プレゼンテーションの数日前、
笹尾さんから連絡がありました。
「はじまる30分前から会議室に入れますか？
準備をしたいんです。
チームのみなさんは、時間どおりにお越しください」



な、なんですか、それは。
いったい、なにがはじまるんでしょう。



当日、時間がくるのを待つのももどかしく、
ミーティングルームに向かうと‥‥。 えっ？ ええっ？ えええっ？
笹尾さん、これは‥‥。



笹尾さんはなんと、定期的に描いていらっしゃる、
手のひらに乗るくらいのちいさな油絵を、
今回の企画のために
112点も描きおろしてくださったのです。
（しかも１ヵ月のあいだに）



「額も、うちの近所にあるお店の手づくりで、
どれも一点ものです。
このちいさな絵を、額もふくめて
ダウンの裏地に入れてもらえたら、
それが、そのまま展覧会になるでしょう？」



ああ、ああ、この額に入った絵を、そのまま。
なるほど、そういうことでしたか。



「それぞれの絵のテーマは、フランスで出会った、
ぼくの好きなものばかりです。
それぞれの絵に、ちいさな物語があります。
こちらの資料をご覧ください」 ひゃあ、こんなものまで。
せっかくだから、ちょっとみなさんにもお見せしましょう。



もしもここにある絵をぜんぶダウンのなかに入れたら、
112のちいさな物語も、
いっしょにダウンにつめこまれることになるわけです。
なんてゆたかなダウンジャケットでしょう。



笹尾さんはさらに、こんなご提案までくださいました。



「この秋に渋谷の文化村ギャラリーで展覧会があるので、
このちいさな絵たちも、
そこで販売するのはいかがでしょう」



あっ、それはつまり、
ダウンのなかに展示されている絵の、
おおもとのオーナーになれるということですね。
なんなら、ダウンのオーナーと、ちいさな絵のオーナー、
同時になれちゃうわけですよね。



いやあ、もう、めっちゃすてきですやん。



笹尾さんの説明に聞き入りながら、
わたしたちは、ぼうっとしてしまいました。
ふつう、こちらが考えるような企画の立体的な展開を、
笹尾さんが先に考えてくれちゃうので、
こりゃあ、なんてラクなんだろう‥‥。 「これを使って実際にどう裏地をデザインするか、
このあとのことは、ぼくはもう口出ししません。
みなさんにおまかせします」



おっと、ぼんやりしている場合じゃありませんでした。
うなづきつつ、わたしたちは気を引き締め直しました。
さあ、これをどう料理したらいいだろう？



（つづく）