第13回 歴史は要るけど、常識は要らない
ほぼ日 広告の仕事をとおして成長したなかで
具体的に、印象に強い仕事はなんでしたか?

文句をいうなら、提案をするべき

佐藤 さきほどももうしあげましたが、
やはり最初に、商品開発から
商品のかたちから、広告から、
何から何までやらせていただいた
自主プレゼンのニッカウヰスキーの
仕事のインパクトがつよかったです。

20年以上前の仕事です。
今とはちがいまして
広告を発注された側が
商品開発にたずさわるなんてことは
ほとんどない時代でした。

広告代理店で
ニッカウヰスキーの担当になりまして
何とか宣伝をする方法を考えたのですが、
疑問に思ったことを、先輩にいいました。

「自分の
 飲みたいウイスキーが
 1本もないんですよね」

「じゃあ、おまえ、
 どういうウイスキーが
 飲みたいんだよ?
 もしそれを考えるなら、
 ダメモトで
 ニッカウヰスキーさんに
 自主プレゼンをする場を
 もうけてあげるから」

若い人は、無責任に
意見をいいますよね。
ぼくもそうでしたが、
もう……文句ばかりいいます。
ところが、
社会に出ると、
文句をいった以上は、
具体的に提案をしなければ
ならないわけですね。


自主プレゼンといわれて、
おもしろいけど、
たいへんだぞと思いました。
ボトルの中味に、何をいれるかも含めた提案。
何をいれるかを決めるというなら、
ニッカウヰスキーの工場に出むいて
樽の中に、どんなウイスキーが眠っているか
知らなければ、
どんなウイスキーをいれられるかさえ
わからないわけです。
まずは、歴史を勉強しなければならない。
歴史を知らないで、
「こんな商品にするのはどうですか?」では
たいへん無責任な提案になってしまいます。

大量生産品を世の中に出すというのは、
工場のラインを動かすということです。
つまり、もしも失敗すると、
会社はだいぶ傾いてしまいかねないので、
簡単に、新商品を出すはずがありません。

だから、まずは、
会社の同年代のコピーライターと
北海道と宮城県の
ウイスキーの工場に取材にいきました。

ニッカウヰスキーの工場に
どんなモルトが、樽に眠っているのか。
ウイスキーの味を作る人……
飲食関係の会社には、
天才的に舌の肥えている人がいますので
そのかたに話をうかがって味わってみる。

そこでピュアモルトという
樽から出したばかりのモルトに出会いました。
若い人に向けたウイスキーにしたかったので、
長く眠っているウイスキーでは、高額ですよね。
だから「そこそこ眠っていたもの」ですけど、
味をつけていない段階で、おいしかったんです。
ブレンダーのかたも
「まだ、それは作っていません」とおっしゃる。

若い人は、
買われる工夫をされたものや
味の演出をなされたものに飽きている。
「樽から出た、そのままのもの」には、
すごく興味があるのではないか、と考えました。

つたわれば、どの方法でもかまわない

佐藤 値段をいくらにするか、
どんなボトルにするか、すべて提案をしました。
パッケージは、中味を反映するものですから
中味も、容器も、演出されていないものにする。
名前も、ピュアモルト、という
工場で呼ばれたままの、ネーミングという
演出をしないものにしてプレゼンをしました。

ただし、
おすすめの案だけを
プレゼンテーション
するべきではありません。
「デザインをしていない」
というプレゼンをするなら、
「いかにも
 デザインをしています」
という案も作らないといけない。


デザインをしないことが
なぜいいかを納得してもらうには
複数のデザインを
プレゼンしなければならないんです。
そちらには、当然、いかにも名前をつけた、
というネーミングも発表していました。

容器案を業者に作ってもらうことも
はじめての経験でした。
ぼくは、いわゆるプロダクトデザインの
専門の勉強を、一回もしたことがありません。
いまだに、図面をちゃんとは書けません。
ぼくには、何ひとつ、
「いわゆる技能」はないのかもしれません。

ただし,
容器のカドのまがる角度は
こういうふうにしたいというのは
じつは、図面がなくてもつたえられます。
ぼくは、昔から容器に興味がありまして、
なんとなく、ですが
いいなと思ったボトルを
ずいぶんたくさん集めていました。

参考資料は、世の中にたくさなるわけです。
「このボトルのような、こんな角度で。
 ここのアールの直径はこのぐらいで」
と、つたえればいいんですね。
実際にそうやりました。
「自分の考えを
 相手につたえられるのなら、
 どんな方法でもかまわない」

と、ぼくは思っているんです。
つまり、専門技能がないとしても
「つたえる方法」を持っていればいい。
自分の基準で、つたえられたらいいんです。

ぼくにとって
ピュアモルトは、はじめて
「自分の仕事」といえるものでした。
「ほかにはなにもできないから」
というやりかたで、たずさわりました。
プレゼンテーションをしたデザインも
いまのぼくには、稚拙に見えるものです。

当時も「ヘタだ」とは思っていましたが、
おしゃれなデザインが
おいしそうかというと、
かならずしも
そうではないかもしれない。
「野暮」や「ダサさ」も
もしかしたら
ウイスキーの世界では、
プラスになるのではないか

と感じたんです。

「現在、
 自分のデザインがヘタなのは、
 それしかできないものだけども、
 意外とそれが
 ハマるのではないだろうか」

そんなことも思いました。

コルク栓をつけましょう、
コルク栓は
紙袋に入れちゃおう、
箱は、横から開こう……
さまざまな角度での
プレゼンテーションをおこないました。

若いから
コストのことなんて知らないし、
ほとんど考えになかったんですね。
だから、自由にあれこれいうけど……
いまだにそんなところがあります。

それに、じつは、
あんまり細かいことは
知らないでいいと思っています。
知りすぎると、
こえられない壁があるんですね。


あれもできない、これもできない……
旧弊にとらわれていると
こえられなくなってしまいますから。


(次回に、つづきます)
  佐藤卓さんのこれまでの
ほとんどの仕事を見られる大規模な展覧会は、
10月21日に開催されはじめました。
これから3か月間、おこなわれてゆきます。

この3か月のあいだに、
みなさんからのデザインについての質問や
佐藤卓さんの言葉への感想などを、
卓さんに伝えてゆこうと考えておりますので
質問や、感想など、ぜひ、
postman@1101.com
こちらまで、件名を「日常のデザイン」として
お送りいただけると、さいわいです。

2006-12-01-FRI

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