231 レストランでの大失敗 その22
目を背けられるような客にならないために。

レストランとはオモシロイ空間です。

同じ空間。
同じ時間。
同じ料理を食べながら、
テーブルごとにまるで違ったたのしみがある。

居酒屋みたいにたのしく盛り上がるテーブルがある。
かと思うと、その隣では会議室のごとく
神妙に仕事の話をしながら
食事をしている人たちがいたりする。
仲良さそうに、目を見合わせて
食事をしている人たちがいるかと思うと、
無理やり連れて来られたのでしょうか、
つまらなそうに食事をしている人たちに、
一人たのしげに話をずっとしている
おじさんを囲むテーブル。

あたかもテーブルひとつひとつが、
別のレストランであるかのような景色が
日々、繰り広げられている。
それがレストランという空間なのです。

お店の人が「あぁ、これこそ自分のレストランの風景だ」
と感じるテーブルもあるでしょう。
けれどその一方で、
「これって一体、どこのレストランのテーブルなんだろう」
と他人ごとのように思ってしまうテーブルもある。
そういうテーブルからは思わず、
目を背けたくなるのが人の自然な気持ちというモノ。
目を背けられては、
いいサービスを受けることなんてまず不可能。

思わず目が向いてしまうテーブルに必ずあるのが
「スッキリ伸びた背筋」。
足を組んで肘をつく。
行儀の悪さに、目を背けたくなる。
もったいない。

ちなみにボクたちのテーブル。
厨房から料理が出て行く通路に面したテーブルで、
だから提供されるすべての料理を
盗み見ることができるのですネ。
あぁ、あれを全部ちょっとずつ、
つまみ食いできたらしあわせなのに。
料理の勉強をするには最適。
でも、食いしん坊にはなんとも罪作りでなやましい。



くだんの女性。
ローマ風の仔牛のカツレツを
メインディッシュに注文した。
こんがり揚がったカツレツの上に、
トマトソースと焼けたチーズ。
バジルの葉っぱが彩り添えて、
焦げたチーズの香りが切なくなるほど食欲をさそう。

そんな一皿がテーブルの上にそっと置かれます。
彼女はナイフとフォークを取り上げて、
まずザクザクと、一口大にカツレツを
全部一枚丸ごと切り分ける。
食べる準備が整ったのでしょう。
やおら膝を組んで、ナイフをテーブルの上に置き、
フォークだけを右手にもって肉を刺す。
それを次々、口に運んで食べ続けます。
時折、フォークを持つ手にワイングラスを持ち替えて、
飲んでは食べて、食べては飲む。
驚くほどのスピードで
お皿の上が片付いていくのだけれど、
どこか見た目がけだるい感じ。
どうしてそんな風に見えるんだろう‥‥、
と思っていると母が言う。

「楽をすると、だらしなく見えるものなのよ」

母いわく。
例えばゴムのウェストのスカートを履くと、
姿勢がだらしなくなるだけじゃなく、
そのうち体型までもだらしなくなっちゃうでしょう?
ナイフとフォークで食べるのって、ちょっと窮屈。
緊張もする。
でもその緊張感が、食べてる姿をキレイにみせる。
ナイフとフォークを手に持つと、
後ろ姿は左右対称に近くなる。
でも片手だけにフォークを持つと、
どうしても利き手側の肩だけがあがってみえる。
うつくしくない。
スープのようにスプーンひとつで食べるモノだって、
利き手じゃない方をスープボウルに添えると
キレイに見えたりもする。

「そうねぇ‥‥。
 ナイフとフォークはテーブルの上の
 ハイヒールみたいなものかもしれないわねぇ‥‥」と。

なるほど。
食事のマナーとおしゃれは
どこか同じ部分があるんだろうなぁ‥‥、
と想い出すたび背筋をすっと伸ばすのです。

さて。
今回でこのシリーズをクローズして、
ちょっと違った切り口で、
「おいしい、ということを楽しむヒント」を
書いてみようと思います。
では、また来週。



2015-03-05-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN