書いたら届いた。書かなきゃ会えなかった。 書いたら届いた。書かなきゃ会えなかった。
ほぼ日編集部の平野慎也です。
9人の乗組員が日替わりで書いている
「ほぼ日3分コラム」を続けていたところ、
ぼくに、思いがけない幸運が訪れました。
高校時代の恩師、関先生から教わった
「書いたら部分点、書かなきゃ0点。」
という言葉について書いた文章が、
なんと先生ご本人に届いていたのです。

20年来の「ほぼ日」読者でありながら、
教え子がここで働いているとも知らずに。
もう会えないと思っていた関先生のもとへ、
22年ぶりに会いに行ってきました。
(7)さようならじゃなくて。
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3分コラムを読んでいるとね、
あまり自分のお話をしないタイプのコラムと、
家族になったような気持ちで読めるコラムがあって、
平野くんの場合は、
比較的プライベートを見せてくれるじゃないですか。
おかげですごい知ってる気がしちゃって。
平野
仕事のことばかり書くと宣伝っぽくなるので、
身の回りのことは書きやすいですね。
でも、こうしてコラムがはじまってから、
同じチームの先輩後輩の文章を読んで、
こんなことを考えていたんだなあって
ギャップが埋まるようなことはありますね。
平野くんの文章の書き方は、
やっぱりコピーライターだなあと思うんです。
平野
正直、高校の頃までは文章を書くことが
好きじゃなかったんです。
小論文も、読書感想文もこなすような感じでした。
でも、ちょっと好きになるきっかけが
これまた高校1年生のときだったんですけど、
年度末に出る生徒会の文集がありましたよね。
その文章を、委員長だったぼくが代表して書いて、
クラスで過ごした12か月を
12の色にたとえた文章を載せたんです。
それを、隣の席にいた森山さんが読んで
「文才あるね」って言ってくれたんです。
そっか、森山さんがねえ。
それはよかったねー。
平野
当時のぼくは「文才」っていう言葉が
ピンとこないぐらい常識がなかったわけですが。
ただ、おもしろく読んでくれた人がいたんだって、
それはちょっと自信になりました。
学校の勉強ってテストに答えるぐらいで、
書く練習はしないじゃないですか。
本当はこういうのがあるよっていう例があると、
染みていくんだと思うんですよ。
でも、いまはもっと染みてるでしょ?
私は、みなさんの3分コラムが染みてるから、
誰かのタイプで書けって言われたら
書けちゃうかもしれない。
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平野
あはは、本当に染みてる。
前にサノさんが平野くんのことを、
淡々とした印象って書いてましたよね。
文章になると暖かさが出るんだよね。
なんでしょうね、文章って。
他にも書きたい人がいるんじゃない?
「3分コラマー、Aチーム」とか、
次の人たちが虎視眈々と狙ってると思う。
平野
どうでしょうねえ。
聞いたことないですけど。
平野くんが書いてくれた
「書いたら部分点、書かなきゃ0点。」の文章、
あの回はすごく上手な構成だなあって思った。
サンドイッチで言うと、
上と下のパンが平野くんの言葉で、
真ん中の具が私の言葉だったじゃないですか。
国語って、部分点の△をもらうと、
みんなショックを受けちゃうんですよね。
平野
◯じゃないと嫌なんですね。
でも違うの、△がもらえるって素晴らしいことなの。
現場でも、そこを伝えなきゃいけませんよね。
その△が大事なことで、
そこを積み重ねていくことが大事なんです。
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平野
いまでも個別指導で言ってますか。
言ってる。
他にもね、新しい言葉がふたつあって。
平野
おお、ふたつも!
じゃあ発表しまーす! ひとつ目。
まずね、「自分を信じる」って私が書くんですよ。
その下に、ひとつ四角の枠を作るんです。
ではあと1文字、何が入りますか?
平野
わ、突然クイズがはじまった。
なんだろう、自分を信じる‥‥「心」?
自分を信じる心でどうでしょう。
ブーッ! 正解は「な」。自分を信じるな。
みんな、すぐに自分を信じちゃうの。
本当に最後の最後まで注意深く確認をしてほしい。
国語って、そういうところがありますよね。
抜き出しの間違いとかしちゃうから。
そういう生徒には、私がノートに
「自分を信じる」って書いて、
「な」って書いてもらうの。
平野
「自分を信じるな」。
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はい、それからふたつ目。
「誤答は」の後に入る漢字1文字はなんでしょう。
平野
‥‥あっ、これはわかった。「宝」だ!
すごーい、さっすが! 「誤答は宝」です。
みんな、間違えたときに消そうとするでしょ。
ダメです、消しゴムはいらない。
消さずに残しておいて、
間違えた横に正解を書けばいいんです。
「誤答は宝」、どうぞ持ち帰ってください。
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平野
それよかったら、
ぼくの手帳に書いてほしいです。
今日は本当にありがとうございました。
こんな話で、読みものになるの?
じゃあここからが、編集者の
(ヒジを叩きながら)腕の見せどころだね。
平野
ふつうは二の腕を叩くんですよ。
ほんとだ(笑)。ヒジの見せどころだ。
本当におちつきのない人ですみません。
あのね、いただいた返信の中に、
「心のなかで応援してください」って
平野くんは書いていたでしょう?
だから、これ以上来るなよって意味だなと思った。
昭和の映画の主人公みたいな気持ちで、
平野くんのことは心のなかにしまって
いつもあなたを応援してるからって思ってたの。
平野
たしかに書きましたね。心のなか。
先生からしたら、過去の生徒とは
距離を置きたいのかなあと思っていたので
意図があって書いていましたね。
最初は取材を申し込むのも
控えたほうがいいんじゃないかなあと。
もうね、家族にも私は平野くんのことを
心のなかで応援することにしたって宣言までして。
そうしたら、また会いませんかってくるから、
うれしいなあって思ったんだけど、
心のなかって言ったじゃないぃーってなりました。
「心のなかで応援してください」に線を引いて、
「ここにはどんな気持ちが込められていますか?
登場人物の気持ちを5文字で書きなさい」
っていう問題があったとしたら、
「さ・よ・う・な・ら」って読み取ったのに、
まさかお目にかかれると思っていなくて。
平野
あったかく見えて、冷たい言葉ですよね。
裏目に出ました。すみません。
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さっきコピーライターって言ったけど、
そういうね、ちょっとしたところに
キャッチーなところがあるの。
平野
そういえば先生からいただいたメールと、
ぼくが最初に送ったメールは
社内のみんなが見ていたんですよ。
「3分コラムの先生からメールが来てました」と
あの日、社内のチャットで盛りあがったんです。
えーっ、そんなことが。
平野
永田さんもコメントをくれました。



「やり取りが続いてますが、
関先生の『踏み込みすぎない距離感』が、
当時から続く大人としての振る舞いを感じて
すごくいいですね。
いまや教え子もいい大人なのに。」
わーっ! ちょっと、すごくないですか?
永田さんが「関先生」ってコメントしてくれてる。
永田チルドレンの私のことを?
私、このコメントがいちばんうれしい。
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平野
教え子を差し置いてねえ。
ぜんぶ、平野慎也がいたからだよ~。
平野
ちなみにその週の「プレイバックほぼ日」で、
ぼくと先生のメールのやりとりを
山下さんに読まれているんです。
事後報告になってすみませんが、
もしよかったら動画を見てみてください。
やだ、そうなの?
それじゃあたのしみに見てみます。
ということは「心のなか」も読まれてるんだ(笑)。
平野
読まれてましたねえ。
ではそろそろ、次の電車が来たら
帰ろうと思います。
ああ、今日はたのしかったです。
どんなふうに取材をしてるのかなって思ってたから。
でもこれって、おばあちゃんがいつまで経っても
孫は子どもだと思っているようなもので、
私の中では、若干ふて腐れ気味の
あの教室にいた平野くんの感じはあるんです。
だから、平野くんにとっても
あの頃のハツラツとした関のままだといいなと思います。
平野
本当に、こんなにしゃべれると思ってなくて、
あのコラムを書いてよかったです。
それじゃあ、これから東京に戻ります。
先生、最後に握手してください。
手がかじかんじゃって、
冷たくなって申し訳ないから
グーでもいい?
平野
いや、なんでグーなんですか。
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取材を終えた週明けに、
関先生から平野に宛てたお手紙が届きました。
これまでお付き合いいただいた
読みものの締めくくりとして、
先生にご了承いただき、手紙の内容をご紹介します。
拝啓、梅も満開、春本番まであと少しです。
先日は、わざわざ浜松までありがとうございました。
果たして小林駅で上手に遭遇できるのかという
心配は杞憂でした。
お目にかかれて、とても嬉しかったです。
平野さんはいかがでしたか。
沢山沢山お話できて、私の心はポカポカでした。



3分コラムの平野さんが、
浜名高校の平野慎也さんとわかり、
更に直接会えるなんて、
一体だれが想像できるでしょう。
こんなことあるのですね。
これからの私の人生に花を咲かせてくれました。
改めて、ありがとうございました。



紹介していただいた、プレイバックも拝見しました。
もう一度ごほうびをもらってしまいました。
あれはDJの山下さんからの
平野さんへのプレゼントでもありましたね、素敵。
年をとって少し淋しいのは、
褒められるより褒める側に立場が変わることです。
これは当然なのですが、
こうしてもうすぐ40代の会社員を先輩たちが認めて
さりげなく褒めてくれる環境は宝物ですね。
こちらまで嬉しくなりました。よかった。



自分のしていることを誰も見ていなくても
遂行できるのは、もちろん素晴らしいです。
でも、やはり、見守ってくれる人がいると
励める時もあります。ホントよかった。



浜北での沢山のお話は、
どこから思い出しても楽しくて、
更にお土産も楽しくて、
家族にたっぷり自慢してしまいました。
あの時、平野さんの手帳に
「自分を信じる □」「誤答は □」の横に書いた
「幸せになれますように」は、
まさに 7/7 の3分コラムへのオマージュ!!
ビンゴでした。やった~。
ただこれでは、今、幸せではないともとれるので、
代わりを用意しました。いかがでしょう?



<君は輝いている>

<休みたくなる前に休め>



『ますように』の回は、
街角部門ベスト3に入る名作ですね。



こうして考えると、ネタは沢山あっても
あれだけの内容にまとめられるのは、
並大抵のことではないはずです。
いつも楽しいコラム、これからも待っています。



ほぼ日の取材のスタイルがわからず、
勝手に振舞った私を、上手にサポートして下さり、
ありがとうございました。
どんなまとめ方をしてくれるか、
ゆっくり待っています。
あれから私の頭に、何度も「おちつけ」という
田口さんも含めて、声が聞こえてきます。
あれは私に必要なものでした。
これからもグッズの開発、たのしみにしています。
実は、この文を書く前に一度書き始めて、
九枚になり、用意した封筒に入りませんでした。
(夏目漱石の「こころ」の先生の遺書が
長いのが少しわかりました。傲慢ですが。)



そろそろ書き終わらないと、
また入らないので、いよいよまとめます。



つまり、「ありがとう」

つまり、「これからも励め」

つまり「健康で」です。



うまくまとまりませんが、これからも心のなかでは、
ほぼ日、そして平野慎也さんを
応援させてもらいます。
また20年後、二月二十日に会えますように。
時節柄、御自愛下さいませ。



関 寿美子



二月二十三日

平野慎也様
関先生、変わらない元気なお姿と
愛嬌たっぷりの振る舞いに接することができて
本当にうれしかったです。
書いたら届いた。書かなきゃ会えなかった。
20年後と言わず、心のなかじゃない場所で
お会いできたらうれしいです。
それでは、また。
写真
(おわります)
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