書いたら届いた。書かなきゃ会えなかった。 書いたら届いた。書かなきゃ会えなかった。
ほぼ日編集部の平野慎也です。
9人の乗組員が日替わりで書いている
「ほぼ日3分コラム」を続けていたところ、
ぼくに、思いがけない幸運が訪れました。
高校時代の恩師、関先生から教わった
「書いたら部分点、書かなきゃ0点。」
という言葉について書いた文章が、
なんと先生ご本人に届いていたのです。

20年来の「ほぼ日」読者でありながら、
教え子がここで働いているとも知らずに。
もう会えないと思っていた関先生のもとへ、
22年ぶりに会いに行ってきました。
(1)22年ぶりの再会。
2026年2月20日。
ほぼ日編集部のぼく(平野)は、
母校の静岡県立浜名高校へと向かっていた。
高校1年生時の担任、関 寿美子先生と
22年ぶりに会えることになった。
そのきっかけが「ほぼ日3分コラム」だ。



すでに教師を辞めていて、
連絡先もわからないでいた先生が、
まさかのまさか、ほぼ日の読者だった。
そんなことあるの? と思ったが、
関先生からしてみても驚いたことだろう。
20年以上たのしみに読んでいるほぼ日に
自分の話題が出てきたのだから。



まずは、再会までの道しるべとなった、
元教師と元生徒のやりとりからご覧ください。
書いたら部分点、
書かなきゃ0点。
──「ほぼ日3分コラム」1月30日より
名ばかり進学校の平凡な高校にいたぼくは、
1年生で担任になった関先生に
いろんなことを教えてもらった。



関先生は、すべての言葉に
感情がこめられた話し方をする先生で、
古文の授業では万葉集の
「銀も金も玉も何せむに
優れる宝子にしかめやも」
を泣きながら解説をする子煩悩な女性だった。
かと思えば古語の活用形を教えるときには、
黒板をバシバシ叩いてリズムを刻み、
1階のフロア中に響き渡るような大声で
「ざら・ずー・ざり・ずー・ぬー・ざる・
ねー・ざれ・ざれ、未然! ハイッ!!」
とコール&レスポンスを求められた。



あまりに熱血な関先生の人柄がみんな好きで、
その言葉と声は、ぼくの頭にいまでも残っている。
いま書いておきたいなと思ったのが、
「書いたら部分点、書かなきゃ0点。」だ。



つまりは、テストで点数を取るための極意で、
「ぜんっぜんわかんない難しい問題でも、
途中の式や過程を書いておいたら、
△の部分点をもらえるかもしれないでしょ!」
世の中が受験シーズンのいま、
その熱量とともに思い出された言葉だ。



それにしても「部分点」という考え方は、
大人になっても必要だなと思う。
新しく作業を教えてもらったり、
じぶんでなにかを考えたり、生み出したり。
正解にたどり着くまでの過程は、
他人にうまく伝わっていないものである。
察してくれたらいいのにと思っていても、
言わなきゃわからない、残さなきゃ伝わらない。



得られた結果が正解でなかった場合でも
それはまったくの×ではなくて、
ぼくらはどこかで部分点をもらっている。
成果物として形になるようなものでなくても、
話し方や振る舞い、気づかいにも、
部分点はあるんじゃないかと思う。
妥協して△でいいや、ではなくて、
全力で取り組んだ成果としての部分点は、
合計点にまで影響してくるのだ。



関先生は個人面談のたびに
「平野くんは、はらぺこあおむしなの!
大きくなってきれいな蝶になるのよ!!」
と言ってくれた。
いろんなことを学んで摂り入れて、
大きく育って羽ばたいていきなさいよ、
ということだったんだろうけど、
それも当時はよくわかっていなかったな。



高校2年生に上がるタイミングで、
関先生は教師を辞めてしまわれたので、
ぼくは最後の生徒だったことになる。
関先生が国公立大学に行きなさいと言うから、
そのあと部分点を積み上げながら頑張ったけど、
報告する手段もないまま、大人になってしまったな。
関先生、ぼくは元気にやってます。
このコラムを読んだ関先生から、
その日の正午にメールをいただいた。
先生が読むとは思っていなかったし、
「ほぼ日3分コラム」がなければ
この話題を書く場などなかっただろう。
平野さん、こんにちは。

いつもコラム楽しく読んでいます。関と申します。
今日も11時を過ぎて、ほぼ日を開きました。
あ、今日は平野さんだな、と思ってから、
数行で、笑ったり泣いたりしてしまいました。



以前から、平野さんのコラムを読む度、
浜松の人か、嬉しいな、とか、
浜北には、ひらのしんやが何人いるんだとか、
思っていました。写真にフルネームがあったので。
そんな話を娘にしたりして、
どこかのドラマよりドラマチックな答え合わせが、
今日叶いました。



大学合格おめでとう御座います。



ほぼ日入社おめでとう御座います。



結婚おめでとう御座います。



新しい企画楽しみにしています。



どうぞこれからも、健康に、ご活躍くださいませ。



ほぼ日3分コラムファンより
このメールは乗組員の全員が受け取っていて、
二日後に開始するイベントのための
設営をしている途中に、
同僚に教えてもらって気がついた。
びっくりした。うれしかった。
もう会うことのないと思っていた恩師が、
ぼくの書いた文章に応じてくれた。
興奮を抑えきれないまま、返事を書いた。
関先生



メールをありがとうございます、平野慎也です。
本当にびっくりしました。
まさか関先生ご本人が
この記事を読んでくださっていて
メールまでいただけるなんて感激です。



思い返してみれば、
朝の読書の時間に読みたい本がないからと
関先生が貸してくださったのが
吉本ばななさんの『キッチン』でした。
そこからいろいろつながって、
ばななさんにゆかりのあるほぼ日に入れたのも
何かのお導きなのかもしれません。



手厚いご指導があったおかげで、
古文と漢文は得意科目になりました。
高校に入ったばかりの頃は
将来のプランなどまるでありませんでしたが、
先生のような大人に出会えたおかげで
大学に行くこと、仕事をすること、家庭を持つことも
たのしくやらせてもらってきました。



もう20年も経っているにもかかわらず、
覚えてくださっていて光栄です。
3分コラムというスペースがなかったら、
こんなことを書くタイミングもありませんでしたし、
先生まで届かなかったと思います。
ほんとうに、ありがたいことばかりです。



これからもほぼ日にいますので、
何かの折に見つけてくださったら
心のなかで応援いただけるとうれしいです。
一度はそこでやりとりを終えた。
関先生が学校を辞めたタイミングで
生徒との関係を絶っていたこともあり、
個人的な連絡を続けるのも
ご負担になってしまうと思っていた。
しかし、編集部のミーティングで
「関先生に会いにいかないの?」と
再会を後押しする声が上がり、
先生に取材の依頼をしてみた。



2月20日。



地元では「赤電(あかでん)」と呼ばれる
2両編成の遠州鉄道に乗って、
母校の浜名高校へと向かっていた。
写真
正月に帰省しているから
それほど懐かしい風景ではないが、
いつもの浜松とは違うことがある。



これから、22年ぶりに関先生に会える。
先生からいただいた言葉を
励みにしていたことへの感謝も伝えたかったし、
高校卒業後の進路も報告したかった。



関先生に聞きたいこともある。
どんな暮らしを送ってきたのか、
どうして教師を辞めたのか、
コラムを読んだあの日のこと。



いずれコンテンツにするために
話の展開も考えてはみるものの、
どうも頭の中がまとまらなかった。
いつも担当している読みものに比べて、
あまりに公私混同が過ぎるからだ。



そして、浜名高校の最寄り駅。
約束よりもあえて1本早く着いて、
先生を待ち構えようとしていた。
しかし、遠州小林駅で降りると、
目の前に関先生がいた!
写真
あーっ、やっぱりそうだ!
関ですーっ!
平野
わっ、同じ電車に乗っていたんですね。
お久しぶりです、平野です。
こちらが、今日撮影してくれる
デザイナーの田口さんです。
電車で座ってるのを見かけて、
この人たちなんか違うなあって思ったの。
このふたりかなって予想してたんだけど、
やっぱりね、地元じゃない感じがした!
平野
すぐにぼくだと気づかなかったんですか。
もっとパーマがかかってると思って。
平野
あっ、天然パーマが。
今日はぼくも撮られるんだよなと思って、
美容院に行っちゃったんです。
ふだん会社にいるときって、
もっとパーマかかった感じじゃないですか。
田口
ああ、そうですね。
もっと大きいと思います。
やっぱり!
あ、今日はどこから話しますか。
平野
お話に入っていく前に、
ちゃんと働けてますよ、ということで、
名刺をお渡しさせてください。
では改めて、ほぼ日の平野です。
えーっ、やだもう素敵。
いただいちゃっていいんですか?
すいません。私は何も持ってないです。
平野
大丈夫です、関先生ってわかるので。
本当に~?
もし私が今日、壺とか持ってきてたら
どうするつもりだったんですか?
平野
壺とか、高級な布団とかね。
写真
そうそうそう。
ほら、たとえば3分コラムを読んでね、
私の名前をかたって「関です」って
なりすましのメールを送ったとしたらね。
犠牲になった方はいないんですか?
平野
うーん、それは聞いたことないですね。
ぼくもこれまで、ほぼ日手帳の取材で
ご自宅での取材もしたことありますけど、
いい方ばかりなので困ったことはないです。
そうなんだ。それはよかったですね。
平野
あ、じつはメールの文面を読む前に
同僚に教えてもらって、
見覚えのあるメールアドレスだ! と思って
関先生だと判別できたんです。
ぼくが高校1年生だった頃の冬休みに、
先生からクラスの全員に向けて百人一首のテストを
毎日送っていただいたじゃないですか。
そうね、あったあった。
平野
当時のアドレスからは変わっていますが、
ご家族の名前が並んでいるアドレスの字面が
妙に頭の中に残っていたので。
ああ、私の名前が入っていたから。
平野
退職なさったタイミングで
先生はアドレスを変えていたので、
これから連絡がつかなくなるんだなと思って、
さみしく思っていたんです。
当時の生徒や学校とはすっぱりと
縁を切りたかったのかなと思って、
再会をコンテンツにするだなんて依頼も
受けてくれないんじゃないかと思って。
うんうん。
平野
ぼくの上司にあたる編集部の永田が、
「関先生に会いに行かないの?」って。
ええっ!
いや、私その、永田チルドレンなんですよ。
平野
永田チルドレン?
私、永田さんの文章が好きで。
平野
じゃあ、3分コラムを読んでくださったのも、
永田さんのおかげだったんですね。
で、その永田からの助言があって、
ご挨拶してお別れでもいいから行ってこいって。
ああ、さすがですね。
永田さんは尻尾が見えたらキュッと掴むんだ。
なんて素敵なの。
写真
平野
いただいた読者メールは
ほぼ日乗組員の全員が読んでいて、
そこに関先生からのお返事があったので、
社内のみんなから「関先生」と知られています。
私ね、今回また平野くんに会えるとわかって、
3分コラムをまた最初から読んだんです。
もうね、100本ノックみたいだった!
その日に読む分にはそんなに重くないんですよ。
でも、6月6日からまた全部読むとなると大変で。
平野
えっ、全員分をまた読んだんですか。
だってもう、200回以上あるから
すごいボリュームになってますよね。
案外軽く考えていたんだけど、
もう1回染み込ませておこうと思って。
平野
なかなかハードな準備をされてきたんですね。
3分といっても200回以上あるから
600分はかかっちゃうのに。
すごいことしてますね。
平野
それを読んでくださってるのも、すごいです。
しかもね、文章の中にリンクが貼ってあると
その飛んだ先まで読んじゃうから。
本当に気になって記事も読むんだけど、
それもまた全部読むと素敵だから。
平野
遠州小林駅から歩いてきましたが、
全然本題に入りそうにないですね。
あっ、浜名高校が見えてきました。
写真
(つづきます)
2026-03-25-WED