僕らの時代と島耕作
弘兼憲史×糸井重里
写真:大坪尚人
第5回:影響を受けた漫画家たち。
糸井   漫画の話って、ついストーリーの話ばかり
してしまうんですけど、
実はみんなが本当に魅力を感じているのは、
絵だと思うんです。
弘兼   そうですね。
漫画にも流行りの絵というのがあって、
たとえば大友克洋という漫画家が出てきたころは
みんな真似して描いてましたし、
いまだと「週刊少年ジャンプ」系の
髪の毛をツンツン立てた顔とか、
時代によって流行りの絵がありますね。
僕は誰にも影響されないで
描いてきたと思っているんですけど、
それでも、手塚治虫さんと永島慎二さんと
つげ義春さんと上村一夫さんには影響を受けたかな。
でも、みんな全然絵が違うんですよ(笑)。
糸井   あぁ、そう言われたら、
それぞれの方と、どこか結びつきますね。
弘兼   もともと最初は手塚さんが好きで‥‥
といっても、手塚さんは好き嫌いにかかわらず、
すべての漫画家が最頂点に置くんですが。
そして、永島慎二さんの『漫画家残酷物語』や
つげ義春さんの『ねじ式』、
上村一夫さんの『同棲時代』がすごく好きでした。
糸井   僕も上村さんとは付き合いがあったんです。
弘兼   ああ、そうなんですか。
上村さんって、
お酒飲みながら、絵を描かれるんですよね。
飲み屋から電話をかけてきて、
「来いよ」と言うから行ったら本人がいなくて、
「あれ? 上村さんどこですか」と言ったら、
「そのへんにいない?」って言われて見たら
床に寝ていました(笑)。
糸井   ああ、ああ。
そんな感じでしたね。
弘兼   ウイスキー片手に
かなり傾いて描いてましたから、
正面から見ると、ほんのちょっと歪んでるんです。
糸井   絵に斜体がかかってるんですね。
弘兼   そう、片側が延びてて。
あれは上村さんの傾いた視点から描いてるからです。
糸井   それは弘兼さんが
初めて言ったことじゃないかな。
弘兼   ああ、絶対そうだと思います。
糸井   上村さんの漫画というか劇画は
阿久悠さんの作る歌詞と
同じ世界のように感じます。
阿久悠さんというのは、犯罪とか
いままでにない物語を書かれたように思うんです。
弘兼   阿久悠さんの歌詞に
『ざんげの値打ちもない』とかありますが、
ああいう感じのものですよね。
糸井   そうです。
そういう雰囲気をまとったものとして
上村さんの漫画『同棲時代』があって、
弘兼さんの『人間交差点』にも
影響を与えているんだなって‥‥
自分としては
「そういうつながりか!」って
とても納得しました。
弘兼   あ、そうですね、そうですね。
糸井   つげ義春さんは
もう、スターでしたね。
弘兼   スターです。
みんなの教科書でした。
つげさんの『ねじ式』をみんなで読んで、
「何だろう、この意味は」
「意味なんかなくていいんだよ」って
言い合ってました。
糸井   つげさんの原画が載ってる
『夢と旅の世界(とんぼの本)』
っていう本、ご覧になりました?
弘兼   いえ。
糸井   もうビックリします。
つげさんの漫画の原画を
そのままを写真に撮って本にしてるんです。
だから、描いた勢いだとか、
写植を貼った跡とかが全部見えるんです。
弘兼   ああ、なるほど。
糸井   すごいです。
弘兼   つげさんはね、エロいんですよ。
糸井   エロいですね。
弘兼   つげさんの描いた『ゲンセンカン主人』とか、
僕も影響を受けてるかもしれません。
糸井   あぁ、そういうつながりは
すごくおもしろいですね。
弘兼   あと少年漫画だと
ちばてつやさんも好きでした。
『紫電改のタカ』とか
泣きながら読みましたから。
糸井   ああ‥‥。
で、『のたり松太郎』も。
弘兼   読みました。
でも、ちばてつやさんだからできるんだけど、
『のたり松太郎』では、
鼻をほじるシーンで2ページくらい使うんです。
そんなことしたら普通の漫画家は怒られますよ。
「そんなので2ページも使いやがって」みたいな(笑)。
糸井   ‥‥弘兼さんって、いまさら言うと変ですけど、
ものすごく漫画ファンですね。
弘兼   ずっと漫画ばっかり読んでましたから。
いま読めないのは、嫌いだからじゃなくて、
時間がないからなんです。
小説もそうです。
だからときどき、
「これ浅田次郎さんのナントカに似てる」とか
言われるんですけど、読んだことなくて。
前にSFを描いたときも、
自分で頭でひねくり出して描いてたら、
SF作家のアイザック・アシモフとか
アーサー・C・クラークに似てたらしくて、
「読んだだろう」と言われました。
いや、読んでないけど‥‥
俺って、たいしたもんだなと(笑)。
あの人たちと同じ発想をしてるって、
自分でビックリしたことがありました。
糸井   たぶん、物語の原型みたいなものって
一人一人が神話を作るみたいに
似てくるんじゃないですかね。
弘兼   そうですね。
無意識のうちに自分の引き出しの中に
いろんな情報を取り込んでるからかもしれないです。
自分で考えて書いているのに、似たものになる。
糸井   うん。だから、ある時代が
歌詞をみんな似せてしまうみたいにね。
たとえば僕らが一番歌謡曲を聞いていた時代って、
まだ男はカッコよかったんです。
でも、上村一夫さんの『同棲時代』あたりからは
女性のほうが主役で、男は脇ですよね。
弘兼   うん。いつも悲しそうな顔して。
糸井   悲しそうで、無力ですよね。
で、とうとうジュリーが
片割れの阿久悠さんの歌を歌うようになって、
「壁際に寝返りうって
 背中で聞いている
 やっぱりおまえは出ていくんだな」
と歌詞にもありますが、
男はやけっぱちになって、
タバコ吸ってるだけなんです。
弘兼   (笑)
糸井   男はもう何も
なし得なくなっちゃったんですよ。
弘兼   そうですね。
糸井   これだけ時代が変わっていくなかで
弘兼さんみたいに相当忙しい方が
時代の空気を感じ取って描きつづけているのは、
壮絶なものがあるんじゃないかなと。
弘兼   ああ、アンテナは張ってます。
糸井   そうでしょう。
弘兼   漫画を描いていると、
テレビ見る時間はあまりないんですけど、
耳はあいているんで、
ずーっとラジオかけて、音楽をたくさん聴くし、
ニュース番組も、報道番組も
毎日、何かしら意識して聴いていますね。

(つづきます)

2014-11-26-WED