その2「指の匙」をつくったわけ。

離乳食のスプーンというのは、
赤ちゃんにとって異物ですよね。
それまではお母さんの乳首とか
ほ乳瓶の乳首をくわえていたわけですから、
いきなりの異物はきっと嬉しくないと考え、
お母さんが、じぶんの指の先に
ちょっとだけ離乳食をのせて、
赤ちゃんの口にはこんであげるような、
そんな形に近いものをめざしました。

だから、長さも短いんです。
これはお母さんとの距離を
なるべく近くしてあげたかったから。
離乳食スプーンというのは長さのあるものが多く、
慣れないと使うほうも恐いんですよ。
抱っこして食べさせるわけなので、
指の延長のような長さがいいわけです。

さらに、さじの面も小さくしました。
離乳食が始まるのが生後5、6カ月ぐらいからで、
一般的なスプーンは、1歳以降もある程度使えるように、
大きくしているんです。でもそうしちゃうと、
5、6カ月の子どもにとっては大きすぎちゃって、
最初の食い付きが悪いんですね。
なので、これはあくまで、
「ファーストスプーン」として特化させました。
仕上げはオイルフィニッシュ、
エゴマの油に漬け込みました。

これが「キッズデザイン賞」をいただいたり、
APECが主催した、海外に日本を紹介するカンファレンス
「ジャパン・エクスペリエンス(Japan Experience)」に
出展する機会をいただいたりしているうちに、
ぼくらの仕事がすこしずつ世の中に
知られるようになっていきました。
ジャパン・エクスペリエンスというのは、
参加しているのは大企業や大きな組織だけなんです。
JAXAから始まって、日産とかトヨタとか。
そんななかに、個人の工房が1個だけ。
そんなぼくらの仕事を
面白いと感じてくださった建築家のかたが
「保育園の家具を作ってみないか」
と声をかけてくれました。
そして2011年に、保育園の仕事でふたたび
「キッズデザイン賞」をいただきました。

いま、保育園の仕事は
年間に20から25園ほどになっています。
ゼロから保育園をつくるところから参加するという、
いち家具作家にとっても、
ぼくらのような小さなチームにとっても、
とてもスケールの大きな仕事です。

どういうことを担当しているかというと──、
建物は大工さんが建てますよね。
当然そこに建築家の方がいらっしゃって、
主に建築のコーディネートをします。
そうすると残されるのがソフトの部分です。
保育士さんがどう動くか、
子どもたちがどう動くかっていうことに、
家具というものがすごく影響するんですよ。
それを設計の段階から、
建築家と一緒に一緒に考えます。
椅子や机を作るほか、壁面什器だとか、
手洗いシンクも作ります。
プロジェクトとしても時間がかかり、
来年の春に開園予定の保育園の計画を
1年半前から始めています。
場所は日本全国、大都市圏がほとんどです。

そこに「子どもの椅子」が使われるようになりました。
もう十年以上つくっているわけですが、
ここには正解というものがありません。
というのは、椅子づくりには、
まずどんな大人に育ってほしいかという、
園長先生ないしは先生、
親御さんの気持ちがあるからです。
そして、現状、どんな子どもかということも。
例えばすごくそわそわしちゃう子どもだから、
もうちょっと落ち着いてくれるとうれしいな、
という願いがあったりすると、
それを椅子に反映させるんです。
つまり、子どもの椅子は
すべてオーダーメイドなんです。

そんなふうに、ぼくの仕事は、
使い手のかたとのコミュニケーションがなければ
仕上げていくことができない種類のものです。
個人宅の家具のオーダーをいただいても、
ご自宅を伺うところからスタートします。
そうすると「ここに必要なのはこれじゃなくて、
こうじゃないですか?」という提案が生まれます。
「自分らしさ」は出さない、ということを
いつも念頭に置いています。
自分の「我」(が)を入れると、
ほんとうに野暮ったいものになってしまう。
抑えて、抑えて、抑え込んでも、
それは、出るものですから。
ものづくりってそういうものだと思います。
それは家具全般に言えることです。

(つづきます)

2016-05-23-MON