人は、物語を「必要とする」のか?
1960年代以降のNHKで
『夢の島少女』や『四季・ユートピアノ』、
『川の流れはバイオリンの音』など
伝説的なテレビドラマを生み出してきた
佐々木昭一郎さんが、
78歳にして、初の「映画」を撮りました。
『ミンヨン 倍音の法則』と題された
その「19年ぶり」の最新作も
プロの俳優ではなく、
「一般の人を主人公に抜擢する」という
独自のスタイルで撮影されました。
そこで、作品のことはもちろん、
よりひろく「物語とは何か」についての
濃くて重層的で、でもどこか軽やかなお話を
佐々木監督にうかがってきました。
もともとは
「なぜ、人は物語を必要とするのか?」
という質問をしてみたくて、臨んだ取材。
78歳の監督の答えに、しびれました。
聞き手は「ほぼ日」奥野です。
第4回
頭の中には
いつでも1000の物語がある。 第3回
19年の空白期間ののち、
78歳で初の映画が完成。 第2回
ドキュメンタリーが追う事実、
フィクションが描く真実。 第1回
ラジオドラマの主人公に
親友の魚屋を抜擢。 

第1回
ラジオドラマの主人公に
親友の魚屋を抜擢。

──
佐々木監督は
しばしば伝説的に語られるテレビドラマ
『夢の島少女』に主演した中尾幸世さんをはじめ
「プロの俳優ではない一般の人」を
一貫して、出演者に抜擢してきました。
佐々木
ええ。
──
めずらしい手法だと思うんですが、
まずはその理由から、お聞きかせいただけますか。
佐々木
それについて語るには
ずいぶん昔まで、さかのぼる必要があるんだけど、
いいですか?
──
ぜひ。
佐々木
NHKに入った2年目に
ラジオドラマのディレクターをやれと言われて。

当時‥‥当時というのは1960年代だけれども、
「ラジオ小劇場」という時間帯があって。
そこは、ある意味でね、
若いディレクターがチャンスをつかめるような
時間帯だったわけ。30分のね。
──
民放の深夜枠みたいな。
佐々木
そう、でね、僕は1作め2作めで、大失敗した。
ふつうのことを、やっちゃったんですよ。
──
ふつうのこと?
佐々木
当時の売れっ子作家に台本を頼んで、
当時、話題の若手俳優をキャスティングして‥‥
完全なる失敗作だった。
──
「売れっ子作家に、話題の俳優」なのに
納得いかなかったってことですか?
佐々木
もう、0点に近かったよ。
学芸会だったな、あれは。
──
どうしてですか?
佐々木
役者が生き生きした言葉を、使っていない。
そのために「音」として輝いてない。

理由は明らかで、
誰かが書いたセリフを読まされているから。
──
あまり聞いたことないんですけど
ラジオドラマというのは
ほとんど「音」がすべてなわけですよね?
佐々木
そういう意味で、ぜんぜん魅力がなかった。

当時はね、
月間でいちばんいい作品に賞状をくれたの。
大阪とか名古屋とか、
全国から若手が作品を出してくるんだけど
引っ掛かりもしなかった、僕の作品。
──
そうなんですか。
佐々木
クッソー、コンチキショーって、思ったよ。
でも、次がダメなら
ディレクターとしての未来は、たぶんない。

そこで「ダメな原因」はわかっていたんで、
3作めはぜんぜんちがうものをつくろうと。
──
と言いますと?
佐々木
まるまるひと月いろいろ考えたんだけど、
高校時代の親友が
滝野川で魚屋をやってたんですよ、当時。
──
はい‥‥魚屋?
佐々木
そう、魚屋。そいつを主人公にしようと。
──
え?
佐々木
ほら、魚屋って言葉が「キレてる」でしょ。
「らっしゃい!」とかってね。

魚河岸へ行って眺めていても、
魚屋のやりとりって、音として魅力がある。
──
いわゆる「キップのいい感じ」ですか?
佐々木
そうそう、下世話な冗談を言いながらさ。
あの調子で音が録れたらいけるな、とね。

ただ、人が書いたセリフを暗記させて言わせたら
また学芸会みたいになっちゃうんで、
僕がその場で
手のひらに書いたセリフをパッと見せて、
デンスケで‥‥デンスケってのは携帯録音機だけど、
それで、街のなかで、収録していったんです。
──
その場で書いたセリフを、スタジオとかじゃなく。
佐々木
そう、実際の街に出て録りました。
──
その他の出演者も、一般の人だったんですか?
佐々木
相手役の女の子にはね、当時の文学座の、
まだ研究生にもなっていない
見習いみたいな状態だった宮本信子さん。
──
伊丹十三さんの奥様でもある、宮本さん。
‥‥が、研究生の手前みたいな時期?
佐々木
だからまあ、ほとんど一般の人っていうかな。

17歳の信ちゃんは若くてみずみずしてくて、
コロコロコロコロ、よく笑う子で。
──
今と変わらないイメージですね。
佐々木
そう、それが、すごくおもしろかったんです。
ほんとに、すぐ笑うんだよ。
なにより、まだプロの俳優じゃないから
役をつくったりしない‥‥
というより「つくれない」のが、よかった。

だから、相手役で出てもらったんです。
「ぶっつけ本番」でね。
──
どうでしたか?
佐々木
いや、こうやってデンスケで録りながら
「この子は将来、
 たいへんな女優になるかもしれないな」
と思いました。

それくらい、当時から感性がよかった。
──
実際、そうなられましたものね。
お話自体は、どんなものだったんですか?
佐々木
魚屋の奴と宮本さんが
ボーリング場で偶然、出会うんですよ。

今でいう「ナンパ」でね。

で、六本木の街をふたりで歩きながら、
だんだん、お互いのことを知ってくんだけど、
最後、竹芝桟橋の魚河岸に着いて
魚屋が「ここ、オレの職場」って言うんです。
──
あ、役柄も「魚屋」なんですか。
佐々木
もちろんですよ。
そうじゃなかったら言葉が活きないでしょう。

で、信ちゃんが「え、何?」って聞き返すと、
「魚屋だよ」
と、最後の最後で商売を明かすという話。

そういう、見知らぬ男女が知り合ってく話を、
朝までかけて録ったんです。
──
徹夜で、一晩で?
佐々木
必死だったんだと思う。

そしたら、その作品で
その月のトップを取ることができたんです。
さらには
1年を通した最優秀作にも選んでもらえた。
──
すごい。新しかったんでしょうね。
佐々木
新聞記者をはじめとした
ジャーナリスト連中が書きたててくれたんだ。

ま、ふつうのドラマをつくっている人からは
「あんなもんドラマじゃない」
と言う意見も、たくさんもらいましたけどね。
──
出演者が、プロの俳優じゃないからですか?
佐々木
そう。「俳優が出てなきゃドラマじゃない」
という思考の人が多かったんです。

まぁ、でも、それは今もそうだと思うけど、
とにかく、
その『都会の二つの顔』という作品で
のちのテレビドラマの演出家としてのスタイルが
固まったんです。
──
俳優ではなく一般の人を抜擢する、という。

あの、ラジオドラマというのは
基本的に声や音楽、
つまり「音声」だけ構成されていくわけですが
プロの俳優と一般の人では
きっと、いろいろと、ちがいますよね?
佐々木
ちがいますね。ぜんぜん。
──
どこがどうちがって、どんなふうに
「一般の人」のほうが「いい」んでしょうか?
佐々木
もちろん、宮本さんみたいな人は別だけどさ、
そこらへんの「プロの役者さん」に
魚屋になってもらって
「あぁ眠いなぁ。蕎麦まだかよ」ってセリフ、
言ってもらってごらんなさいよ。

「つくっちゃう」んですよ、ほとんどが。
「蕎麦を待つ、眠い魚屋」ふうに。
──
つくっちゃうと、ダメですか。
佐々木
ダメだね。つくってしまった時点で、
その台詞は、本当には「言えてない」んです。

でも、魚屋には言える。
──
本物の魚屋だから?

でも、それって
「魚屋さんなら全員言える」というわけでは
ないですよね?
佐々木
もちろん。でも、あの魚屋には言えた。

僕の親友の魚屋の横溝誠洸って人が持ってる、
何だろう‥‥内面の力、というかな。
奴の、
魚屋って商売に反映されている力、というか。
──
職業を通じて、血肉化されている言葉。
佐々木
魚屋の人柄がにじみ出てる言葉だよ。
──
佐々木監督のテレビドラマ作品に
数多く主演されている
中尾幸世さんも、もともと一般の人ですよね。
佐々木
うん、まず『夢の島少女』って作品の台本が
先にあったんです、僕の頭の中にね。

で、そこに当てはまる人を探してたんですよ。
──
なかなか見つからなかったと聞きました。
佐々木
プロの俳優さんも含めて、
人から紹介してもらいながら探してたんだけど
ぜんぜん、イメージに合う人がいなかった。
──
どんなイメージを抱いてたんですか?
佐々木
当時の「夢の島」というのはね、
文字通り「一面のゴミの山」だったんですよ。

ハイヒールが片方ひっくり返ってたり、
汚れたドレスが
打ち捨ててあったりしたんだけど‥‥
そういうものが
立ち現れてくるような感じのする場所、でね。
──
『夢の島少女』のラスト・シーンが
まさに当時の夢の島ですが
荒涼としていて、いろんなものが転がっていたりして、
たしかに「異界」な雰囲気でした。
佐々木
そういう「夢の島」から
「立ち現れてくる少女」みたいなイメージ。

そういう人を探してたんですけど
なかなか、ピンと来る人に出会えなかった。
企画が通ってから3ヶ月くらい経って
諦めようかと思った矢先に
知人に紹介されたのが、中尾さんなんです。
──
ふつうの女子高生だったわけですよね?
佐々木
うん。上北沢の喫茶店で会ったんだけど、
その場で決めました。
──
3ヶ月、探してもいなかったのに、即決。
どんなところに、ピンときたんですか?
佐々木
まず声が良かった。オカッパ頭もよかった。
どこか鬱屈とした雰囲気もね。

それとやはり、自分の「意志」を感じたな。
──
意志。
佐々木
ご両親にお会いしてもいいですかと訊いたら
それはやめてほしい、
わたしひとりで責任を持ちますと言ったんだ。
──
え、ご両親にはナイショで?
佐々木
そう。

でも、冒頭のシーンを秋田で撮ってるときに
なんでだか、バレちゃったんです。
お母さんに、電話口で泣かれちゃってさ‥‥。
──
なんと。
佐々木
撮影が終わったら、すぐ謝りに行きましたよ。

幸い、大工職人のお父さんが理解してくれて、
お母さんにも納得してもらえたんだけど。
──
ナイショで撮影していても
NHKで放送するドラマの主役、ですよね?
すごいエピソードですね‥‥。
佐々木
まあ。
──
でも、その後、中尾さんは
イタリア賞のテレビドラマ部門グランプリや
国際エミー賞の優秀作品賞を受賞した
『四季・ユートピアノ』、
そして文化庁芸術祭で大賞を獲った
『川の流れはバイオリンの音』に主演されるなど
一時期の佐々木作品にとっては
なくてはならない人になっていくわけですね。
佐々木
うん。見ていて飽きないんだよ、あの子って。

<つづきます>

2014-11-06-THU

「四季・ユートピアノ」

11月3日(月・祝)午前9時~
【再放送:11月11日(火)午前0時45分~】

「マザー」

11月4日(火)午前9時~
【再放送:11月12日(水)午前0時45分~】

「さすらい」

11月5日(水)午前9時~
【再放送:11月13日(木)午前0時45分~】

「夢の島少女」

11月6日(木)午前9時~
【再放送:11月14日(金)午前1時00分~】

「川の流れはバイオリンの音」

11月7日(金)午前9時~
【再放送:11月15日(土)午前2時15分~】

※公式ホームページはこちら。

佐々木監督のテレビドラマを
当時、お茶の間で、リアルタイムで観た人に
何人かお会いしたことがあるのですが
みなさん「そのとき」のことが
いかに衝撃的だったかを、興奮気味に語ります。
ネットなどで検索すると
「一般人を出演者に抜擢した詩的な映像」のように
説明されることも多いのですが、
正直、これではよくわからないと思います。
しかしながら、佐々木監督の作品は
DVDにもなっていないので
(ものすごいプレミア価格のVHSならありました)
現在は、ほぼ観られる機会がないのですが
今回、映画『ミンヨン 倍音の法則』公開に合わせ、
「NHK BSプレミアム」で
「佐々木昭一郎特集」が組まれることになりました。
この連載が公開される11月6日(木)現在、
本放送は一部終了していますが
まだ、再放送のオンエアには間に合いますので
よければぜひ、ごらんになってみてください。

11月9日(日)16時00分~17時29分

映画『ミンヨン 倍音の法則』の撮影現場に
じつに「5年間」も密着したドキュメンタリーです。
「NHK BSプレミアム」にて放送されます。

12月12日(金)まで、岩波ホールにて公開中。
11月22日(土)から、
名古屋の名演小劇場で公開。
その後、順次全国劇場公開。
作品の公式ホームページはこちら。

ずっと「つくりたい」と思い続けていた
佐々木監督が
「19年ぶり」に完成させた作品は、
「78歳」にして初めての「映画」となりました。
画面に大写しになる主人公・ミンヨンの笑顔と
モーツァルトの交響曲「ジュピター」など
音楽の豊かなハーモニーに満ちた、幻想的な作品。
好き嫌いは分かれるかもしれませんが、
佐々木監督の作品世界がお好きな人でしたら
2時間20分の長尺ですけど、
楽しめると思います。

青土社の
ネットショップは、
こちら。

Amazonでの
おもとめは、
こちら。

32年前に初版が発行された佐々木監督の著書
『創るということ』が、青土社より復刊されました。
冒頭から佐々木監督の「創る」論が展開され、
たいへん読み応えがあります。
「相手に全部金歯をはめたいとかいう妄想が
 喫茶店で生まれたりします。」(同書18ページ)
『ミンヨン 倍音の法則』の制作エピソードはじめ
内容も大幅に増補されての復刊です。