私、ほぼ日の松本には
「灯台守」という職業への憧れがありました
(
こんなコラムを書いたくらいです)。
でも、具体的にはどんなお仕事だったのか、
そういえば詳しく知りませんでした。
どんなことを考え、
どうやって灯台の光を守ってきたのだろう。
日本最後の有人灯台「女島灯台」で、
灯台守の歴史を見届けた前畑正信さんに、
うかがってきました。
灯台守は、やっぱりかっこよく、
想像以上におもしろかったです。
- ──
- 無人島の灯台への赴任中は、
ご家族ともあまり会えなかったのでしょうか。
- 前畑
- 10日から2週間は会えなかったです。
新婚さんは耐えられなかったでしょうね。
お互い年とってきたら、
そのくらい離れてるほうが
ちょうどよかったりしますけどね(笑)。
さっき灯台でもお話ししたとおり、
無人島の灯台では、海がしけると、
交代の船やヘリコプターが来られないことが
ありました。
「きょうは帰れる」と思って、
冷蔵庫の残りも捨てて、帰る準備万端のときに、
「交代の船が行けません」と
連絡が入ったりしたんですよ。
でも、こう聞くと「大変だな」と
思うかもしれないけど、
私としてはね、延びたぶんだけ
釣りに行けて、うれしくてしょうがなかったです。
- ──
- 交代の予定が延期になったら、
つらいものだとばかり思っていました。
悪いことばかりではなかったんですね。
- 前畑
- 女島灯台にいたメンバーのなかには、
交代が延期になると
早く帰りたいのに帰れなくて悲しい人と、
たくさん島で釣りができるからうれしい人がいて、
おもしろかったですね。
早く帰りたい人は、少々海が荒れてても
交代の巡視船に「海上凪いでます、交代できます」
って言うんですよ。
だけど、私みたいに釣りの好きな人は、反対に、
ちょっとしけただけで
「大荒れで、とても船は近づけませんよ」って。
だから、巡視船から言われてました、
「女島気象」って(笑)。
- ──
- ははは。女島にだけ、独自の気象の基準が。
- 前畑
- 帰りたい人と帰りたくない人で意見が割れてね、
「こりゃダメですよ」「いやいや、大丈夫」って。
私は灯台に残りたいほうだったから、交代日に
「海を見に行ってくるね」と言ったら、
「あんたはどんなに凪いでても
『荒れてる、交代できない』って言うから、
行っちゃいかん」って止められて。
- ──
- みんな帰れなくなっちゃいますもんね(笑)。
- 前畑
- そういうのも、楽しかったですね。
- ──
- 合ってたんですね、灯台が。
- 前畑
- そう思います。
まあ、もう最近は「灯台守」っていう言葉すら
死語になってしまいそうですけど、
灯台守ってなんなのかといったら、
命がけで灯台の光を守るっちゅう仕事なんです。
昔から「守灯精神」という言葉があってね。
灯台を守る精神って書いて。
「ここの灯台が消えましたから
気をつけてくださいね」とすぐに伝える手段が、
昔はなかったわけです。
だから、灯りが消えたらなるべくはやく
修理するしかなかった。
そのために灯台守は灯台に住み込んでいたんです。
住み込みのかたわら、
近くにある防波堤灯台の状態確認をするのも
灯台守の仕事でした。
ですから、台風前なんかで海が大しけのときに、
消えてしまった防波堤灯台を直そうとして
艪櫂船(ろかいぶね)で行って遭難してしまい、
亡くなった職員もけっこういたんです。
とにかく命をかけてた。
それは、灯台が消えてしまったら船が座礁して、
何十人って人が亡くなる可能性があったからです。
いまは灯台の機械が新しくなってきて、
壊れにくくもなったし、
消えてしまったら無線ですぐに報告できるから、
そんなに急いで直さなくても
よくなったんですけどね。
以前は夜であろうが雨の日であろうが、
職員が行くしかなかったから、
灯台が消えたら大変でしたよ。
- ──
- ほかにも、
これは大変だったなということはありますか。
- 前畑
- 灯台にいると雷がいちばん怖くてね、
逃げ回ったことがあります。
- ──
- 雷‥‥!
たしかに、高い建物だから雷は怖いですね。
- 前畑
- 一度なんて、防波堤の灯台に雷が当たって、
なかが焦げて真っ黒になったことがありますよ。
扉を開けたら、煙が出てきてね。
- ──
- えーっ。
- 前畑
- そのぐらい大変でした、雷は。
一応、上から海中まで避雷針を入れてるから、
ものすごく導通はいいんです。
だけど、それでも耐えられないぐらい、
ばかでかい雷もあるからね。
- ──
- 本当に命がけのお仕事だったんですね。
そんななかで、「やっていてよかったなぁ」と
印象に残っていることもありますか。
- 前畑
- 灯台は道路の信号機と一緒で、
「ついてて当たり前」なんですよね。
だから、灯台がいつもどおりついているときは、
「助かります」なんて言ってくれる人は
ほとんどいない。
で、故障して消えたら「なにやってんだ!」って
怒られるわけです(笑)。
だけれどもね、
「灯台の光があったおかげで命拾いをした」
っていう人も、世の中にはいるんですよ。
「船のエンジンが壊れて漂流しかけて、
航海計器も壊れて‥‥という状況で
灯台が見えたときはホッとした、
あの灯台のありがたさは忘れない」
という人もいるんですね。
それを聞くと、よかったなと思いました。
あと、最後に勤めた女島を離れるときに
漁師の方に言われたひとことが、
いまだに胸に突き刺さってるんです。
「私らはね、灯台の光が小さくなろうが
廃止になろうがどうでもいい。
いまの船の技術があれば航海はできる。
ただ、女島に灯台の職員が
常駐してるっちゅうことほど、
安心することはなかった」
「人がいてくれるっていう安心感で航海に行けた。
あんたらが引き揚げるんだったら、
もうあそこまでは漁に行かない」って。
あぁ、そうかと思いましたね。
- ──
- 人がいるという安心感。
- 前畑
- だから、行けって言われたらいまでも行きます。
- ──
- 「もう一回灯台守をやってくれ」と言われたら。
- 前畑
- もう、喜んで行きますね。
(明日に続きます)
2026-04-16-THU
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