お客様のペースにあわせておもてなしする。
料理もサービスも、
すべてがお客様の心地良いと思う速度で提供される店。
それがレストランの理想型であろうと、
ボクは思っています。
しかもお客様の完璧なるプライバシーと、
すべてのリクエストに「ノー」とは言わぬ、
柔軟な対応力が備われば、
それはすなわち、ファーストクラスの飲食店。

例えば料亭。
他に何組お客様がいらっしゃろうとも、
通された部屋に落ち着くと、
店を借りきっているのではないかと思うほどの
プライバシーの中に身をおける。
料理は当然、食べ手の食べ方にあわせて調理されてく。

ボクが生まれてはじめて、連れて行ってもらった料亭。
古ぼけた建物で、通されたお座敷は
ぼんやりとして薄暗く、しかも畳の席は座りづらくて
決して快適とは言いがたかった。
4人でひと席。
大きな漆の座卓を囲んで、まずは御酒を‥‥、
とビールを飲みます。
出されたグラスは小さくて、紙のように薄くて軽く、
その繊細に手がすくむ。
これみよがしに豪華ではない、
けれど人を緊張させる引きしまった空間に、
あぁ、これが高級というコトなのか、とまず思います。
その緊張をほぐしてくれるモノが、お料理なのです。
乾杯をした小さなグラスのビールが
無くなってしまわぬうちにと、
サッと出される最初の一皿。
目にうつくしく、食べやすいように盛りつけられた美味を
ひとつ、またひとつ。
口に運んでいるうちに気持ちがなごんで、
おだやかになる。
お酒もすすみ、自分のペースをとりもどしていく。

徐々に4人の間に食べるペースの差が出てきます。
酒を呑む人は一口食べてはコクリと飲んで、ユックリと。
味わいたのしむ人は普通のスピードで。
ボクともう一人がパクリと早食い。
そのそれぞれのペースにあわせて、
料理がやってくるのですネ。

食べ手にあわせて提供する‥‥、
それを心がける店は結構あるのだけれど、
そのほとんどはテーブル単位の食べるスピード。
だから大抵、一番、遅い人のスピードに合わせて
提供することになる。
当然、早食いさんたちは手持ち無沙汰な時間を
なにかで紛らわせることになるのだけれど、
そのとき、その店。
ひとりひとりの食べるスピードにあわせて
料理をだしてくる。
しかもそのうち、飲むのが中心の人には量を少なめに。
早食いのボクらにはちょっと量を多めにと、
ペースだけじゃなく量も食べ手に合わせて加減する。
そのために、どれだけの人が厨房の中で働いているのか。
そのために、どれだけの人が座敷の襖の向こうで
サービスをするキッカケを待っているのか。





ファーストクラスのような場所。
そこにはこうして、
待つことを仕事にしている人が沢山いるのだと、
そのとき思った。
もしかしたら、ウェイターとかウェイトレス。
彼らは、サービスのヒントを
待つ人なのかもしれないなぁ‥‥、とも。
ボクたちの眼に見えないところで
待っている人が多ければ多いほど、
その分、コストはかさんでいきます。
つまり高価になっていく。

しかもそうしたお店でボクたちを待っているのは
人だけじゃない。
無駄になってしまうことを承知の上で、
食べられることを待っている食材たちが
たくさんいるのです。
実はそのとき。
食卓を盛り上げる話題のひとつとして、
「好きな食べ物」というお題でみんな、
あれが好き、これが好き‥‥、と。
なかでもみんなが食べたいねぇ‥‥、
とため息混じりに語り合ったのが「ナポリタン」。
喫茶店風の、トマトソースを使わず、
ケチャップだけで仕上げたナポリタンスパゲティーが、
もうどうにもこうにも食べたくなって、
おそるおそる、お店の人に聞いたのです。
「ナポリタンなんて作っていただけませんよネ?」って。
和服をさらりと着こなした女性がニコリ。
「ご用意させていただきますので、
 しばらくお時間、頂戴します」と。

それから20分ほども待ちましたか。
甘く切ない、ケチャップ臭がボクらの方に近づいてくる。
立派なお皿にオレンジ色の山成すパスタ。
ピーマン、タマネギ、マッシュルーム。
分厚い豚バラ肉の脂をタップリかかえた部分を、
カリカリになるまで焼いた油でツヤツヤしている太い麺。
齧るとおびただしいほどの肉汁ふきだすソーセージ。
すべてがコンガリ焼きあげられていて、
ため息がでるほど細かく刻まれたパセリが
パラッと彩りそえる。
冷たいお水。
紙ナプキンで包んだフォークとともにやってきた、
それはまさしくナポリタン。
「さすがに魚肉ソーセージの
 ご用意がございませんで‥‥、
 と料理長が恐縮してございました」と。
料亭にあって、日々の献立を飾る料理の食材に、
パスタやケチャップなんて必要のないモノなのでしょう。
けれど、もしものためにあえて仕入れてボクたちを待つ。
無駄を恐れず待つというのが、高級な店のもてなしで、
そして高価に拍車がかかる。




ボクらの店は高価なお店を
目指していたわけじゃありませんでした。
上等な店にはなりたかった。
けれど、普通の人がちょっと背伸びしたくらいの値段で
たのしめ、しかも何度も来てもらえるような
気軽なお店を目指してた。
当然、ひとりひとりの食べるスピードに合わせて
料理を作って、提供できる数の
スタッフがいたわけじゃない。
無駄をあえてかかえるだけの、
余裕があったワケでもないし‥‥。
ましてやランチタイムは、
みんながたのしくお腹いっぱいになるための時間帯。
限られた昼休みの中で
たのしみ切らなくちゃいけない人がほとんどで、
だからお腹を一杯にしていただくための部分は、
座って5分。
食べ終わるまでに30分でおさまるように、
テキパキ、サービス。
ボクたちが考える限り、
快適なランチタイムの楽しみ方を、一生懸命提案をする、
つまりビジネスクラス的なるおもてなし。

ただボクたちは、お客様が食事を終えてからを
ファーストクラス的にと工夫をしました。

まずはお客様に「食後のお時間はいかがされますか?」
とお聞きします。
ユックリ、時間がありますよ‥‥、というお客様には、
お茶のメニューをお渡しします。
中国のお茶を全部でいつも10種類くらいは
用意してましたか。
それぞれ魅力的なお茶。
選び易いように、
分かりやすい説明書きをつけたメニューで、
まずじっくりと選んでいただく。
どれにしようか選びあぐねてらっしゃる方には、
何種類かのお茶をちょっとづつ、
テイスティングのようにたのしんでいただいたりと、
ユックリ食後の時間をたのしんでいただくようにした。
それと一緒にお茶菓子を、8種類。
それぞれ一口大の小さな焼き菓子。
自家製のものもあり、
知り合いのお菓子屋さんから分けてもらったモノもあり。
お皿にならべて、さぁ、どうぞと。

お茶をいれるのに小さなポットを選びました。
だから何度も、差し湯を注ぎにお客様の傍らにゆく。
そのたび、お茶の感想を聞いたり、
ランチの料理の意見を聞いたりと
お客様とのコミュニケーションのきっかけになる。
飲みたいものを飲みたいだけ、
好きなだけユックリ時間を使って
たのしんでいただくようにしたのです。
お腹を満たしたあとの時間は、とても贅沢。
みなさん、ニッコリ、やさしい笑顔で
いろんな話がはずみます。
夜の予約を頂戴したり、名刺を交換させていただいたりと
その時間が充実すればするほど、
ボクらとお客様との絆が深まる。
ステキな時間。

一方、仕事の時間が迫ってますからと、
お茶を飲まずに帰られるお客様には、
8種類のお茶菓子を小箱に入れて、
持って帰っていただくことにしたのです。
お茶の葉っぱをちょっとつけ、
午後の仕事の合間にでも‥‥、と。
本当だったら、店でユックリしていただきたかったのに、
それが果たせずごめんなさい‥‥、
というそんな気持ちではじめたサービス。
これが特に評判が良く、ボクらの店は、
とても上等なランチをやってる店だと
かなりの人気を得ました。
本当は時間があるのだけれど、
このお茶菓子を首を長くして待ってる秘書のため‥‥、
と食事を終えてすぐ帰る人。
このお茶菓子をおみやげとしてもらって食べて、
それでボクらのお店のファンになったという人もいた。

お客様に合わせたサービス。
ほんの少しの工夫でこうしてできるんだなぁ‥‥、
ってボクらは思った。
なにより、「ステキなお昼ご飯の思い出」を
多くのお客様に提供することができたというのが
ウレシくて、ボクらはそれから次々、
お客様想いのアイディアを
形にするコトを仕事にしました。

そうそう、ボクがファーストクラスの真髄を体験する
キッカケ作りをしてくれた、
イギリスの大切なビジネスパートナー。
彼らを料亭にお連れしたことがありました。
それはそれはたのしい体験。
来週、おはなしいたしましょう。



2011-08-11-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN