第4回 もっと優しいホモ・サピエンス。
──
われわれホモ・サピエンスは
基本的に「肉食動物」というお話でしたが
では、人類にとって「農業」は、
どういう影響を及ぼしたんでしょうか。
髙橋
そりゃ、べらぼうなインパクト、ですよ。

農業の開始は1万年前ですけど
デニソワ人の誕生が30万年とか40万年前、
ぼくらの「ニッチな先祖」が
アフリカを出たのは5万年から7万年前。
──
はい。
髙橋
めいっぱいまでさかのぼれば
人類には「700万年」の歴史があります。

つまり、「1万年前」なんていうのは、
ほんの短いあいだ、
言ってみれば「つい最近のできごと」でね。
高橋先生
──
ええ。
髙橋
そんな、言えば「ポッと出」の農業によって、
人類の生活は激変したんです。
──
食料を貯蔵することができるようになり、
貧富の差や階級が生まれ‥‥と
学校では習った覚えがあります。
髙橋
ええ、でも、それより、
もともと「肉食」だったわれわれが
米などの「穀物」を食べるようになって
問題になってくるのは
「必須アミノ酸」についてのこと。
──
高橋先生のご専門の分野でもある
「必須アミノ酸」とは、
つまり
「自分自身ではつくり出せず
 外から摂らなくてはならないアミノ酸」
のことですね。
髙橋
かいつまんで言うと、「穀物」って
必須アミノ酸のバランスが、非常に悪い。

それは「食べておいしい」ってこととは
まったく別の次元の話でね。
──
はい。
髙橋
必須アミノ酸のバランスが非常に悪い、
ということはつまり、
肉を食べていた時代と比べて
何倍も食べないと生きていけないんです。
──
穀物にはさほど含まれない必須アミノ酸を
必要十分な量、摂取するために、
全体の「かさ」を増やさなければならない。
髙橋
わたしが小さいころには
大人はみんな肉体労働ばっかりでしたし、
子どもらも
外で遊ぶことが多かったんです。
──
はい。
髙橋
暖房なんかもありませんでしたし、
ようするに、
それなりにエネルギーを放散できていて、
結果、
そこそこ健康に生きて来れました。
──
じゃあ、真冬でも暖房で暖かい屋内に
デスクワークで座りっぱなし、
子どもも、あまり外で遊ばなくなると‥‥。
髙橋
何倍も食べる食生活を続けていれば
いずれはメタボやロコモになっちゃいます。

肉食時代の何倍も
穀物を食べて生きていくためには
それ相応の、
朝から晩までエネルギーを消費するような
生活をしていなければ
そりゃあ、健康を損ねてしまいますよ。
メタボリックシンドローム
──
穀物をたくさん食べる暮らしは
多くの人が農業に従事していた時代にこそ
成り立っていた‥‥と。
髙橋
ただし、朝から晩まではたらいていた人も
いずれ衰えてきますよね。

昔みたいに動けなくなったのに
必須アミノ酸のバランスの悪いものを
同じ量だけ食べていれば
こちらも当然、病気になって早死にします。
──
「食べ過ぎ」で。
髙橋
農業が階級社会を生んだと言いますけど、
支配者階級にしてみれば
「それまで
 子どもをつくりながら一生懸命はたらいて
 年貢つまり穀物を納めてきた人」が
もう生産できなくなってしまった場合には
その時点で
おとなしく病気になって死んでくれたら、
ものすごく「効率」がいいわけ。
──
なるほど。
髙橋
一方で、自分たちは
それまで狩猟採集の生活で得てきたような
バランスのいい食料‥‥つまり「肉」を
依然として、食べ続けることができました。
──
えらい人たちの特権として?
髙橋
その結果、支配者層が50歳とか60歳とか、
場合によっては
後期高齢者になるくらいまで
元気にがんばる反面、
労働者層は、穀物をたくさん食べて、
たくさんはたらいているうちはいいですが、
はたらけなくなると、
高血糖になり、糖尿病になり、
動脈硬化になり、「死んでくれる」んです。

つまり、人にとっての「農業」というのは、
そういう機能をも果たしてしまったんです。
高橋先生
──
お聞きしていると、
なんだか「支配者層の支配の道具」として
「病気」があった‥‥みたいな。
髙橋
結果として、ね。たまたま、というかな。

つまり、「結果として」
農業が階級社会を生んだのと同じように、
そんなこと、
わかってたわけじゃないでしょうから。
──
ホモ・サピエンスが
今まで生き残ってきたこともそうですが、
いろんな「たまたま」の連続の上に
今のぼくたちの生活が成り立っていると思うと
「うわあ‥‥」という気分になります。
髙橋
もちろん、農業が起こした革命の帰結は
それだけじゃないですよ。

なぜ、ぼくらは
必須アミノ酸を自分でつくらないで
食べ物から摂ることにしたかっていうと、
それは「つくるのが大変だから」で。
──
はい。
髙橋
代謝のコストがけっこうかかりますし、
まわりがつくってるんだったら
そっちからもらったほうが効率いいだろうって、
「インチキ」してんですよ。
──
インチキ‥‥なるほど。
髙橋
で、そのインチキぶんの「余力」で、
エジプトのピラミッドだ、
秦の始皇帝の墓だっていうようなね、
こう言っちゃなんだけど、
純粋に生物の「生存」にとっては
クソの役にも立たないようなモノを
つくってきたんです、われわれは。
──
考えようによっては、
パソコンだ、SNSだ、クラウドだという、
現代のインターネット社会というものも。
髙橋
突き詰めれば、そう言ってもいいでしょう。
──
FacebookとかiPhoneとかLINEなんかも
1万年前の農業革命が生み出した
「余力」のおかげと考えると、何だかすごいです。
スティーブ・ジョブス
髙橋
ともかくね、「現代人の食生活」ってのは
ぼくらのご先祖が
「たったの1万年前」にはじめた農業を
ベースにしていて、
それは、ごらんのとおり素晴らしい社会を
つくり上げてきたんだけれど、
それは、決して「ナチュラル」じゃない。

穀物だけ腹いっぱい食べてれば
大丈夫なようには
人の身体は、できていないんです。
──
そこが、すごくおもしろいです。

700万年間、人類がやってきたことを脇に置いて
この1万年に起きたことを
ぼくたちは「常識的で自然なこと」だと
思ってしまいがちですけど、
「そうじゃない699万年」があったんですものね。
髙橋
その意味では、農業は「人工の極み」ですよね。

もちろん、あったかいごはんはおいしいですし、
これだけ人の数が増えちゃったから
はい農業やめましょうってわけにもいきません。
──
ええ。
髙橋
だったら、自分の身体に何を補ってやるべきか。

そこを真面目に考えなければと思って
わたしは、味の素って会社で
サプリメントの開発をしていたりするんですよ。
──
これは「歴史のif」ですけど、
もし、ネアンデルタール人やデニソワ人と
ホモ・サピエンスが
「みんなで仲良く」とは言わないまでも、
「ネアンデルタール人の国」
「デニソワ人の国」「ホモ・サピエンスの国」
をつくるような世界になっていたら‥‥。
髙橋
それは、
本当にロマンチックで、素晴らしい想像です。

だって、何らかのかたちで
それぞれの国ができていたとするならば、
それって
片一方が絶えるまで争わない、
それなりに許容や寛容の心があればこそ‥‥
じゃないですか。
──
そうですね。
髙橋
だからもし、そんな世界になっていたら、
わたしたちは
「もっと優しいホモ・サピエンス」に
なれていたってことです。

もちろん、今の世の中を見たら
ホモ・サピエンス同士で戦争やってますから、
その時代に
他のヒトと仲良くやろうよっていうやつから
殺されていったのが、現実かもしれない。
──
ええ。
戦闘機
髙橋
ですからせめて、
これからの時代のホモ・サピエンスには
ダイバーシティ、
つまり「多様なものに対する許容・寛容」を
育んでいってほしいと思いますね。
──
ネアンデルタール人やデニソワ人まで
さかのぼって考えたら
同じホモ・サピエンスで喧嘩しなくてもって
気持ちになりますものね。
髙橋
われわれホモ・サピエンスは、
たまたま
言葉をあやつる能力を獲得したために
こうして他のヒトを駆逐し、
現在まで生き延びてきたわけですけど。
──
はい。
髙橋
まさに、その同じ言葉でもって
自分とはちがうホモ・サピエンスでも
よーくよく見たら
おもしろいところもあるんだぞってことを
伝え合って、広めていくことが、
とても重要なんじゃないかなあと思います。
──
700万年もの「たまたま」の連続の上に
せっかく
ここまで生き延びてきたわけですし。
髙橋
そうですね。

そして「デニソワ人って誰?」という興味が
そういう自分たちのことを
あらためて省みるきっかけになるとすれば、
それは、じつに、愉快なことだと思いますよ。
高橋先生
<終わります>
2014-11-03-MON