僕らの時代と島耕作
弘兼憲史×糸井重里
写真:大坪尚人
 
第5回:影響を受けた漫画家たち。
糸井 最近は若い人も
『島耕作』を読んでいるのがおもしろくて。
弘兼 僕がちょっとビックリしたのは、
『学生 島耕作』だって、
舞台は50年前の大学ですし、
興味ある人なんているのかなと思っていたんです。
でも、意外なことに若い担当編集者でも
「え、その時代はこうだったんだ」という感じで
喜んで読むんです。
糸井 彼らからしたら、親の世代でしょう。
弘兼 ええ、親よりも上くらいです。
糸井 若い子がなぜ島耕作を読んでいるかという話、
僕も聞きたいんです。
ここにいる、うちのスタッフも読んでいるんですよ。
(ほぼ日乗組員を見て)
いつ『島耕作』を知ったの?
(ほぼ日乗組員) 僕は大学4年生のときに
自動車教習所へ通っていて、そこに‥‥
弘兼 あ、置いてあったんだ(笑)。
(ほぼ日乗組員) はい。それで、
教習所では待ち時間があったので
「課長」の第1巻から全部読んで‥‥
弘兼 自動車教習所に置こう、これから。
タダで全部置いておく。
糸井 ねえ。学生が来るに決まってるし。
弘兼 そうそうそう。
『学生 島耕作』を
全国の自動車教習所に2冊ずつ配本する。
糸井 (笑)
弘兼 うちの近くの整骨院にも
僕、いつも『島耕作』を置いていたんですよ。
糸井 ご自分で?
弘兼 はい。自分が足を骨折したときに発見したんです。
診察を待っている間は
みんな漫画を読んでるなって(笑)。
それで、出版社から新しいものが送られてくるたびに
何冊か持っていってました。
でも、教習所は思いつかなかったです。
アリですね。
糸井 (ほぼ日乗組員を見て)
どういうところがおもしろい?
(ほぼ日乗組員) なんか‥‥僕が生まれる前の話なんです。
弘兼 でしょうね。
(ほぼ日乗組員) 僕は1987年生まれなので、
生まれる前なんですけど、
「あ、バブルってこうなんだ」みたいな。
しかも「課長」のころって、
ラブアフェアがすごいじゃないですか。
「ああ、大人っていいなあ」
みたいなことを思いながら。
糸井 うらやましいですよねえ。
(ほぼ日乗組員) それから、だんだん情報が新しくなってきて
リアルになっていくのがおもしろくて。
「自分でも知ってるような話が出てきたな」とか、
「ニャッコって宇多田ヒカルを
 モデルにしてるのかな」とか‥‥
弘兼 ああ、その通りでございます。
ありがとうございます。

▲ニャッコは宇多田ヒカルがモデル!?
(「部長」編 STEP80より)
糸井 そうか。
類推するところまで含めて楽しめるもんね。
ちょっと女性にも聞いてみよう。
(ほぼ日乗組員を見て)
『島耕作』の
エロティックな部分についてはいかがですか。
(ほぼ日乗組員) うーん、
私はよく新幹線とかで読んでましたので、
そういうシーンはちょっと‥‥
糸井 (笑)
弘兼 ああ、そうか。隣りに座ったオッサンが、
「なんでこんなエロイの読んでんだよ」
みたいなね。
(ほぼ日乗組員) あと「何を参考にしてこんなリアルに」
という気持ちはずっとありましたね(笑)。
弘兼 ああ。それは、
聞いた話と実体験とが混じってます(笑)。
『課長 島耕作』は銀座が舞台だったんですけど、
ママの話もホステスさんの愚痴も
全部ネタにしてましたね。
当時は作家1人に編集者が4、5人ついて、
毎晩、銀座の高い店をハシゴしていたんですよ。
バブルってそういう時代で、
それだけ出版社が儲かっていたんですね。
糸井 あのころの銀座は、
そういう場所でしたね。
弘兼 ええ、漫画家もしょっちゅう行ってましたが、
もう誰も行かなくなって、
いまは銀座に若い人が多いんです。
それも、IT系の方ばかり。
糸井 ああ、そうか。
弘兼 IT業界って、常識では考えられない額を
稼ぐ人がどんどん増えたじゃないですか。
で、100億、200億の資産を持った
若い連中がバンバン、ロマネコンティを開けたりする。
これまでとはまた違う変なバブルですね。
でも、その中に相変わらず
作家の北方謙三さんはいるんです。
「まだいるじゃない、北方さん」って(笑)。
糸井 そこまで含めて作品ですね、もう。
それで、弘兼さんご自身の
楽しみというのは‥‥
弘兼 まあ、ずっと忙しいんで、
なかなか自分の時間もとれないんですよ。
でも、ときどき、どうしてもダメなときは
編集部に電話でお願いしたりしてます。
「16ページのところを
 12ページにしてください‥‥」って。
糸井 減ったページ分だけでも助かるわけですか。
弘兼 助かるんです。
4ページ短いと、どれだけ助かるか!
糸井 ‥‥すごい切実な。
なんかこう、陰毛の描き方がどうとか
言ってらんないですね(笑)。
弘兼 (笑)そうですよ、陰毛だって
もう必死の思いで描いてるんです。
飲まずにまっすぐ帰って、ぐっと集中して。
糸井 僕らが見ている乳首は
誰かの努力の結晶である、と。
弘兼 そうそう(笑)。
で、唯一の楽しみといえば
寝る前のワインとか日本酒ですね。
家族は寝静まって、台所には誰もいない。
1人で冷蔵庫をそーっと開けて、
まあ、子どもが小さいときは
子どもの食べかけの歯型のついたハンバーグなんかを
肴にするわけです。
糸井 (笑)
弘兼 CSでいろんな映画をやっているので、
バンバン切り替えながら観るんですけど、
結局どれも覚えてないんです。
逆に、すごく観たい映画は観ないんですよ。
観ちゃうと終わるのは朝の6時だ、ダメだ、と。
だから、どうでもいいようなホラーとかを観るんです。
そしたら、いつでも寝ていいじゃないですか。
糸井 わかります。
本気のものって
「必ず観なきゃ」ってなるから。
弘兼 おもしろすぎて寝られなくなっちゃうんで、
どうでもいいやつのほうがいいです。
糸井 なるほど。そう聞いてると、
何ていうんだろう、
弘兼さんは、時代とか大衆の
生贄のような暮らしをされているような。
弘兼 そうかな、
‥‥そうかもしれないですね(笑)。
糸井 そんな目に遭っていて、と言いますか、
弘兼さんに被害者意識が
まったくないっていうのが才能なんでしょうね。
弘兼 あ、もう被害者意識どころか楽しいです。
正月も働いてね。
糸井 何かと人のせいにする人だったら、
「俺は大衆のために、こんなに自分を犠牲にして」
‥‥ってなるんでしょうけど、
いまの話を聞いてると、
それしか楽しみがなくても、楽しいでしょう。
弘兼 楽しいですね。
僕、どんな状況にあっても
楽しみを見つけるのが
多分うまいと思います。
たとえば前、映画の
『ライフ・イズ・ビューティフル』を観まして。
糸井 あれはいいですねえ。
弘兼 みんな絶望しかないんだけど、
1人だけ、そのへんの小さい花を育てている。
それぐらいしか楽しみがなくても、
持ってると持ってないで全然生き方が違うでしょう。
そういうことを自分はやっていきたいですね。
どんな状況にあっても、
いまできる範囲内で
一番楽しいことは何だろうかって考えたら、
それを求めていこうと。
糸井 ああ、いいですね。
最初は陰毛の話だったのに、
なんだかジーンと来る終わり方に(笑)。
弘兼 プラス思考ですから。
糸井 だって台所でワインを飲んでる時間帯って‥‥
弘兼 朝の4時から5時。
糸井 「4ページ減らしてください」って電話もかけて。
それ「幸せな人」って題で写真撮っても、
誰も認めないです。
弘兼 しかも肴は子どもの歯型のついた
食べ残しハンバーグ。
糸井 でも、ご本人は、楽しい。
弘兼 楽しいですねえ。
糸井 いいなぁ。どんどん売れても
結局、弘兼さんは台所でひとりワイン。
いや、もう一点透視法みたいですね(笑)。
弘兼 行き着くところはその一点であるみたいな。
糸井 あらゆる線を結ぶとそこに行ってしまう(笑)。
まさに『ライフ・イズ・ビューティフル』ですよ。
ありがとうございました。
弘兼 こちらこそ、ありがとうございました。
  (終わります)

2014-11-27-THU