洗濯ブラザーズに訊け洗濯ブラザーズって何者?

毎日のようにお気に入りが着たいし、
なるべく清潔な状態でいたい。

だから服は着たらすぐ家で水洗いがしたい。

でも、好きな服にかぎって
ドライクリーニングっていう表示がある!
‥‥困っちゃいますよね。

この服、家で洗えそうなのに!
あるいは、きれいな色柄ものを
色あせさせずに洗いたい。

首のまわりが黄変しちゃったTシャツを
もういちど真っ白にしたい。

うっかりつけちゃったシミを、
家でなんとかきれいにしたい。

洗濯の悩みって尽きません。

このコンテンツでは、洗濯のプロ集団である
「洗濯ブラザーズ」に、
家での洗濯のいろいろを教わります。

「洗濯ブラザーズ」は、茂木貴史さん、茂木康之さん、
今井良さんからなる男子3人組の洗濯ユニット。

母体はクリーニング店なのですけれど、
シルク・ドゥ・ソレイユをはじめとして、
幾多のアーティストの舞台衣裳の洗濯を手がけている、
凄腕の洗濯チームなのです。

週末は、ポップアップという形で
全国各地のアパレルショップへ行き、
全国のアパレルショップなどで
「センタクノシカタ」と銘打ち、
洗濯&選択のノウハウを伝えながら、
洗濯に関する悩みを解決し、
洗濯の楽しさを伝える活動をしています。

そのポップアップイベントを、
「ほぼ日」上でひらいていただきました。

なやめる洗濯者たちよ、あつまれー!

洗濯ブラザーズのプロフィールを見る

  • 洗濯ブラザーズ・長男 茂木貴史

    洗濯ブラザーズ・長男 茂木貴史

    1978年大阪出身。京都産業大学経済学部を卒業後、
    オーガニックコスメの輸入販売の会社で
    ヨーロッパや、アジア、アメリカから買い付けた
    約30ブランドのコスメを日本に紹介する仕事に就く。

    2016年、実の弟(茂木康之)と株式会社バレルを設立、
    服のアンチエイジングをテーマにした
    洗濯洗剤ブランド「リブレヨコハマ」をスタート、
    総合プロデュースを担当。

    2018年、同ブランドでパリの展示会に出展、
    ニューヨークのCorso Como NYCにセレクトされる。

    現在では、エストネーションや
    バーニーズニューヨークなど、
    ハイエンドファッションを扱うショップでも
    販売されている。

    洗濯ブラザーズとして全国各地のイベントに積極的に参加、
    アパレルブランドとのコラボレーションアイテムの企画、
    PR活動も行う。

    2019年、アスコムより洗濯ブラザーズとして
    『間違いだらけの洗濯術』を出版。

  • 洗濯ブラザーズ・次男 茂木康之

    洗濯ブラザーズ・次男 茂木康之

    1980年大阪府出身。村上学園柏原高校卒業後、
    アパレルのテキスタイル事業部に入社。

    プレタポルテ、生地修整、検品、縫製指示、
    インキング、加工技術、プレスを習得。

    その後、クリーニング機器製造コンサルタント会社に転職、
    クリーニング業界へアパレル仕上げの生産品質を提案。

    2007年横浜市青葉区で
    宅配専門クリーニング店・リブレを起業。

    2012年、ライブコンサート衣装の
    クリーニングをスタートする。

    2014年クレイジーケンバンドライブツアー衣装、
    2015年劇団四季『ARADDIN』、
    2016年cilque du soleil 『TOTEM』東京公演、
    2018年cilque du soleil 『KURIOS』東京公演など、
    現在も多くの舞台衣裳のクリーニングを担当している。

    実際にエンドユーザーの方が持ちこんでくる
    日々、変化するファッションの流行を追いながら、
    衣類の生地に合わせて洗剤の開発を行ない、
    いい服を長く着てもらうための
    クリーニング業に勤しんでいる。

  • 洗濯ブラザーズ・三男 今井良

    洗濯ブラザーズ・三男 今井良

    1974年神奈川県出身。明徳学園相洋高等学校、
    文教大学情報学部情報システム学科を修了後、
    総合商社に入社、アパレルライセンス関連業務と
    営業企画を担当。

    その後、外資製薬会社でMRライセンスを取得。

    特定疾患領域を10年経験後、
    IT企業でのプラットフォーム事業を経て、
    2018年2月に茂木兄弟と「洗濯ブラザーズ」を結成、
    「リブレ ヨコハマ」のブランディング担当する。

    日本全国で行うポップアップショップに足を運び、
    一般目線で洗剤や洗濯をかみ砕いて
    分かりやすく紹介する活動をしている。

    もともとIT企業で
    プラットフォーム営業をしていた経験をいかし、
    洗剤の生産管理とWEB(直販サイト)の
    在庫管理・出荷業務などバックオフィスも担当する。

洗濯ブラザーズって何者?

──
そもそもどういう経緯で
「洗濯ブラザーズ」は結成されたんでしょう?
今井
次男がクリーニング業をやっていたところに、
長男が手伝いに入り、オリジナル洗剤を開発し、
僕が後からビジネスの手助けをするようになったんです。
──
家業ではなく?
康之
起業です。

もともとは大阪のアパレルにいたんですが、
ちょっと変わった会社で、
「B、C品の商品などをA品に修繕する」
会社だったんですよ。

アパレルの商品って、たとえば縫製されたものが
中国から日本に入ってきたとすると、
それを日本で検品をするんですね。

するとA品、B品、C品に分かれる。

けれどもそのB品、C品は市場に出すことができず、
売れない。

なのでそれをA品に修繕する仕事があるんです。

2年間、修行のようでしたが、
そのなかで縫製指示書の見方であったり、
修正するポイントであったり、
そういった技術を学びました。

そのあと、東京で
クリーニング業界の機械メーカーに入りました。

アパレルからクリーニングへというのは
業種がちがうように思われるんですが、
もともと僕はずっと洋服の最終形態は
クリーニング業だなと思っていたんです。

長く着ようと思えばキレイにしないといけない、
その中でクリーニングを極めていきたいと。

その会社に7年在籍して、
全国のクリーニング工場の生産品質を上げるための
お手伝いをしてきました。

いわば「教える」仕事ですね。

そこからは、直接、自分が思い描く形にしたいなと思って、
クリーニング店を起業しました。

それが2007年です。27歳のときのことでした。

最初は起業してもお客さんがゼロなので、
宅配クリーニング、
昔でいう「御用聞き」のように、
向こう三軒両隣に声をかけていくという作戦で、
口コミをひろげていったんです。

──
そこから、舞台衣裳を担当するようになるのには、
なにかきっかけがあったんでしょうか。
康之
はい。僕が最初に開業する場所に選んだのが
横浜市青葉区というところで、
近くにたまたま劇団四季の研修センターがあったんです。

そこでいろいろとトラブルというか、
「こういうシミで困っているんだ」という仕事が
どんどん入ってきました。

最初のきっかけは、新横浜で
劇団四季のイギリス人ダンサーで講師の方が、
『アラジン』という舞台をする前に、
スエードにエスカルゴをこぼしちゃったというんです。
──
スエードにエスカルゴ。

おしゃれな汚し方!
康之
僕もそれを聞いたときに
「おしゃれかよ!」と思いました(笑)。

そして「エスカルゴはなかなかやったことがないぞ」と。

エスカルゴのソースはバターですから、
オイル系の汚れですよね。

魚介のにおいもするし、にんにくも使うし。

そんな依頼を受けて、
においと汚れをちゃんと取りきって納品しに行ったんです。

研修センターは青葉区内にあったんですけど、
違うところに来いと言われて、行った場所が汐留で、
着いた瞬間に見せられたのが
『アラジン』の衣装だったんですよ。

ずらりと。

「これ、お前のところだったらできるだろう?」
と言われて、
「やったことないけど、とりあえずやってみたい」と。

そうしたら、その依頼というのが、
ニューヨークで作った一点モノの衣装で、
その衣装を5年着用できるように、
洗濯の仕方を考えてくれというものでした。
──
えっ、ちょっと待ってください。

一点モノということは、
衣裳って、1枚しかないんですか? 
それとも一点モノが何組か、あるんですか?
康之
ほんとうに一点モノなんです。

すべてダンサーひとりひとりに合わせて、
体型もふまえて、作り込んでいるんです
──
替えはないんですか?
康之
替えがないんです。
──
毎日同じものを着ているんですか!
康之
インナーとかで何とかうまく手入れをして、
外に見える衣裳は、毎回同じものなんですよ。

洗濯をするのは、夏場で2週に1度。

ほかの季節はもっと長く着ますね。

その頃はまだ、
オリジナル洗剤の開発まではしていなかったので、
なかなかたいへんでしたけれど。
──
洗剤ができたのは‥‥。
康之
その後シルク・ドゥ・ソレイユの衣裳を担当したんですが、
その頃から開発をしていましたね。

──
シルク・ドゥ・ソレイユは、
評判をきいて依頼が来たんですか。
康之
コンペでした。『TOTEM』という公演のときでした。

ライバルに、ある有名な遊園地の
キャラクターを担当している会社がいました。

シルク・ドゥ・ソレイユってサーカスですから、
ふつうのダンスや演劇よりも衣裳が複雑なんですよ。

スパンコールやレザー系のものもあって、
普通に洗って満足のいくようなものじゃなかった。

なのでライバル会社が、
コンペの途中で帰っちゃったんです。

「うちにはできない」って。

これはチャンスだと、
僕はあえてやらせてほしいと言って、
サンプルの生地をもらってきて、
自分のところで洗ってみせた結果、
これだったら大丈夫だということで、
シルク・ドゥ・ソレイユの担当が決まったんです。

これが‥‥、決まったのはいいんですけど、
劇場型ではなく日本全国を回る巡回型のツアーだったので、
1年間、地方公演も全部アテンドして、
各地域のクリーニング店のみなさんと組んで、
洗い方まで全部コントロールしました。

どうやらシンガポールでは
洗濯がけっこう問題になったようなんですけど、
日本公演では問題にならなかったというので、
あつい信頼を得ることができて、
2年後に『キュリオス』という公演があったんですけど、
そのときは完全に僕らにお願いしたいと依頼を受けました。

ああ、1年間、
自費で頑張った結果があったなと思いました。
──
えっ、地方講演は自費で?
康之
はい、お店をやりながら、すべての公演先に行きました。

僕としてはそこまでやる必要はなかったんですけど、
信頼を勝ち取るのは1年目ですから。

そういう形で舞台の衣装をやりだして、
だんだんとその仕事が増えていったのが、
6年前ぐらいからですね。

それまでは一般のお客様をターゲットにした
町のクリーニング屋さんだったんです。
──
さっき洗剤の開発の話がすこし出ましたが、
シルク・ドゥ・ソレイユのときに開発を始めたと。
康之
ここで畑違いの仕事をしていた兄・貴史が参加するんです。

兄はもともとオーガニックコスメを買い付けるため、
海外のいろんなところに行っていたんです。

それでオーガニック商品やナチュラル製品に
めちゃくちゃ詳しいところから、
ナチュラル洗剤をつくりたいと、協力してもらいました。
今井
長男の貴史は、基礎化粧品、肌のこと、
すべて詳しいんです。

オーガニックオタクといってもいいくらいなんですよ。

康之
僕がちょうどナチュラル洗剤を作りたい、
という話をしていて、
兄がアメリカのUSDAというオーガニック認証がついた、
「グリーンシールドオーガニクス」という洗剤を
見つけてきてくれたんです。

それがとてもよかったので、うちの店で販売をしながら、
実際に衣装を洗うようにもなりました。
──
最初は買ってきたものでやっていたんですね。

でも作ることになったのは?
康之
優しすぎて、衣裳の強い汚れが落ちなかったんです。

なので、自分の納得がいく仕上がりにはならなかった。

結局、僕らはクリーニング屋なので、
結果がいちばん大事ですから、
自分の中で認められる洗浄力がほしい。

それならば洗剤を作ろうという話になりました。
──
作ろうといっても、洗剤というのは、
たいへんなことなんじゃないかと想像するんですが。

工場を見つけるのも‥‥。
康之
そうですね、それは、
アパレルにいたときのつきあいや、
父親がもともとクリーニング工場の経営の
コンサルタントをしていたということもあって、
相談できる化学会社さんがあったんです。

石油由来の界面活性剤を一切使わない処方で、
舞台衣装のようなデリケートな衣類を長く洗える洗剤を
開発してほしいというところからスタートしました。

けれども、向こうもやったことがない仕事なので、
どういう処方でやったらいいかわからない。

そこで、兄・貴史が探してきた
オーガニックの洗剤を研究するところから始めました。
──
それがいまのラインナップにまで成長。

すごいですね。
康之
もともとは洗剤は「販売」するつもりがなかったんですよ。

クリーニングの仕事の効率化や、
作業環境を良くするために作ったものであって。

普通、洗うのが難しい商品は
ドライクリーニングをするんですね。

ドライクリーニングはどういうクリーニングかというと、
石油の溶剤で洗うということなんです。

水を使わないからドライ、なんです。

石油なので油汚れにはすごく強いんですけど、
結局、汗汚れが全然落ちない。

一方でドライ溶剤がしっかり乾いてない状態で
アーティストが着ると、
化学やけどを起こしてしまう場合もある。

クリーニング店はそことの格闘です。

僕らは、それをしたくないので、
ドライクリーニングに代わって、
水洗いのできる洗剤を開発したかった。

こういうふうに売ったり卸したりするという
目的ではなかったんですね。
貴史
なぜそうなったかというと、
いろんなお店で1年ほど、
「ちょっと使ってみてください」みたいな感じで、
サンプリングをしたんです。

近所でボトルを買ってきて、
パソコンであんまり格好よくないラベルを作って。

それが2017年。

そのとき僕はオーガニックコスメを輸入する
会社にいたので、様子も見つつ手伝っていたんですが、
すごく反応が良くて。

「柔軟剤なしでこんなにフワフワになって、
息子のスポーツウエアの泥とかもすぐ落ちる」って。

欲しいという声があったので、
その洗剤をオンラインショップを立ち上げて
売り出したんですけど、そこそこ売れたんです。

ならば、きちんとやってみよう、と決意して、
会社を辞めて、
康之と2人でバレルって会社を作りました。

格好悪いパッケージも嫌だったから、
たまたま2018年の2月に
パリで「ジャンブル・パリ」という
展示会に出させてもらえるタイミングがあったので、
それを機にパッケージを一新しました。

ちょうど、今井良が参加したタイミングです。

──
なるほど、なるほど。

そこから「洗濯ブラザーズ」が結成されるわけですね。

ざっくり理解しました。

では、みなさんに、
ぼくら「ほぼ日」の服まわりの担当者たちの
洗濯のなやみを相談させてください。

それから、この取材の前に、
ほぼ日のTwitterで、みなさんからの洗濯のなやみを
お聞きしているので、それもあわせて質問していきますね。
康之
なんでも聞いてください!

(次回は「洗濯ブラザーズ式基本の洗い方」を
紹介します。目からウロコ!)

2020-02-17-MON