第3回 グーグル時代の広告は
糸井
グーグルやブログが登場したあとの
「新しいウェブの時代」には、
あらゆる人が
「世界の中心」に立ってしまうという、
可能性がありますよね。
滑川
糸井
これってつまり、
あらゆる人、あらゆるものごとに、
「伝ることができる」可能性と
「見られてしまう」可能性との両方が
あるということですよね。
これもまた、
「ソーシャル化」したことの結果です。
滑川
ネットでの「炎上」なんて現象は
後者の典型でしょう。

いままで、近所のカラオケスナックで
「だいたいさぁ」なんてわめいていたことを
不用意にアップしちゃったりすると‥‥
もうそこが「世界の中心」となってしまう
可能性があるんですね。
山中
滑川さんのお言葉を借りれば
「世界の中心で
 クダを巻いたオヤジ」になっちゃう、と。
糸井
そういう時代に、
「伝えることができる」ほうの可能性は、どうか。
僕は、「どう伝えるか」ということが
もういちど問われてくるんだと思うんです。

ひとつ言えるのは‥‥
いままでの広告は「終わった」ということ。
滑川
ほほう。
糸井
もはや、
「視聴率20%のテレビ番組でガンガン提供する」
なんてマス広告的な方法論が、
通用しなくなっていますよね。
山中
で、いま、ひとつの大きな広告モデルに
なってるのが、またしてもグーグル。
滑川
アドワーズアドセンスのような、
「内容連動広告」ですね。
山中
でもグーグル的モデルって、
じつは構造的に
「テレビ」とすごく似てると思うんです。

グーグル自体は「タダ」なんですけど、
じつは、あらゆる商品に広告費が乗っている。
‥‥この「ボールペン1本」にさえ。

きわめて巧妙に設計された
「直接間接税」という
広告の仕組みですよ、これは。

そしていま、その仕組みを
もっともあまねく使っているのが
グーグルなんですよね。



糸井
みごとなほどにね。
山中
うん、じつにみごとです。

で、その「グーグル的世界」が広がり、
いろんな情報があふれかえる一方で、
「直接税」、つまり
お金を払ってでも情報がほしいという
ムーブメントが、
揺り返しのように、出てくるんでしょうか?
滑川
うーん‥‥グーグルは広告でも、
ある意味で、独占しちゃってますからね。

たとえば、やっぱりテレビで
コマーシャルうたなきゃダメだよとか、
キャンペーン張るなら
全国紙で一面とらなきゃとか、
今までのマス広告モデルを相対化した、
という意味では、
すごくインパクトがあったと思います。

‥‥最近、日経さんから出た
『ウィキノミクス』という本が大ヒットしまして、
たいへんおめでとうございます、なんですけど(笑)。
山中
私がつくったわけじゃありませんが、
ありがとうございます(笑)。
滑川
とてもおもしろいと思うんですが、
これからは、
「オープンソースをシェアする明るい未来」
みたいなことが書いてありますよね。
山中
新しいウェブのおかげで
ぼくらの未来は「ラン、ラン、ラン!」だと。
滑川
でも、たとえば「ロングテール」にしても
ニッチな商品が売れるようになったと
言われてますけれど、
じつは、それよりも「ショートヘッド」のほうが、
ケタちがいに、上がっちゃうんです。
山中
うん、うん。
滑川
つまり、「死に筋」の本が売れて
出版社や著者が潤うよりも、
それを束ねている「アマゾン」のほうが
ぜんぜん儲かってしまうわけですね。

これからの時代は
「2.0」で、ロングテールで、
より民主的な経済構造が‥‥なんて
うたわれていますけれども、本当はぜんぜんちがう。

ますます「集中寡占」が進んでいくんですよ。
山中
うん、うん。
滑川
とくにグーグルなんかの場合、
もう、あの巨体をひっくり返すことは
ちょっとむずかしいわけじゃないですか。

キャッシュと人材が
グーグルに集中していく流れってのは、
どうやったって
あと10年ぐらいは、続くと思うんです。

たしかに、従来型の「マス広告」が
相対化されたのは事実なんだけれども、
こんどは、グーグルの「独裁広告」と
しばらく付き合っていかなきゃいけない。

その先って、はたしてどうなのか。


糸井
グーグル的広告モデル、という話としては
きっともう、
滑川さんのおっしゃるとおりでしょう。

だけど、現実の街を歩いているときって
またちょっと、ちがうと思うんです。

つまり、近所のレストランの繁盛だとか、
芝居小屋のお客の出入りだとか‥‥
そんなようすを見ていると、
「グーグルの独裁」という話と、
実感として、うまくつながってこない。
滑川
ふん、ふん。
糸井
このあいだの土曜日の夜、
『パイレーツ・オブ・カリビアン』を観にいったら、
みごとに、いっぱいなんですよね。

はやい話が「愉快なだけ」の映画を観るために(笑)、
真夜中の映画館に
たくさんのお客さんが集まっている。

その現実のありようを、
グーグルでは、捉えきれないんじゃないか。

つまり、どこまでいってもグーグルって、
情報を伝えたり、管理したりする以上のことは
できないと思うんですよね。
滑川
そのあたり、「セカンドライフ」とも
関わってきそうなお話ですね。
糸井
だって、ライブやロックフェスには、
お客さんがいっぱいいるじゃないですか。
レコードでは得られない満足があるから、
たくさんの人が集まるわけです。

そこにはやっぱり「可能性」があると思う。

  <続きます>
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