第4回 「文体」が、すべてを変える?
糸井
グーグルの巨大化や、
マス広告が効かなくなるなんて話が
続きましたけど、
一方で、うちのおふくろなんかは、
そんなことについて、
なんの心配もしてないんですよ、たぶん。
滑川
まあ、僕もそれほど
心配してるわけじゃないんですけどね。
糸井
ということは、
「心配してるふり」をして、
仕事にしている人たちがいるということですね。
山中
いっぱい、いらっしゃるでしょう。
滑川
ひとつの「不安産業」なのかもしれませんね。

まぁでも、
たとえば「明治維新」というのも
まったくの「不安産業」だったわけです。

たいした危機もなかったのに
勝手に危機感をあおって‥‥
いつのまにか
「革命」になっちゃったというような。
山中
それじゃあ今回の場合も、
「革命」が起こるんでしょうか?
「大変だ、大変だ」と言ってる人って、
いま、いっぱいいますから。
滑川
うーん‥‥どうでしょう。

メディアの話に限っていうなら、
多かれ少なかれ、
日本の知の構造というのは、
結局「最後は新聞」だと思うんです。

新聞の宅配制度が
なくなるなんてことになったら、
相当な激変が
起こるような気もしますけれど。


山中
そういった意味では
グーグルの存在ありといえども、
新聞も、地上波も
まだ、大きくは変わってはいませんね。
糸井
でたらめで言うんですけど、
すべてを変えるのは「文体」だと、
僕は思っているんです。
滑川
ん‥‥文体ですか。
糸井
つまり、口語文化というものが、
本当に広まっちゃったら、
これまでのヒエラルキーって
事実上、壊れてしまうと思うんです。

たとえば、公的な書類なんかでも
「甲は、乙は」とか
「‥‥とする」なんて表現されていると
あんまり自分には関係ないなぁなんて
思っちゃうじゃないですか。

でも、ベンチャー企業を設立することから
社会保険庁に保険料を支払うことから、
あるいはグーグルの先行きから‥‥
ぜんぶ話し言葉で説明してもらったら
「わからない人」が出てこないですよね。
山中
その典型が、「ほぼ日」ですね。
糸井
そうやって
「みんなに分かる」ようになったときに、
本当の「フラット」が実現するんじゃないか。
山中
口語体のおかげで、
インターネットは
完全に相互メディアになりました。

養老孟司さんの
『バカの壁』なんかも、そう。
これは出版の分野ですけれど。
糸井
一般に「とても難しい」と思われてる
小林秀雄にしたって、
講演集の話し言葉でなら、わかるし。
山中
雑誌の編集部からウェブへうつったとき、
同じようなことを感じたんですよ。

ウェブに雑誌文体のまま書いちゃうと、
おそろしく冷たくなっちゃって、
わかってもらえた感じが
ぜんぜん、しないんですね。
糸井
そうでしょうね。
山中
そんなに難しいことを
書いているつもりはないのに。

で、糸井さんにインタビューしたとき
「ほぼ日」みたいに口語のままやったら、
すごくわかりやすくなったんです。

でも、雑誌の場合には
定められたページ数のなかに
最大限、情報として有益なところだけ取り出して、
ギューッと煮詰めて、載せなきゃいけない。


糸井
つまり「紙幅の都合」で。
山中
いまはだから、
経済メディアとして許されるギリギリの線、
柔らかくしてみようってことを
私個人としては、やってるつもりなんです。
糸井
いまだったら、さらに「マンガ」を
掛け算にしたら、強いでしょうね。

つまり「マンガ×口語体」で
これまでのヒエラルキー構造が侵食されて
いくんじゃないか。
滑川
そういう意味でいうと、
アメリカの新聞も、
だんだん「ブログの集合体」になりつつあります。
山中
じつは、日経ビジネスオンラインを
始めたときに、
私は、これからのメディアは
そういう方向に向かうんじゃないかな、と思いました。
滑川
そうなると、この人の記事は読もう、
この人の記事はいいや、
という選択のしかたになっていきますよね。

これまでだったら、たとえば「朝日新聞」を
「取るか、取らないか」という
まるごとの選択肢しか
なかったわけじゃないですか。

だから、ある意味では
メディアが「個人商店の集まり」みたいに
なってしまう可能性もあると思います。
糸井
だから今後は、
メディアも「商品である」という軸で
語られていくんじゃないですかね。

‥‥日経なら日経、
ニューヨーク・タイムズなら
ニューヨーク・タイムズを
どういうふうに改良したら
みんなによろばれるかという計画を
立ててこなかったんですよ、メディアは。
山中
たしかに、そうかもしれません。
糸井
で、メディアがそうなっていく時代に、
なにかを変えてしまうような大きな原因って、
やはり「言語」なんじゃないかと。

で、言語で起こったことこそが、
大勢をつかむんじゃないか。
滑川
なるほど‥‥。

明治維新のときにも
いちばん大きかったのは、
「政体の変化」よりも、
「文体の変化」だったわけですからね。


  <続きます>
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2007-09-03-MON