アメリカにいて、つくづく感じたのが
「レストランのおもてなしのポイント」が
国が変われば変わるということ。
日本の人は「好きなところにお座りください」
と言われることをよろこぶ一方、
アメリカの人は「こちらへどうぞ」と案内されると
背筋が伸びる。
そういえば、フランス人は
「ゆっくりお過ごしください、お気に召すまま」
って言われると鼻を鳴らしてよろこぶよネ‥‥、
ってエマのボーイフレンドのジャンは笑う。

サービスに対するお国柄が
一番、濃厚に表現される場所が国際線の飛行機の中。
エアラインはそれぞれの国の国旗を背負って飛んでいて、
その国らしいもてなしをしようと努力するものだから。
そのお国柄はクラスが上になるにしたがい
濃密でハッキリしたものになっていく。
例えば機内食。
日本のエアラインは
「皿数」の多さでお客様をもてなそうと一生懸命。
エコノミークラスの
一度にすべての料理をもってくる松花堂弁当スタイルが、
ビジネスクラスでは前菜、メインにお食事と
何回かに分けて提供される。
ファーストクラスになるとこれが、
ほぼ完璧に懐石料理のようになり、
お皿の数がサービスの良さを表す
指標であるという考え方は、
たとえそれがフランス料理であっても同じ。
ときにそれが「tooスローサービス」に
なってしまうことがあるほど。

一方、アメリカのエアラインになると、それはキャビア。
ビジネスクラスの食事は必ずキャビアではじまり、
ファーストクラスになるとワゴンでキャビアのサービス。
トーストをそえるのか、ブリニにするのか。
オニオン、チャイブ、ゆで玉子。
あるいはサワークリームとキャビアを
どのように食べるのか? と聞いてくる。
ブリニにさらした玉ねぎと、
ほんの少しのサワークリーム。
そこに茹でた玉子の白味だけを刻んでのっけて‥‥、
とかって言えるようになると
あなたも立派なファーストクラスの上客。

フランスならばチーズでしょうネ。
夕食を終え、時差調整のため寝ようと思う鼻先に、
チーズの香り。
ワゴンを飾る、青カビ、白カビ、山羊にウォッシュと、
寝ようにも眠れぬほどの芳香に、
あぁ、この機内はすでに
フランス領土になっているのだ、と思い知ります。
イタリアのエアラインにのったとき、
「当機にはエスプレッソマシンを積んでおりまして、
 食後に一杯、マキアートはいかがですか?」と。
その誇らしそうな顔にさすが、イタリアだねぇ‥‥。
しかもそのエスプレッソを終えたら
リモンチェッロをどうぞと、
食事が終わってからが
もてなしの本領発揮とばかりの迫力。
眠ることなんて叶わぬラテンホスピタリティー。

以前、英国のエアラインにのったときの、
アフタヌーンティーに対するこだわりを
紹介したことがあるけれど、
ところかわればもてなし変わる。
なんかたのしい発見じゃない?
って、そういうボクに、ジャンがいいます。

たしかにそうだと思うけど、
だからってフランスのエアラインで
チーズの本を必死に読んでる搭乗客ってなんだか変で、
切ないよね‥‥、って。






なるほど、たしかに。
おもてなしのポイントはあくまでもてなす側のこだわり。
「ステキと言われるお客様」が、
こだわるべきコトは他にある。
例えばフランスのエアラインで、
お客様が食べ物に関する本を読んでてステキだ‥‥、
って思うモノってなんだと思う?

ボクは「ワインの本かなぁ」って答える。
ワインの勉強なんて、今更しても仕方ないよ。
そんな勉強をしなくていいように、
ソムリエっていう人がいるんだから。
それにフランスの良心的なレストランのワインは
どれもおいしくて、料理にあうようになっている。
お菓子だよ。
ケーキやヴィエノワズリー。
お腹いっぱいになるためでない、
ただただ生きているコトの
しあわせをたのしむためにあるのが甘いモノ。
「必要ではないものに愛情を注ぐコトができる」
というのが洗練された文化性。
特にお菓子のコトをよく知っている男性なんて、
女性をたのしませるコトが上手な人にもみえるしネ‥‥。
目に鮮やかでうつくしい写真満載の本を
ペラリとめくりながら、
コニャックなんかを飲んでる紳士。
キャビンアテンダントの心に残る、
素敵なお客様って感じがしないか?

アメリカだったら、
お酒の本を持って乗ったらよさそうだネ‥‥、と。

ボクは答える。
実はアメリカに来て、
一番最初にボクが買った食品関係の本がお酒の本だった。
英語というモノに小さな頃から触れていて、
だからコミュニケーションに
あまり苦労をしなかったボク。
けれど日常的な言葉がわからず、
ちょっと苦労したコトがある。
特に料理の名前や、食材の呼び方なんかがわからず、
例えばポルトベッロっていうのが
シイタケみたいに
大きなマッシュルームのコトを言うって、
そんなコトは学校なんかじゃ教わらなかった。
だからしばらく、辞書が手放せなかったのだけど、
そうした辞書も役にたたないようなコトが
すぐ、やってくる。





バーと言う場所での出来事です。
アメリカ人の生活の中で、
バーという場所はとても身近で日常的。
ちょっと上等なレストランにいき、
まず案内される場所はウェイティングバー。
そこは、同じテーブルを囲む仲間を待つ場所でもあり、
今日の宴の傾向と対策を論じる
オリエンテーションの場でもある。
たのしく仲間を待つために。
たのしいアイディアをだすために。
なにより、これから一緒に食事をたのしむ
みんなの気持ちをあたためて、
仲よき食卓を作り出すため、お酒を片手に‥‥、
というのが彼らのスタイルで、
それはホームパーティーでも同じコト。
家に入ったら、まず「何を飲みますか?」って聞かれる。

食前酒とは違うのですね‥‥。
料理のためにあるお酒じゃなくて、
気持ちをあたため日常生活のコリをほぐすための酒。
ウィスキーのオンザロックスや、
ウォッカやジンのソーダ割り。
カクテルっぽいモノといったらせいぜいマティーニ程度。
だって時間や手間がかかるお酒を注文して、
それが出来上がる前に
「お席の準備が整いました」
なんてコトになったら笑われますもの。
ただ彼ら。
簡単な飲み物を簡単に注文しては、
自己表現のチャンスを逃す。
ウェイティングバーのバーテンダーに
「この人は食事をたのしむというコトを
 よく知ってるな」。
「もしかしたら、通かもしれない」
と思わせるような注文をしなくちゃ損と考える。

例えばこういう。
「アブソリュートをオンザロックスで、
 レモンの皮をその表面でしぼって
 香りをつけてちょうだい」。
ロシアンウォッカを選ばぬ、おしゃれな人。
そんなイメージをバーテンダーに
伝えるコトができる注文。
リキュールだとか高価で珍しい
シェリーのようなモノにこだわるのは粋じゃない。
普通のお酒を「銘柄指定で」というのが
彼らのこだわりで、
お酒の銘柄のコトなんて辞書を
どんなにひっくり返しても書いてはなくて、
それでお酒の本を買う。

食事が終わり、さて何か食後に飲まれますか?
と、そういうときも、
ブランデーやウィスキーの銘柄指定で
注文できるかどうかが
たのしい食後の会話の鍵になったりもする。

「楽しみ方をしっている人」

フランス人においてのお菓子が、
多分、アメリカ人の食前、食後の酒だと思うよ‥‥。
ジャンもそれにはなるほどという。

実はボクね、
「この人、お酒のコトをよく知ってるなぁ」
って感心される呪文をひとつ知っているんだ。
それは何? と聞くジャンに、
鼻から抜けるフランス的なる発音で、呪文を唱える。

「クルボアジェ」

その謎解きは、来週に。




2012-04-12-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN