耳の聞こえない写真家は、いかにして写真を撮るのか。
接点、仲介する者。

<以下の座談会は、すべて「筆談」で行われました>

齋藤 はじめまして、齋藤陽道です。
写真やってます。よろしくお願いします。

荒牧 荒牧耕司です。カメラマンです。

清水 はじめまして、清水久美子です。
私もカメラやってます。

── みなさん、それぞれのフィールドで
写真のお仕事をされていますが
まずは簡単に、自己紹介をお願いします。

齋藤 28歳、男です。自己紹介‥‥‥‥‥‥。

自己紹介できることは、あまりないです。
写真を見てほしいです。

あ、耳が聞こえないです。



── では、荒牧さん。というか、アラマキ。

荒牧 ふだんの仕事では、人の取材が多いです。
ライブの写真なんかも撮ります。

ほぼ日の奥野とは大学の同級生で
清水さんは写真の専門学校の友だちです。



── アラマキには、ぼくが担当している
「21世紀の『仕事!』論」というコンテンツの
写真を撮ってもらったりも、しています。

荒牧 (うんうん、とうなずく)

── では、清水さん。

清水 私は、ブライダルの写真を撮っています。

自分の作品としては
風景とか人とか、いろいろ撮ります。
とにかく、写真を撮ることが大好きです。



── 清水さんは補聴器をされていますが、
それは「難聴」ということですか?

清水 はい、難聴です。

齋藤 どれくらい、聞こえないですか?
ぼくは生まれつき、まったく聞こえないです。

清水 補聴器を使えば、ふつうに聞こえるけど、
取ってしまうと「無音」です。

齋藤 どっちの状態がしっくりきますか?

清水 聞こえているほう。

でも、うるさいなと思うことはあって、
聞こえるのに疲れたときは
補聴器のスイッチを、切ってしまう。

荒牧 へぇー‥‥。

── オンとオフじゃないけど、
「聞こえる」と「聞こえない」を
切り替えてるわけですね。

清水 はい。

齋藤 ぼくは、ハタチの誕生日に
補聴器を使うのやめました。

── なぜ?

齋藤 そもそも補聴器が合わなくて
ノイズが酷かったということと‥‥。

(しばらく考える)

より「見る人」になりたいな、と思って
使うのをやめました。



荒牧 じゃあ、そのときは
もう、写真をはじめてたんですか?

齋藤 すこーし、写真に触りはじめたとき。

補聴器をしていると
ファインダーに、集中できなかった。

荒牧 違和感?

齋藤 違和感があった。

── それは、うるさいってこと?

齋藤 当時は、それが当たり前だったけど、
いま思うと、うるさ過ぎた。

── でも、取ってみたら?

齋藤 クリアになった。いや、うそ。

荒牧 うそ?(笑)

齋藤 ええと、なんだろう、
なんか「ふだんの自分に戻れた」気がして、
しっくりきました。

── 齋藤さんにとっては、
聞こえるほうが「不自然」だったんだ。

齋藤 はい。荒牧さんは、聞こえるんですよね?

荒牧 聞こえます。
今回、初めて補聴器を付けました。

── 補聴器じゃないでしょ。(笑う)

荒牧 あ、耳栓。ごめんなさい。耳栓だ。

(補聴器という文字を
 グシャグシャとぬりつぶす)



── 耳栓して、写真を撮ってみた。

荒牧 うん、そんなことをしたの、はじめて。

── 齋藤さんとアラマキの中間と言ったら
おかしいけど、
まんなかに清水さんがいる感じですね。

齋藤 それぞれが、それぞれ。

── まず、とっかかりとして話してみたいのは
「写真の情報」みたいなことです。

すこし前に『ダ・ヴィンチ』という雑誌で
糸井さんが
齋藤さんの写真集について
「写真の情報量が、ちがう気がする」
というふうに、コメントしていたんですね。

そのことが、ずっと気にかかっていて。
「写真の情報って、何だろう?」って。

ぼくが、齋藤さんの写真にひかれたのも
そのへんに関係がありそうだと思うんです。

荒牧 ぼくも興味あります。写真の情報。

齋藤 たぶん、そのことと関係するんだけど
ぼくがわかりたいのは
「聞こえること、聞こえないことって
 写真に関係するのかな?
 撮っているとき、
 じゃなくて『写真それじたい』に」
ということです。

── なるほど、わかりました。

ではまず、齋藤さんが
スミンのライブを撮りに行ったときのこと。

齋藤 はい。(スミンの写真を広げる)





荒牧 わー‥‥。

(写真を見ながら)その話、少し聞いたけど
滞在時間は、どれくらいだったんですか?

── これはね、ひどい話です。

午後4時ぐらいに沖縄に着いて、
空港から会場まで
1時間ちょっとかかります、レンタカーで。

荒牧 ライブは何分?

── 30分くらい。

そのあと、スミンに挨拶もできないまま
那覇空港にとんぼ返り。
で、ソーキそば一杯も食べられずに
コンビニのおにぎり一個で飛行機に乗る‥‥。

荒牧 滞在時間は?

── 4時間くらいかな。

荒牧 笑うしかないね。(実際に笑う)

── ま、「沖縄に行った感」は皆無でしたね。

齋藤 うん。(笑う)

荒牧 そりゃそうだ。(笑う)

清水 齋藤さんのカメラは何ですか?

齋藤 ペンタックスの67。

── おっきなカメラでした。
シャッター音も、ガシャーンという感じの。

荒牧 でも、この表情、何とも言えない。すごい。


撮影/齋藤陽道
齋藤 ライブ前のスミンさんです。

── 出番ギリギリに会場に着いて
楽屋に通してもらって、撮った写真ですね。
ふたりとも、汗だくで。

荒牧 表情が、すごくいい。
なんだろ‥‥うまくいえないけど、とても。



齋藤 これは、まず何秒か目をつむってもらって、
そのあと、
ゆっくり開けてもらった瞬間を撮りました。

荒牧 へぇー‥‥。

齋藤 ぼくは、声の言葉でのやり取りができないから、
人の撮影では、どうしたものかなあと
いろいろやって、この方法に落ち着きました。



── 必ずそうしてるんですか?

齋藤 必ずではないけど、
好きで、よくそうやって撮ってます。

清水 そうすると、どういう表情になりますか?

齋藤 目をつむるっていうのは怖いことだし、
緊張します。
人間って、
視覚から得られる情報が7割とかって。

荒牧 そうなんだ。

齋藤 それがゼロになるから、ドキドキする。

── うん。

齋藤 でも、ゆっくりと目を開けていくと
ばばばーって情報が戻ってくる、
そのときのほーっとする感じが写る。

── それが、この表情?

齋藤 はい。

── つまり撮られるほうの「情報」の話ですね。

齋藤 その瞬間って、みんな共通してるなと思う。
すごく似た表情になるんです。



荒牧 おもしろーい。

── この方法は、どうやって考えついたの?

齋藤 聞こえなくて声のやり取りができない、
だから人物の撮影ができない、
写真ができないって
ネガティブなスパイラルにはまったときに
そんなこと言ってたって
しかたないと思って、考えつきました。

オセロみたいに
ぼくの弱みをくるっとひっくりかえして
強みにできないかなーと。

荒牧 おもしろい、おもしろい。
目は、何回か開けたり閉じたりするの?

齋藤 同じ場所で、2回以上はやらないです。

── つまり、声の情報を取れない齋藤さんが
いったん
被写体の情報をシャットアウトしてから
被写体へ一気に情報を戻して撮った写真。

齋藤 ややこしい。

清水 でも、やっぱり「情報」に関わってる。

荒牧 うん。



【つづきます】

2012-10-11-THU