012 たのしく味わう。その12
虫養いという食習慣。

「虫養い」って言葉があります。

お腹の中には虫がいて、
ちょっとお腹が空くとその虫がお腹の中でなくんです。
その虫を泣かさぬように軽いモノをお腹に入れる。
それが「虫養い」という料理、
あるいは食べ方。



世界中に同じような食べ物、食べ方を発見できます。

お腹いっぱいにならないコトを美徳とするような食習慣。
生まれたキッカケはふたつあります。
ひとつは、お腹いっぱいになってしまうと、
仕事をしたり活動するのに
差し障るようなシチュエーション。
例えば南国。
蒸し暑くて湿度が高くいシンガポールのようなところでは、
満腹は眠気を誘う仕事の敵。
だから小腹満たしの分量のモノを、
一日何度もお腹に入れる。
街には屋台がたくさんあって、
一日中、にぎわっているのは
そういう食習慣が根付いているから。

もうひとつのキッカケは、
精神的にも経済的にも豊かなひとたちが、
おいしいモノをちょっとづつ、
気の向いたときにたのしみたいというワガママ。
例えば、香港や台湾にいけば「飲茶」という食文化がある。
イギリスにはサンドイッチや、スコーン、
マフィンといった小腹満たしの料理がたくさん。
スペインのバルで売られる
「タパス」や「ピンチョス」なんて、
一口分の酒の肴の集大成。
日本の喫茶店における、
サンドイッチもそういう粋な虫養いの
ひとつだったのかもしれません。

このふたつめの虫養いは、「豊かな生活」が生んだ
「洗練された食文化」。
そしてそれらはほとんどが、
お茶やお酒と密接な結び付きをもっているという
共通の特徴があるのです。



そういえば、懐石という日本ならではの
料理の楽しみ方も、もともと
「空きっ腹にお茶を飲んでもおいしくないから、
 まずお料理を召し上がれ」という、
茶の湯のもてなしの一つとしてはじまった。
お茶をたのしみながら、社交を深める。
満腹になることが目的ではない、
虫養いの最上級のモノが日本の料理の基本をなしている。

そう思うと「満腹にならぬことを粋と感じる」
小腹満たしの食文化のことが
ますます愛おしくなっていきます。

ところで虫養いの料理において最も大切なコトは、
「量が少ない」コトじゃない。
「お茶やお酒のお供に適した」モノでもなくて、
「お腹に溜まらず消化がよい」コト。
だって、おやつどきに泣いた虫が、何時間も満足できて、
夕食どきになっても目覚めず、泣かない。
そんな料理に虫養いの資格はない。

ずっと日本の盛り場で、
酔っ払いの落し物を研究している人がいる。
忘れ物じゃなく落し物。
つまり飲みすぎて口から落としてしまったモノの、
内容物をただただ調べた人なんだけれど、
20年ほど前までは、それが何かわからぬほどに、
キレイに消化されていたと言う。
そこにたまにラーメンの麺が混じるようになり、
つけ麺ブームになってからというもの、
麺がほとんど消化されずに
地面に飛び散るようになったと言うのです。

歯ごたえの良いコト。
満腹になり、腹持ち良いことは、つまり消化が悪いコト。
さて来週は麺の話をいたしましょう。



2015-05-28-THU



     
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN