第3回 料理は、食べて覚えました。

加藤裕之さんが「三合菴」を開くまでには、
いろいろな店、人との出会いがありました。
今回は、「竹やぶ」柏本店を出て、
新宿「吉遊」を任されることになった経緯、
そして「三合菴」の開店までをお聞きします。

糸井 「竹やぶ」のあとに「重よし」さんに出会い、
それとはまた別に
「吉遊」に行くことになったわけですよね。
きっかけは、どんなことだったんですか?
加藤 それも「竹やぶ」時代にお世話になった
漆屋さんの紹介です。
新宿高野(大手の果物販売店)が
おそば屋さんをやりたいから、
人を探していると。
たまたまぼくが辞めてた時期だったんで、
やってみないかって話が来たんですね。
それで、やってみようかなと。
糸井 「吉遊」では、
いきなり、チーフの料理人ですよね?
つまり、加藤さんの力量を見込んで
店を任せるという話ですよね?
加藤 そうです、そうです。
糸井 すごい話、ですよね、それ。
加藤 確かにそうですね。
糸井 加藤さんを認めてくれたのは、
新宿高野の偉い方だったんですか?
加藤 会長さんでした。
当時、70ぐらいのかたでした。
糸井 そばが好きなんだ。
加藤 そば屋をやりたかったらしいですね。
ずーっと。
糸井 はぁ!
「吉遊」は新宿の三越の右の地下の、
カレー屋の前でしたね。
加藤 そうです。そうそう。
糸井 そば屋の立地としては、
いろいろと邪魔なものが多い場所でしたね。
あそこ、知らずに入って行ったら
そばが美味いっていうので、
もうビックリするわけですよ。
ぼく「重よし」さんに聞いて行ったんだもの。
聞かなきゃ行かない店でした。
加藤 行かないですよね。あそこは。
糸井 「重よし」さんに、
「美味いんだよ、
 ちゃんとしたことやってんだよ」って。
それで「吉遊」さんにいる頃には
もう重よしさんでの修業は
終えていたんですか?
加藤 いえ、「重よし」さんにお世話になったのは、
空白の半年間からはじまって、
「吉遊」のときも、ずっとです。
糸井 えっ?
加藤 「仕事終わったら、とりあえず来い」と。
「吉遊」の仕事が終わったら、行って、
料理を一通り、食べさせてもらうんです。
それが半年から1年ぐらい、続きました。
糸井 じゃあ、料理を習うという、
いわゆる技術を教わるというわけでは‥‥
加藤 食べさせてもらうだけです。
直接教えてはもらわないです。
食べさせてもらって、
何か質問があったら訊いて、
みたいな感じですね。
そういう教育でした、
「重よし」さんは。
糸井 はぁ!!
それで料理を覚えた加藤さんもすごいけれど、
「重よし」さんも、いいこと、したんだねえ!
加藤 もうすごかったです。
ほんとにもう、感謝ですね。
糸井 そうですよね。
それだけ面倒見よく、人のことを思うのって、
人の一生で、なかなかないよね。
何人もできることじゃないよ。
加藤 ないでしょうね。
糸井 それで「吉遊」には何年ぐらいいたんですか。
加藤 短いです。3年ぐらいですね。
店が畳まれることになって。
糸井 お客さんは来てましたよね。
加藤 お客さんは来ていました。
でも家賃とかが
ものすごく高かったですからね、
難しいですよね。
人(スタッフ)もいっぱいいますしね。
糸井 仲居さんが5人ぐらいいたんじゃない?
加藤 5人ぐらい、いました。
糸井 ぼくが覚えているのは、
加藤さんが、帰りがけのお客さんに
挨拶していたことです。
「どうもありがとうございました」
って、厨房から出て来てたんですよ。
お客さん全員に、挨拶していましたよね。
加藤 はい。
糸井 当時、おいくつでしたか。
加藤 28か、29あたりです。
糸井 すごいね!
そして、運がいいですよね。
加藤 そうなんですか。
糸井 何言ってんの!
そんな人、いないですよ(笑)。
加藤 そうですか?
糸井 だって全部、一級品のとこ、
歩いてるじゃないですか。
最初のおそば屋さんだって
手打ちで60席をまかなってるお店なんて、
普通のそば屋とは違いますよ。
いつでも誇りがありますよね。
加藤 はい。
糸井 その次が「竹やぶ」で、
「重よし」さんに教わりながら料理の修業をして、
「吉遊」をまかされるようになって。
それで、「吉遊」の経営の都合で、
店を畳みましょうって話になったんですよね。
加藤 そうです。
突然でした。
糸井 そのあとのブランクが2年ぐらいあって、
「三合菴」を開店した、ということですね。
開店当時、この「白金北里通り」って、
今のようにレストランもありませんでしたし、
場所の存在そのものも、
あまり知られていませんでしたしね。
‥‥あれ? 「吉遊」のときには、
奥さん、いなかったですよね?
加藤 はい、いなかったです。
糸井 その2年の間に結婚したの?
加藤 結婚は、お店のオープンと同時ぐらいですね。
「重よし」さんの紹介で。
糸井 えっ? 奥さんは、
「重よし」さんが紹介したの?
すごいね。奥さんまで。
おかみさん そうなんです。
わたし、前職の上司の関係で
なんどか「重よし」さんにお使いに行っていて、
そのたびに、ごはん食べていきなさいって
かわいがっていただいていたんです。
「お前、結婚しないのか」
ってずっと言われてて。
糸井 すっごい話、それ!
おかみさん わたしも、相手がいたらしますよーって。
「じゃあ、いいやつ、紹介してやるよ」、
じゃお願いしまーすって。
加藤 何時に来いって言われたんだよね。
おかみさん そう、何時に来い、とかって。
糸井 恐ろしいー。
食材だけじゃなくて!
全員 (笑)。
糸井 そうか。じゃ、奥さんは、
もう、大変だったね。
おかみさん はい、私はそれまで、
彼のおそばを1回も食べたことなかったんです。
「吉遊」というお店も知らなくて、
私が出会った頃は、
おそばをつくるらしいけど、
何をしている人なのか
私にはよく分からないっていう人でした。
加藤 プータローみたいなものだったからね(笑)。
おかみさん でも「重よし」さんが、
「あいつは大丈夫だから」。
その一言です。
それを信用していいものなのかって
ちょっと思いましたけどね。
糸井 ほとんどお見合いに近いね。
おかみさん そうです、お見合いに近いです。
糸井 あ、でもあいつは大丈夫だって、
そんなに言えないと思うよ。
おかみさん 「俺が保証する」って言われました。
糸井 人のこと、そんなには言えないよ(笑)!
おかみさん 「一生、食いっぱぐれないで済むから」
って言われたんです。
糸井 あ、そば食えるしね。
加藤 そういう意味ですか(笑)!
おかみさん そうです、そうです(笑)。
食いっぱぐれることは絶対ないからって。
「それだけ確保されてたらいいだろう?」
って言われて。うん、確かにそうですねって。
(つづきます)


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