はじめての
志村ふくみ

HOBONICHIのTOBICHIで人間国宝の展覧会を。
そもそもの動機について糸井重里に訊ねました。        前篇 誰かのものになるために織られている。
TOBICHIで人間国宝の展覧会をという発案は、
糸井重里によるものでした。
どういう経緯で、この企画を思いついたのでしょう?
そもそもの出会いから、訊ねました。
糸井 志村ふくみさん、志村洋子さんのことは、
もちろん存じ上げていました。
テレビで拝見したり、
多少はふくみさんの文章にも触れてましたので。

そのころは、
志村さんのことをぼくは、
勝手に自分のなかで「日本の美術工芸」
というジャンルに入れてたんですね。
「そういう偉い方がいらっしゃる」
と、遠いところに位置づけていました。
─── 人間国宝ですし。
糸井 そうですね。
近い距離には感じていなかったんです。

それである日‥‥
あれはいつだったか、
京都によく食事にいくお店があって、
三角屋の三浦さんと、うちの人(樋口可南子さん)と
3人でいったんです。
そしたらたまたま、となりの席に
志村先生のご家族もおみえになっていて、
三浦さんと面識があったので紹介していただいて、
「はじめまして」となったんですよ。
そのときの、うちの人に、
「お会いできてうれしい感」がすごくあったんです。
とてもよろこんでいました。

そこでお話をするうちに、
志村さんがアラン島の番組をご覧になっていたと。
─── 『旅のチカラ』を。
「シアワセの編み方を探して」ですね。

▲糸井がアラン島を訪ねた番組『旅のチカラ』については、
ほぼ日ニュースでもお伝えしました。

糸井 そうそう、あれを観ていてくださってたんです。
うれしかったです。
「遠く」に思っていた方と
物理的にせよ急に近い距離になって、
「ぜひ一度遊びに来てください」
と言っていただいて‥‥
─── それで、お邪魔した。
糸井 いや、すぐには行けなかったんですよ。
お互いの都合が合わないことがあったりで。
そのあいだに、そう、
京都で展覧会にいったんです。

そこに飾ってある着物が、
いままでに見た着物と違ったふうに見えたんです。
あの体験は大きかったですね‥‥。

夕顔/志村ふくみ     滋賀県立近代美術館蔵
『つむぎ おり』(求龍堂/2015年春発売予定)より

糸井 やっぱり、作品が語ってくれたんです。

書画を見るように、
鑑賞する着物を見ちゃった。
ぱーんと、こう、
染められ織られたものの美しさが飛び込んできて。

(C)Alessandra Maria Bonanotte
糸井 そしたら、もう、うれしくなっちゃって、
さらに文章を読んだら、
随筆家としてもほんとうに素晴らしい方で、
「遠い」という気持ちはどこかに飛んでいって、
どんどんうれしくなってくる。

それからしばらくして工房に遊びにいきました。
そしたら、あのとおりの屈託のない女性でしょう。
きれいなこころが、
そのまま言葉に出てくる方じゃないですか。
偉そうに見せることは微塵もなく。

▲工房にて、機織りのお話をしてくださる志村ふくみさん。
─── 工房に行ったその日、
糸井さんから興奮気味のメールが届きました。
糸井 そうだっけ?(笑)
なんて書いてた?
─── メールの一部を読みます‥‥。

イトイです。
今日、志村先生のアトリエ&ご自宅に
行ってきました。
それはもう、興奮をいたしました。

これまでやってきたこと、
いまやろうとしていること、
さまざまなお考え、思い、
ほんとにおもしろかったですし、
たがいに参考になることだらけでした。
一切、むだな時間のない
充実した3時間でした。

糸井 興奮してますねぇ(笑)。
でも、そうだったんです。

志村さんのお人柄と、
自分の目で見た作品と、
読んだエッセイとが、
ぜんぶ、こう、重なって、
すっかり「わあっ!」と思いました。
ぼくにとってそれは
驚きを含めたとてもいい体験だったので、
この感じを「ほぼ日」で
コンテンツにして届けたいなぁ‥‥と。

─── それで、TOBICHIの展覧会を。
糸井 いや、そのころまだTOBICHIはなかったんです。
─── そうか、そうですね。
糸井 ただ‥‥
志村さんの展覧会をやりたいから
TOBICHIをつくったというのが、
無意識にあったのかもしれないんです。

▲やがて完成するTOBICHI
─── ‥‥それほどまで思われていた。
糸井 ええ、思っています。今も。

「ほぼ日」はじめるときに、
大滝詠一さんのインタビューと
当時のアップルの原田泳幸さんのインタビュー、
これを載せられたらほんとにいいな
と思ったのとすこし似ています。
まずはじぶんがわくわくしてみたい。
とにかく「はじめて」をやってみたいし、
ちょっとね、ふつうのお客さんに来てもらって、
ぼくがそうだったみたいに
「驚いてみてください」と。
─── なるほど。
糸井 あとはそうですね、
「人間国宝の着物は絵画と同じで、
 買えるものなんです」
ということを言うべきだと思った。

着物というものの
現在の位置というのはやっぱり、
愛好家がいて、
価値をわかっている詳しい人がいて、
呉服屋さんとか、
あるいは展示会を運営する会場の方がいらして‥‥
というところで回っていますよね。
わりと決まった人たちの中で回っている。
それはもちろん、
長く続いているたいせつな循環です。

糸井 ただ、ぼくと同じように
着物を「遠い」と感じている人も多い。
志村ふくみさんや洋子さんの着物は、
「博物館蔵」になるものだと思ってる。
ぼくも思ってました。

でも着物って‥‥なんて言うんだろう‥‥
誰かのものになるために織られているんですよ。

『しむらのいろ―志村ふくみ・志村洋子の染織』(求龍堂)より 写真:大石芳野
糸井 美術工芸品のなかに
おさめられてゆく作品ももちろんあるけれど、
でもやっぱり、誰かに持ってもらいたい。

価値に鍵がかけられている状態は、
あらゆる作品にとってつまらないことです。
だから鍵のかかっていないイメージを
ぼくらが伝えられたらいいな、と。
─── この着物は買えるんですよ、と。
糸井 よろしかったらご案内します、と。

実際ぼくね、展覧会場できかれたことがあるんです。
「これ、買えるんですか?」って、
すごい小声で(笑)。
ぼくも自信がないから小声で、
「どうやら買えるらしいですよ」と。
そしたら「え、そうなんですか!」って。
─── 鍵がひらかれた(笑)。

そうした思いを持ち続けているうちに、
TOBICHIは完成して、
みんなで志村さんの工房にもおじゃましました。
三國万里子さんをお連れして。
糸井 そう! そうです、三國さん。
そのことを話さないと。
三國万里子さんに、会ってほしかったんです。

▲京都・嵯峨野にて、三國万里子さんと志村ふくみさん。

(後編に、つづきます)


2014-11-25-TUE

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