書いたら届いた。書かなきゃ会えなかった。 書いたら届いた。書かなきゃ会えなかった。
ほぼ日編集部の平野慎也です。
9人の乗組員が日替わりで書いている
「ほぼ日3分コラム」を続けていたところ、
ぼくに、思いがけない幸運が訪れました。
高校時代の恩師、関先生から教わった
「書いたら部分点、書かなきゃ0点。」
という言葉について書いた文章が、
なんと先生ご本人に届いていたのです。

20年来の「ほぼ日」読者でありながら、
教え子がここで働いているとも知らずに。
もう会えないと思っていた関先生のもとへ、
22年ぶりに会いに行ってきました。
(2)愛は増えていくもの。
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関
平野くんは大学に行ったあとに
コピーライターになったんだよね。
その興味って、最初はどこから?
平野
あ、それこそ高校1年生ですよ。
「総合的な学習の時間」という授業が、
ぼくの年からはじまりましたよね。
職業ガイドみたいな冊子が配られて、
理系は違うなあ、法律は興味ないなあ、
と読んでいったんですが、
そこに広告の仕事が書かれていたんです。
関
あったねえ、あったあった。
平野
その本に「クリエイティブディレクター」と
書かれていたのですが、いま思えば、
それっていきなりなる仕事じゃないんですよね。
コピーライターやデザイナーが経験を積んで、
クリエイティブの全体を見るようになってから
任される役割なんですよね。
関
そういうものなんですね。
じゃあ、その本に載っているからって
将来なれると思ったんだ。
あの冊子にもちゃんと意味があるんですね。
平野
高校に入ったばかりの頃は、
将来何になりたいっていう目標はなかったんです。
でも、そのガイドの中では、
いちばん興味が持てたんですよね。
なんかできるかもなあって生意気に思ったんです。
関
へえー、いいねえ。
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平野
冬休みに宿題があったの、覚えてますか。
調べ学習で自分が興味のある仕事の人に
会いに行かないといけないっていう。
副担任だった土田先生の同級生に、
出版社で記事広告に携わっている方がいるからって、
会わせてくださったんですよね。
年末年始に東京から帰省しているタイミングで、
お話を聞いたのを覚えています。
東京の風を感じたのは、そこがはじめてでした。
関
じゃあ、それで大学は首都圏に?
平野
首都大学東京です。
関
えっ! やーーっぱり!
私、絶対そうだと思ってた。
平野
本当ですか。どうして?
関
えっ、だってわかるじゃん。
わかるよ! わかるわかる!
ああっ、当たった! やったーっ!
首都大も名前がまた都立大に戻っちゃってねえ。
平野
どうして首都大だってわかったんですか。
関
だってね、これまでの3分コラムを読んでいたら、
平野慎也さんという人がいて、
国公立で首都圏に行っている‥‥、
あっ、これは首都大だなあって。
答えを言われちゃう前に言えばよかった。
平野
たとえば、横浜国立とかではなくて?
関
横国じゃないよ。絶対違う。
じゃあ、がんばったんですね。
お疲れさまです。
合格おめでとうございます。
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平野
いやいや、どうもありがとうございます。
先生にはその後を報告したいと思っていたんです。
家の事情もあって国公立大学がよくて、
なおかつ東京近郊で広告志望で、
となると、ある程度絞られたんですよね。
関
本当に素晴らしいですねえ。
そこだけ聞くと順風満帆。
大学ではどんなことを学んだの?
平野
「意思決定論」っていう学問をゼミで学びました。
もともとはマーケティングのほうが
広告に近いのかなと思っていたんです。
でも、ゼミを選ぶタイミングで
信頼できる大人に相談した上で選びました。
関
街に出て何か研究をする感じ?
平野
いや、学生レベルだと
学校の中で完結するような感じでしたね。
経済学と心理学が混ざったような学問で、
「人は合理的な選択をしたいと思っていても、
なかなかできないよね」
ということを学ぶような学問でした。
関
へえー、かっこいい。
そんな学問があるんだ。
それを何かで証明するってこと?
平野
卒論ではアンケートを取って実験をしました。
たとえば、携帯電話のキャリアを
乗り換えるとしますよね。
「乗り換えたほうがお得だ」って
頭ではわかっているのに、
面倒くさいと思って動けないでいる。
そういうことを実証していく研究です。
まあ、大学の2年間だけなので、
教科書をなぞったような結果しか出ないんですけど。
でも興味を持って学べたので、よかったのかなって。
関
じゃあ、こんなところに入らなきゃよかった
というようなことはなくて。
平野
たのしかったですよ。
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関
アルバイトは?
平野
アルバイトはいろいろやりましたね。
最初はまかない目当てにファミレスで働いて、
単発のバイトもあったし、
企業で働いたこともありました。

でも、大学3年生で就職活動がはじまる頃に、
リーマンショックが起きました。
広告の制作系の仕事は、
ただでさえ門戸がせまいのに採用も減って、
全然うまくいきませんでしたね。
関
不景気になると、そういうところから
削られていきますよね。
どういう人がコピーライターになるんですか?
平野
ライターは文学部出身のかたが多い気がしますが、
コピーライターの場合はそうでもなくて、
伝えることが得意だとか、
人の役に立ちたいだとか、
たのしいことが好きだとか、
動機はみんなバラバラだと思います。
関
そういえば、平野くんの3分コラムでも
あの回が好きなんですよ。
谷山雅計さんから電話がかかってきて
「行きなさい」って言われたのが
ほぼ日だったっていう回。
平野
あー、ありましたありました。
谷山雅計さんにはいろんな企画でお世話になってますし、
さっき話した意思決定論というゼミの長瀬先生にも
「勉強の夏、ゲームの夏。」という企画に
出演いただいたこともありました。
さらにいま、高校でお世話になった関先生にも
こうして取材させていただいて‥‥。
なんだか、恩師という切り札を
使いすぎているんじゃないかなあって。
関
いや、そんなことないと思う。
もっとみんな、大人を使えばいいの。
っていうか、使うべきじゃないですか。
だって、こんなに嬉しいことある?
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平野
本当ですか?
関
たとえばね、高校3年生のクラスを受け持っていても、
合格発表の結果を報告しない子がいるんですよ。
ダメだったら言いにくいと思うんだけど、
受かっていても言わない子がいる。
その子に理由を聞いてみると、
教師がそんなに心配してると思ってなかったんです。
平野
え、そんな生徒もいるんですね。
関
新しい生活に気持ちも向かってるだろうし、
それは決して、珍しいことではなくてね。
常にこちらは片想いだと思います、教師側って。
だからね、こうして声を掛けてくれるのは、
本当に本当に嬉しい。
他の先生から妬まれちゃうんじゃないかな。
よく聞く言葉だと、なんちゃら冥利に尽きるというか。
平野
教師冥利?
関
もちろん、そうね。
恥ずかしくて言わなかったけど、
なんちゃら冥利ね。
平野
無粋ですね、いまのは。
関
生徒の側も、すごく謙遜してると思うんですよ。
「自分のことなんて誰も心配してない」
というのは言い過ぎかもしれないけれど、
「目立たなかった私のことなんて」
なんて思ってるかもしれません。
本当に、愛してる。
みんなのことを気にしてるんだよ。
平野
1クラスでも40人ぐらいで、
学年でいえば400人ぐらいいて、
通算で考えると、ものすごくたくさんの人数の
生徒と関わってきたわけですよね。
関
最近、平野くんが紹介してくれた
『子どもが幸せになることば』の
田中茂樹先生と話していたことの中にも、
1人目の子と2人目の子でも
ぜんぜん違うって話があったでしょ?
たしか、平野くんはごきょうだいもいたよね。
平野
うちは4人きょうだいです。
関
その4人でも、絶対違うでしょ。
産んでも産んでも違うと思うんですよ。
だから、生徒だってひとりひとり違う。
愛というか、気持ちってね、
やっぱり増えていくんだと思うんです。
お母様の気持ちを4分の1に
しているんじゃないんだと思うんですよね。
写真
平野
確かにそうですね。
ぼくも、自分の子に対しての気持ちを
半分にしているわけじゃないですね。
関
教師の愛と、お父さんやお母さんからの愛は
また違うのかもしれないんだけど、
私に声をかけてくれたことも、
大学の先生を思い出してくれたことも、
それは本当にうれしいことなんです。
平野くんは「お世話になった」って
思ってくれているかもしれないけど、
こっちが「お世話した」っていうよりは、
出会っていっしょに時間を過ごすんだけど、
けっこうスパーンと終わっちゃうじゃないですか。
平野
ですね。
3月にはお別れの時間が来てしまうから。
関
だから、珍しいと思うんですよね。
関係性が続いている方も、
きっといるんだと思うんですけど。
(つづきます)
2026-03-26-THU