武田双雲ー糸井重里 HOME 言葉について、書について、 「いつでも帰ってこれる場所」について


第4回 お茶とワキ毛
武田 でも、こんなふうに「書」はすごいと言いつつ、
「書」が「活字」にまったく勝てない部分を、
ぼくは、すなおに認めてるんです。
糸井 へぇ。
武田 活字って、これ以上ないってくらい
「削ぎ落とされてる」でしょう。
糸井 うん。
武田 人間の書く文字の「くさみ」なんかも含めて、
いろんなものを、落としてますよね。
糸井 骨組みだけだよね。
武田 それって強烈なんです。弱さがない。
無機的、ロボット的な強靭さというか。
糸井 書は?
武田 弱さだらけだと、ぼくは思ってます。

書く人の感情とか、身体の動きのムダとか‥‥
いろんなノイズが混じってるわけ。
糸井 なるほどね。
武田 書いたときの精神状態、
悩みや迷い、葛藤とかも入り込んじゃうし。

なんというか‥‥もろいんですよね。
糸井 だから、それだけに、
読む人を揺さぶるちからを持ってるんだ。
武田 そうそう、そうなんです。

つまり、活字の、あの無味無臭さ、
絶対的な揺らぎのなさ、傷つかなさと比べたら‥‥。
糸井 まず「書き順」ないからね、活字には。
武田 だからぼく、題字とかロゴのお仕事なんかも
いただくんですけど、
お断りさせていただくケースも、あるんです。

「これは活字のほうがいいです」って。
糸井 ああ‥‥。
武田 商品のロゴでもお店の題字でも
「活字の強さを使ったほうがいい」って場合が、
けっこう、多いんですよね。
糸井 あえて筆文字にする必要がないと。
武田 たとえば「ペットボトルのお茶」に
ぼくの書を使っても、売れないでしょうね。

反対に、あるていど高級なお茶だったら
いいとは思うんですけど。
糸井 それはつまり、どっちがすぐれていると言うより、
なじむかどうかという問題ですよね。
武田 やっぱり「伊右衛門」は活字じゃないと
売れないと思うんです。
糸井 さきほど武田さんが「無味無臭」といったけど、
活字の持つ「清潔感」にも関係してますよね、それ。
武田 清潔感。なるほど。
糸井 ワキ毛生えてるじゃないですか、書って。
武田 ワキ毛‥‥。
糸井 剃んなきゃダメなんですよ。
「ポピュラーソング」の場合は、ワキ毛を。
武田 つまり「伊右衛門」みたいに
コンビニで手軽に買える大衆商品の場合には
万人が手にとれる「清潔感」が要ると。
糸井 値段のする高級品の場合はオッケーになるんです。
武田 ワキ毛が。
糸井 うん。
武田 あ、たしかに、いちばん売れたと言われてる
「お〜いお茶」の字って、
書で書かれてはいるけれども、
最大限、ワキ毛剃られてる感じがしますね。

ボーボーじゃない‥‥。
糸井 というより、あれ、いちばん先に出たでしょ。
武田 ええ。
糸井 ペットボトルでお茶を飲むことじたいに
まだ違和感があったというか、
無味乾燥じゃないかと思われてた時代に。
武田 ええ。
糸井 だから、ちょっとワキ毛的な感じを入れとかないと
「ペットボトルに入ってますけど、
 お茶なんですよ」って、言えなかったんですよ。

無味無臭すぎてありがたみがないというか‥‥さ、
ただの「水」と
同じだと思われちゃったら、ダメじゃないですか。
武田 ああ、ああ‥‥なるほど。

つまり、ちょっとだけ「出してる」んだ、逆に。
剃ってるんじゃなくて。ワキ毛を。
糸井 そう。あの「お〜いお茶」が発売されるまえに
伊藤園の人に、いただいたんです、ぼく。

筑波万博のときだから‥‥
まだペットボトルじゃなくて缶でしたけどね。
武田 へぇ。
糸井 で、そのときに、
「そんな貴重なもの、ありがとうございます」って
言ったおぼえがあるんです。
武田 貴重なもの。
糸井 うん、あの「ワキ毛」感がなくてツルツルだったら、
そんなこと思わなかっただろうね。
武田 なるほど‥‥それから時代がめぐって
活字の「伊右衛門」にたどり着いたんだ。
糸井 そのあたりの「さじ加減」は、
バランス感覚なんでしょうけどね。
武田 うん。
糸井 NHKの大河ドラマの題字が活字だったら
ちょっと物足りない‥‥とかね。
武田 ぼく、次の大河ドラマの『天地人』という題字を
書かせていただいたんですけど、
めちゃめちゃ「人間っぽい」書にしたんです
糸井 ほう。
武田 妻夫木聡くんという、
いかにも戦国武将に似合わない美少年が
主人公の直江兼続役なんですけど‥‥。

プロデューサーのかたにお話をお聞きしたら、
志や正義とのあいだで葛藤しながら、揺れながら、
戦国を生き抜くというより、
弱々しいけど、
周囲に影響をあたえるような光を放つ‥‥
そんな直江兼続の人間くさいドラマを描く、と。

だから、題字も、そのようにした。
糸井 だから結局、いまのように「言葉」で
直接的に説明されるまえに、
武田さんは、その「書」の書きようで、
「沈黙にあたる部分」を
みんなに鑑賞させてるっていうことですよね。
武田 ああ‥‥ええ。
糸井 その役割は‥‥あたま痛いねぇ。
武田 ええ、いろいろ、あたまは痛いんですが‥‥。

‥‥その「沈黙にあたる部分」というのは?

<つづきます>

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2008-12-25-THU

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