして
あの「横向き」が、出たと‥‥。
糸井 オリンピックの決勝という、極限的な状況で。
武田 糸井さん、「ボルトの横向き」的なものを
お仕事のなかで感じることは、ありますか?
糸井 ありますよ。
武田 あります? あの心境を?
糸井 ありますよ、そりゃ。
つまり「うれしくてしょうがないとき」でしょ。
武田 あ、そうか、そうか!
あれは「うれしくてしょうがない!」ですね。
糸井 たかが人間、全知全能の神さまなわけじゃなし、
「たかがオレだぜ」って気持ちは、
昔から、すごく大きなものとしてあるんです。

‥‥にしては、
ちょいとうまくいくときがあるんですよ。

そんなときは‥‥うれしいんだよなあ。
武田 ボルトみたいに。
糸井 横向いちゃう(笑)。
武田 わかってないことが多いのか‥‥どうなのか。

自分が優れてるなんて思ってないんですが、
「オレって、大したことないな」とは
おなじように、やっぱり、思えないんです。

それは「自分のこと」にすごく興味があって、
言い換えると、
「オレという人間」が研究対象なんですね。

だから「自分のこと」を
「大したことない」だなんて、絶対思えない。
糸井 ああ‥‥。
武田 だからいま、すごくビックリしたんです。

糸井さんが、
ご自身のことをそう思ってきただなんて。
糸井 これはね‥‥説明するのが難しいんですけど、
すごく肯定的な意味なんですよ。

うちの社員なんかには、
全員にたいして言ってあげたくなるくらい。

大したことなくて、よかったなぁって。
武田 つまり、卑下してるわけじゃなく?
糸井 大したことのない、ふつうの人たちが
がんばって、
「横向いた」ときのうれしさって、すごいよ。

で、それを見ているぼくのほうも、
当人たちと同じように、うれしいんです。

ああ‥‥よくやったなぁって。
武田 なるほど‥‥そういう意味でしたか。
糸井 ‥‥お話をしていて思ったんですけど、
武田さんは、いま、
とても「言葉」に興味のある時期でしょう?
武田 そうかもしれません。
糸井 あばれたり、突っ走ったりね(笑)、
絶対、おもしろがってる時期だと思うんです。

でも、ひとつ思うのは‥‥
言葉が書を「救っちゃう」ようなことがあったら、
ちょっとあぶないかもしれないね。
武田 言葉が? 書を?
糸井 書の足りてないところを、
言葉が救っちゃうってこと、あると思うんです。
武田 うん‥‥ある! すごいな‥‥。
糸井 いや、そういうもんだと思うんです。
武田 ぼくの弱さなのか、わからないけど。
糸井 弱さじゃなくて「言葉」が強いんですよ。

視認性は高いし、音声としても入ってくるし、
よくも悪くも、強烈なんですよね。
武田 たとえば、個展をやるってときに、
書の作品に「詩」や「思い」を添えるどうか、
いつもけっこう悩むんです。

個展というひとつの世界に、
どこまで「言葉」を入れ込むのか。

「書だけでいいんだ」という意見だって、
とうぜんありますから。
糸井 ‥‥井上有一さんという書家がいたでしょう?
武田 ええ、はい。大家です。
糸井 その北京オリンピックのときも、
コムデギャルソンの川久保玲さんが
井上さんの書をつかった
競泳のレーザー・レーサーをデザインしてましたけど‥‥
インタビュー嫌いで有名だったみたいで、
ぼくくらいしか
ちゃんと会ってないらしいんですね。
武田 ええ。
糸井 ほんとにもう‥‥すてきだった。
武田 どのように?
糸井 もう、20年以上まえになると思うんだけど、
井上さんちは「禁煙」だったんです、当時。

タバコを吸っちゃいけないって
壁に貼り紙がしてあるほどで。
武田 書で?
糸井 そう、でも、ぼくがお宅に訪問したとき、
「ただし、
 糸井重里さんはその限りに非ず」って
貼ってくださってたんです。
武田 へぇ‥‥。
糸井 井上さんには、
そのときの2時間くらい取材しただけで、
その後いちどもお会いできないまま、
お亡くなりになられたんですが‥‥。

井上有一さんの展覧会のタイトルは、
ずーっとね、ぼくがつけてるんですよ。
武田 いやぁ‥‥鳥肌が立つなぁ、その話。
糸井 ちょっといいでしょう?

で‥‥さっきの「言葉のちから」に話を戻すと、
表面的な見かたをしてしまえば、
その「井上有一」でさえ「貧」という一文字に、
頼り切ってたとも言えますからね。

※井上有一氏は「貧」だけで数百枚もの作品を残し、
 「貧」の個展を開いたり、作品集を出すなど、
 大きなテーマとして「貧」に取り組んでいました。
武田 そうなんですよね‥‥言いかたによっては。
糸井 「貧」という一文字が持つ意味を
世のなかの人たちは、知ってる。

そのことをあてにしなければ、
「貧」の一文字を
あんなにも書き続けられなかったわけで。
武田 うん。
糸井 だから、たとえば武田さんが
「ひらひら」と書いたら。

その「ひらひら」という言葉のちからに
多かれ少なかれ、頼らざるをえない。
武田 わざと頼ることもありますし。
糸井 そうでしょうね。
かくも「言葉」は‥‥強烈ですから。
武田 でも、あの、井上さんの「貧」は‥‥。
糸井 かっこいいよね。
武田 うん、貧相じゃないんです。「貧」なのに。
糸井 ああ、そうだね。
武田 それでいて、ぼくが「貧」と書いても
あんなに「貧しく」は‥‥ならないです。
糸井 ほー‥‥。
武田 だからあれはね、ムリ!(笑)

真似したってできるものじゃないです。
どれだけ練習したとしても。
糸井 井上さんの生きかたそのものが
入っちゃってますからね。
武田 ある意味では「貧しい」という概念を
くつがえすぐらいの書ですよ。
糸井 「痩せた貧」やら、
「太った貧」やら、いろいろあるし。
武田 圧倒的に華やかなんです。「貧」なのに。

<つづきます>

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2008-12-24-WED

(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN