第4回 デザイナーのやるべきことは?
ほぼ日 卓さんのデザインへの考えかたは、
どんなふうに推移していきましたか?

学生時代は、焦点があわせられない

佐藤 大学のときは、
好きなバンドを一生懸命やっていたり、
文様を研究していたりとかしましたが、
仕事ではないので、
自分のしていることに
必然というものが
作れなかったんです。


仕事の場になると、
いろいろな条件や、
やるべきことが見えてくるので、
それが必然になりますし、
焦点が仕事に合うようになりますよね。

学生のときは、何をやってもいいですし、
課題と言っても、
リアリティは、何もないじゃないですか。
自分のことを、追いこめないんですよね。
だから、大学のころは、
つかみどころのないことを
いろいろやっていたんです。

ときどき、たとえば、
デザイナーをしていた父親から
「世の中に
 こんなにモノが多いときには、
 引き算をすることも、デザインなんだよ」
なんて言われると、
「……え?」
と、ガーンと来ていたりしました。

ものを作ることが、デザインである、
という先入観を、壊されましたから。

そういう刺激は受けていたけれども、
やはり、まだリアリティがないので、
アタマの中で、想像するだけなんですよね。
学生のときは、
多くの人がそうかもしれませんけど、
ぼくも、
デザインについて
どこかで意識はしているんだけども、
どこを向いてもつかみどころがないような、
そういう漠然とした中にいました。

デザインに対しての意識が
強くなっていくのは、
やはり、社会に出てからでした。

文字をひとつあつかうにしても、
「書体というのは、こんなにあるんだ?」
「書体を、自分で、作ってもいいんだ?」
「基本の書体は、どういうものなんだ?」
と、あまりにも深い世界が、
ごろりと転がっていましたから。
社会に出て、
霧がサーッとひいたように
深い世界が、
やまほど見えてきて……
「これは、
 たいへんなところに、
 来ちゃったぞ!」
と感じました。


デザインに対する意識は
高まることは、高まりましたが、
次は、
やらなければいけないことが、
やまほどあるなぁ、と。

覚えなければいけないことが、
具体的にあるから、
無我夢中で写植を貼りこんで……
当時は、ピンセットで、文字づめをしていたり。

社会に出ると、
人とのやりとりのなかで、
ものごとを進めるわけです。
学生のときは、自分の中だけで、
悶々とやっているわけですから。

デザインのことだけじゃないけど、
「人とのやりとりの中で、
 どうしたら
 いくべき方向にいけるのか」

が、多くの仕事で問題とされていますよね。

だから、コミュニケーションが
むずかしくもあればおもしろくもある、
ということを体験していきました。

やるべきことが、わかった瞬間とは?

佐藤 ぼくは、広告という場で、
デザインの基礎を学びました。

いろいろな仕事に
基礎を学ぶ場があるのでしょうが、
ぼくの場合は、たまたま、それが、
広告制作の現場だったということです。

言葉だったり、写真だったり、
音声だったり、映像だったり、を、
あつかうデザインを学んでいきました。

ただ、いつまでも
ひとつの会社にいる、とは、
はじめから、思ってはいませんでした。
「3年か、長くて5年」だろうな、と。
もともと
広告がやりたいということもなかったので、
最初から、そんな気持ちで、いたんですよ。

生意気にも、
「いろいろな経験をする場として
 自分には理想的なんじゃないか」
と思って受けて、広告制作の現場に入ったけど、
一体、どこから、どう勉強すればいいんだろう?

そういう中で、
「ウイスキーの自主プレゼンをしてもいいよ」
という場所が与えられたことがありました。
一気に広がっていった視野を、そこでようやく、
ひとつの商品に焦点をあわせることができたんです。

「自分の飲みたい
 ウイスキーが、1本もない。
 具体的に、手で持てる
 『塊(かたまり)』を、作りたい」と思いました。

ぼくは、立体物のほうが好きなぐらいだったので、
「もの」に、すごいリアリティを感じたんですね。
広告がとどいているかどうかは、
ぼくには
非常に曖昧に見えていたんですけど、
「買ってもらうためには、
 ものをどうすればいいか」
という角度から考えると、
やるべきことを
リアリティを持って
受けとめることができたんです。


ひとつの
「塊」を作れるよろこびが、ありました。
抽象的ではなく、あくまで具体的に、
「直径何ミリだし
 値段を伝えないといけないし……」と、
立体物にすることに、
すごい快感があったんです。

そこで、次々に、
いろいろな条件を決めていって、
ウイスキーのかたちにできたことが、
なんだか、すごい、手ごたえになりました。
はじめての、手ごたえだったんです。
「あ、何かが、ひっかかったぞ」と。


「ここをきっかけに、
 デザインの世界を、よじのぼっていけばいい」
という感覚。
先は見えないんだけど、
このきっかけを、放してはいけないという……

ウイスキーの仕事で、
あたらしいかたちのものを作るために
執拗にいろいろと疑問を投げかけると、
いろいろな条件や問題が発生するけど、
そこに食らいついていって、
プレゼンがとおって、かたちになった!
さいわい、
世の中から、いい評価も、いただきました。

ここから、手を放したらダメなのだし、
じっとしていてもいいから、
ここにつかまってデザインを考えていこう、と。

すべての仕事が、おもしろくなった瞬間

佐藤 商品は、
店頭に売られているときは
ほかのものと競争する場所におかれているけど、
空間においてあればインテリアの一部になるし、
使われたあとは、ゴミになって、素材に帰るか、
土に、埋められていくのか……
デザインというのが
いろいろなことにつながる手ごたえを、
「もの」から感じることができました。

自主プレゼンをしている最中から、
会社をやめる決意は、していました。
自習プレゼンの
仕事のゴーサインは出てなかったけど、
やめる直前にオッケーが出て、
やめて、具体的にかたちにしていったという……
そのあとには、
「デザインとは何なんだ」
を考えることのくりかえし、でしたね。

ウイスキーに
先入観を持ってのぞんではじめたのですが
「ウイスキーって、
 ウイスキーが
 中に入っていて、
 ボトルや
 パッケージデザインがあって、
 値段がついていて、
 名前がついていて、
 ……まぁ、
 そういうもんでしょう?」
と思っていたのが、
実際にやってみたら、もっと、
いろいろな意味を持っていた……

そういうことが、その仕事でわかったので、
あとは、どんな仕事が来てもいいんですよね。

たとえば、
化粧品メーカーから依頼が来ても、
「化粧品は
 使われていないときにはどう見えるのか」
「ハンドバッグに入っているときはどうか」
「見るだけでなく、
 手で握った感触を、女性はどう思うのか」
……それなら、触覚に訴えるのもデザインだな、
というように、
すべての商品が、いろいろな意味を持っている、
と、想像を広げていけるんです。

そこからは、ほんとうに、ビッグバンのように
デザインの宇宙がドーンと広がっていきまして、
何をやっても、おもしろくなっていったんです。

「何をしても、仕事をする前に
 考えていたものとはちがうぞ」
とわかると、どんなこともおもしろくなりました。

だから、
目の前にいただいた仕事を
ガムシャラに
やりつづけているだけで
「おもしろくない仕事はない」
という状況で
転がっていきまして、
ひとつ、自分から
こじあけようとすれば、かならず
先になにかがあると、わかりました。


(つづきます)


佐藤卓さんのこれまでの
ほとんどの仕事を見られる大規模な展覧会は、
週末に開催されはじめました。
これから3か月間、おこなわれてゆきます。

この3か月のあいだに、
みなさんからのデザインについての質問や
佐藤卓さんの言葉への感想などを、
卓さんに伝えてゆこうと考えておりますので
質問や、感想など、ぜひ、
postman@1101.com
こちらまで、件名を「日常のデザイン」として
お送りいただけると、さいわいです。

2006-10-30-MON

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