ソール・ライター 《足跡》 1950年頃 発色現像方式印画

ソール・ライター財団蔵 ©Saul Leiter Estate

これから、この連載でご紹介していく、
とにかくかっこよくて、
デザインされたかのように斬新な構図の、
まるで昨日みたいな雰囲気なのに
何十年も前に撮られた、
じわーっと郷愁を誘う写真の数々は、
歴史に埋もれることを自ら選び、
80歳を超えるまで無名だった老人が、
ニューヨークの自宅周辺で、
60年以上にわたり撮り続けた写真です。

彼の名前は、ソール・ライター。

日本で初の展覧会開催にあたり、
生前の「伝説の写真家」と親交のあった
ポリーヌ・ヴェルマールさんに、
ソール・ライターってどんな人だったのか、
うかがってきました。

担当は「ほぼ日」奥野です。

第1回美の瞬間。

I find it strange that anyone would believe that
the only thing that matters is black and white.

It’s just idiotic. The history of art is the history of color.

The cave paintings had color…

誰もがモノクロ(写真)のみが重要であると
信じていることが不思議でたまらない。

まったく馬鹿げている。美術の歴史は色彩の歴史だ。

洞窟の壁画にさえ色彩が施されているというのに‥‥。

──
たとえばビートルズの肖像を思い浮かべると、
多くが「モノクロ」だと思うんです。
あれってほぼ「60年代」だと思いますが、
ソール・ライターさんが撮った
40年代、50年代アメリカの写真には、
きちんと「当時の色」があって、
そのことが、すごく新鮮な気がしました。
ポリーヌ
彼は「カラー写真のパイオニア」って、
呼ばれていたんです。

ソール・ライター 《足跡》 1950年頃 発色現像方式印画

ソール・ライター財団蔵 ©Saul Leiter Estate

──
あたりまえのことですけど、
「遠い過去の世界にも、
いまと同じように色があったんだ」
「50年代だって、
世の中は、カラフルだったんだ」
ということを思うと、
なんとも言えない気分になるんです。
ライターさんの作品を見て、
写真って、そういうところがあるなと、
あらためて感じました。
ポリーヌ
言葉では説明しにくい神秘的な感覚、
でも、極めて人間的な感覚を、
写真という表現に感じるという経験、
それは、たしかにありますね。
──
はい。
ポリーヌ
わたしは、あらゆる芸術のなかでも、
写真ほど、
瞬間的かつ直接的に心に訴えるものは、
ないのではないかと思っています。
偶然、彼の名前は「ソール」ですけど、
ソール・ライターは、その点、
魂という意味でのソウルに、
直接に訴えてくる写真を撮った人です。

──
おっしゃるように、
言葉での説明って難しいと思いますが、
それでも敢えてうかがうと、
その正体って、何だと思われますか?
ポリーヌ
わたしは、
アンリ・カルティエ=ブレッソンの初期作と、
ソール・ライターの作品には、
どこか、共通性があると感じています。
それは、ひとつには、
世の中の「美」に対する感受性の高さと、
そして、
見る者の感情に、知的に訴えかける部分。
──
あ、知的に‥‥という表現は、
写真の素人なりに、
何となく、わかるような気がしました。
ライターさんの写真は、
構図が計算し尽くされているようだし、
写真家だけでなく、
デザイナーにもファンが多いそうだし。
ポリーヌ
ブレッソンとライターは、
「優しさの感覚」というようなものを、
共通して、
持ちあわせていたとも、感じます。
高い感受性や天賦の才によって、
誰もが「いいな」と思う「美の瞬間」を、
マティスやボナールのように、
とらえることのできた作家だと思います。
──
美の瞬間。
ポリーヌ
そう。
──
ドイツのシュタイデル社から出ている
ライターさんの写真集(『Early Color』)のなかで、
個人的に好きなのが、
店先に飾ってある白いシャツを撮った
「Shirt」という、
本当に、何気ない写真なんですが。
ポリーヌ
ええ、わかります。

ソール・ライター 《シャツ》 1948年

ソール・ライター財団蔵 ©Saul Leiter Estate

──
1948年の写真だったと思いますが、
あれにも、
浅いけど、きちんと色がついていて、
まるで昨日みたいなのに、
「これ、
70年も前のある日の風景なのかあ」
ということを思うんです。
ポリーヌ
写真というものは、現実を‥‥
つまり絵筆を持って何かを描くようには、
現実を変えるものではありませんね。
カメラという道具によって、
現実の瞬間をとらえる表現‥‥ですから。
──
はい。
ポリーヌ
ソール・ライターにとっては、
「構成」や「フォルム」といった要素が
非常に重要だったのですが、
それらの要素が「美」を形づくる瞬間を、
彼は、的確に写し取りました。
彼自身の目と脳と心の働きを総動員して、
「美の瞬間」をとらえたわけです。
──
ええ。
ポリーヌ
たとえば、この作品なんて、
ちょっと信じがたい構成じゃないですか。

ソール・ライター 《天蓋》 1958年 発色現像方式印画

ソール・ライター財団蔵 ©Saul Leiter Estate

──
上から3分の2とか4分の3が真っ黒。
ポリーヌ
敢えて障害物を手前に持ってくる作品も、
ソール・ライターに典型的な構成です。
他の写真家が、
それまで、撮ったことのないような画面、
ある意味クレイジーな構成が、
ソール・ライターの革命性だと思います。

ソール・ライター 《板のあいだ》 1957年 発色現像方式印画

ソール・ライター財団蔵 ©Saul Leiter Estate

──
他では見たことのないような写真を、
ライターさんは、
自分の「目と脳と心の働き」を総動員して。
ポリーヌ
なかでも、ソール・ライターの作品には、
日本語でいう「心」が、
重要だったんじゃないかと思っています。
──
心。
ポリーヌ
はい、そうです。英語でもフランス語でも、
「頭」と「感情」は
それぞれ、別の言葉で表現するんですけど、
日本語の「心」というのは、
頭でとらえたものと、
感情でとらえたものが混じり合っている、
そういうものだと、理解しています。
わたし自身、日本で育っているのですが、
ソール・ライターの写真には、
わたしは、日本の「心」を感じるのです。

──
そうなんですか。
ポリーヌ
お好きだとおっしゃったシャツの写真も、
写真としては、
ある意味で構成がおかしいって言う人も
いるかもしれません。
最も目がいく部分には何も写っておらず、
主役であるシャツでさえ、
端っこがちょこっと切れてしまってます。
──
セオリーに照らしてというか、
それこそ「頭だけ」で考えた場合には。
ポリーヌ
でも、そこへ、光の当たり方であったり、
全体の色調であったり‥‥
それら他の要素が組み合わさって、
何ともいえない、
メランコリックな雰囲気を出しています。
──
見てると、ドキドキすらしてきます。
ポリーヌ
この光景に出くわしたときの、
ソール・ライターの「心」の動くようすが、
感じられる気がするんです。
──
このシャツって、
おそらく、もう、この世にないですよね。
誰かが買って、何年か着て、
古くなって捨てられて、燃やされて‥‥。
ポリーヌ
ええ。
──
そういうキュンとする感覚って、
素敵な写真を見ると等しく感じるものですが、
70年も前の写真なのに「色」がある、
そのことが、この写真を、
よりグッとくるものにさせている気がします。
ポリーヌ
あるいは、見れば見るほど、
瞑想のような‥‥禅問答のような‥‥気も。
答えを半分だけ与えられて、
残りの半分は
自分自身で見出さなければならないような、
そういう感覚を、
わたしは、この作品に感じます。
──
いま、おっしゃった「瞑想」という言葉で、
亡くなった人が
死に装束で横たわっているような感じにも
見えてきました、なんだか。
ポリーヌ
そうやって、さまざまな解釈を呼び、
いろんな角度から語ることができて、
鑑賞者のイメージを広げ、
思ってもみなかった方向に目が開く。
素晴らしい写真であるということは、
そういうことだなと思います。

ソール・ライター 《看板のペンキ塗り》 1954年
発色現像方式印画

ソール・ライター財団蔵 ©Saul Leiter Estate

<つづきます>

2017-05-25-THU

※冒頭のソール・ライターの言葉は
青幻舎刊『ソール・ライターのすべて』から
引用させていただきました。

Amazonのでお求めは、こちらから。

ニューヨークが生んだ伝説写真家 ソール・ライター展

6月25日(日)まで、
Bunkamuraザ・ミュージアムで開催中!

83歳で出版した写真集『Early Color』で
世界の写真界をビックリ仰天させたという、
写真家ソール・ライター。

待望の、日本ではじめての回顧展が、
今、渋谷Bunkamura ザ・ミュージアムで
開催されています。

斬新な構図で、かっこいい写真。

何気ないけど、郷愁を誘う写真。

ふるくは「1940年代」の写真なのに
「色がついている」ことが、
なにしろ、胸にキューンときます。

写真と同じだけの情熱を注いだ絵画作品も、
多数、展示されています。

会期は、2017年6月25日(日)まで。

観覧中、ドキドキしっぱなしでした。

ぜひとも、足をお運びください。

開催概要

会 期:
2017年6月25日(日)まで(開催中)
時 間:
10:00-18:00(入館は17:30まで)毎週金・土曜日は21:00まで
入館は20:30まで)
会 場:
Bunkamura ザ・ミュージアム

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※入場料、オンラインチケットについてなど、
より詳しくは展覧会の公式サイトをごらんください。