021 たのしく味わう。その21
水を吸ったハム。

日本人は「水と安全はタダで手に入る」と思っている、
世界でも数少ない幸せな国民。

1970年にベストセラーになった、
とある本にそう指摘されていた。
たしかに、日本という国。
水道の蛇口をひねれば水が出てくる。
出てくるだけでなく、
その水はそのまま飲めるほどきれいな水で、
それが当然と思って海外にいくと、
いろんな驚きに遭遇します。

生水を飲むとお腹をこわすからと、
瓶に入ったソーダドリンクを買って飲む。
なのにお腹を壊してしまって、
飲み物を冷やすための氷が溶けて
それがお腹に悪さをしたって気づくことになる。
氷は生水を凍らせたモノ。

立派なホテルの洗面台。
歯を磨こうと手を伸ばした歯ブラシの横に、
ペットボトルに入ったミネラルウォーターがおいてある。
喉が渇いたら飲めということか‥‥。
気が利いてるなぁと思ってラベルをよく見ると、
口を洗う際にお使い下さいと書いてある。
あぁ、水道の水は口を濯ぐのにも適してはいない。
なんと日本はシアワセな国‥‥、と、
そのたび、里心がついたりすることしばしば。

たしかに日本は「ただの水すらおいしい」国。

そんな日本でも水が売られるようになった。
硬い水やら、柔らかい水。
日本の水やら、海外の水。
水に対する好みの多様化も、
水をわざわざ買ってまで飲む理由のひとつ。
コンビニエンスストアで、
心地よく冷えた水がいつでも手に入る便利も
水が売られる理由のひとつでもありましょう。

ただで手に入るモノに、
ワザワザお金を払うという小さな贅沢を味わう気持ち。

日本は豊かな国‥‥、なのかもしれません。


ところがそんな豊かな日本の私たちは、
知らないうちに「水を買わされている」
お人好しでもあったりする。
先週、話題にした水で膨れたエビだけじゃない。
例えばハム。

ハム作りは肉の塊をディップ液に
漬け込むことからはじまる。
理由は、塩分をしみ込ませること、
それから香りをつけたり肉の発色を良くしたり、
あるいは保存性を高めたり。
そのディップ液の風味や、漬け込む状態、時間で
ハムの仕上がりが異なってくる。
だからハムを作る人たちは、
この漬け込みの作業にこだわる。
ハムの味を決めるだけでなく、
「保水性の向上」という役目も担う。

ハムは当然、肉を加熱して仕上げるモノで、
加熱する際、水が蒸発して縮んでしまわぬようにという
その目的でも漬け込んでおく。
水を吸わせて膨れた肉を加熱する‥‥、
それがハムという食品の正体なのだけれど
その調理法を「カサ増し」に利用するメーカーが
日本に多い。

そういうハムは大抵ムチュンとしています。
肉の加工品のように思えぬほどにハリがあり、
熱を加えても縮みが少ない。
ベーコンまでもが日本では水で膨れていて、
どんなに焼いてもアメリカで食べるベーコンのように
ガリッと硬く仕上がらない。
どんなフライパンを使っても、
重石を乗せて焼いてみても、
油をたっぷり引いて揚げるようにしてみても、
柔らかいままのベーコンをみながら、
あぁ、ボクは肉の加工品じゃなく、
水の加工品を買ったんだなぁ‥‥、と思ったりする。

さて来週。
ベーコンの話をいたしましょう。



2015-07-30-THU



     
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN