「君はいつ、ここに引っ越してきたのかね?」

それが、その大学教授の口から
飛び出してきた言葉でした。
いや、東京からやってきて、
もう今日の夕方にはルイジアナに移動するんです‥‥、
とそうことわって、
「一昨日もココで朝ご飯をご一緒したからでしょうか?」
と質問をする。

いや、君のことはまるで覚えておらんのだが、
とばつ悪そうにもごもご、口ごもりながら彼はこういう。
「ただ、君の食べ方はどうみても、
 この近所に住んでる人のようだから‥‥」と。

そのときボクは、以前、
親しくしてもらっていた
とあるお店の給仕長の言っていたコトを思い出しました。
その人は、お客様に合わせたサービスを
してくれるというので有名な人で、
ボクは、どうしたらお客様のコトを
覚えることができるのですか?
って、聞いたコトがあったのです。
彼は言います。
お客様の顔や名前を覚えることが、
私は苦手でしょうがない。
けれど、その人の食べ方で
その人がどんな人かを推し量るのが好きで、
得意なんですネ。
レストランで食べ慣れている方。
早く召し上がられるのが得意な方。
ユックリ食べるのが好きな方。
その方、それぞれの食べ方にあわせて
サービスできるというコトが、
おそらくお客様にあわせたサービスができると
お褒めの言葉を頂戴している理由なのだろうと思います。
なにより、私のお店での食べ方をご存知の方には
サービスの、力も自然に入ります‥‥、と。

毎日毎日、何十人と。
大きなお店や繁盛店ならば、
何百人もの人がやってくるレストラン。
そこで、ひとりひとりのお客様の名前や顔、
趣味や嗜好をみんな覚えておくなんて、
どんな人にも絶対できない。
お店の人は、それでもちょっとでも
よいサービスができるようにと、
お客様の中にヒントを探します。
食べ方、ふるまい、注文の仕方を通して、
自分のお店の良いお客様かどうかをさがす。
外食するのに慣れているのか?
サービスをたのしむ準備ができているのか?
なにより、自分のお店のコトを
知ってくれているのかどうか。

レストランを心ゆくまでたのしむために、
お店の人から認められれば
それでいいかというと決してそうじゃない。
お店の中にはあなた以外にお客様がいて、
その人たちからもウェルカムされないと、
気持ちのよい食事はできない。
レストランにおける私たち。
お店の人から観察されていると同時に、
他のお客様からも観察されているというコト。
同じ気持の人たちで‥‥。
同じようにこの店、この場所で経験をした人たちで、
満たされているその空間はとても親密。
お店の人も持てる実力が発揮でき、
お客様同士も緊張することなくおだやかに、
たのしい時間を過ごすことができるのですね。
まるで家族で一つのテーブルを囲んで食事をするような、
一体感こそがレストランでステキな時間を過ごす醍醐味。
お馴染みさんとは、
お店に馴染んだ人のコトを言うのでしょう。

さて、件の紳士。
東京から来てたった3日で
お馴染みさんのような顔して食事する、
ボクのコトが気に入ったのか、気になったのか。
「食事をご一緒させていただいてもよろしいかな」
と、ボクのテーブルにやってくる。
いつものモノでいいですか? と、聞くウェイターに、
「いや、今朝は彼のゲストだから、
 彼が食べているモノと
 同じモノをいただくことにいたしましょう」
と、にんまりしながら返事をする。
この近所に住むようになってもう20年以上。
ここに住むキッカケになったのは
この店があったからなんだ‥‥、
というような話をしながら、食事はすすむ。
「あぁ、塩のきいたスモークサーモンは
 やっぱり旨いなぁ」
とウレシそうにボクスペシャルの朝食を味わいながら、
今度もし、春に来るようなコトがあったなら、
スモークしたタラで
スクランブルエッグを作ってもらうといい。
その時期のココのタラのスモークは抜群だから、
なんてコトを教えてくれる。
これからボクが行く街の話でまた盛り上がり、
ニューオリンズで彼が一番という
朝食レストランの名前を書いたメモを渡され、
食事を終えた。

ニューヨークに家族ができたみたいだなぁ‥‥、
ってボクは思った。
それから何度も。
ニューヨークに行くたびこの店で彼に会い、
家族のように語り合い、何年目くらいのコトでしょう。
四日続けて通ったそこに、彼の姿が一度もなかった。
長い出張なのでしょうか?
と、彼のテーブルの場所を指差しお店の人に尋ねると、
遠い、遠いところにずっと出張されているのさ‥‥、と。
それに応える言葉が思い浮かばぬボクに、
「あそこに座ってみるかね」と。
彼がいつも座ってた、
入口脇のテーブルの方を指さした。
その朝、ボクはテーブルで
はじめて食事をすることとなる。

店の全部が見える場所。
そこに座ると、厨房の奥から
客席ホールのすべてが見渡せ、
しかも朝日を背にしてナイフ、フォークがキラキラ光る。
オレンジジュースのグラスの端に、
朝日が宿って星のようにまたたいて
眩しいほどにうつくしい。
ほとんど毎朝。
この風景を見ながら彼は朝を迎えてたんだなぁ‥‥、
と胸が詰まってしんみりします。

それにしてもそのテーブルはまるで風の通り道。
寒さの厳しい冬の日のコト。
すぐ横にあるドアの隙間から、
風がビュンビュン入って来る上、底冷えがする。
ボクは思わずコートを羽織った。
コーヒーをボクのカップに継ぎながら、テーブル係が
「夏は暑くて、冬は寒い、
 誰も座りたがらないテーブルを、
 あの人はだから自分のテーブルとして、
 ずっと使ってくれたんだよな」と。

今でも店にはそのテーブルがある。
誰も座らぬ小さなテーブル。
たまに他がすべて満席で、
観光客がそこに座って食事をしているコトがあるけど、
地元の人はどんなに混んでもそこには座らぬ。
その店を、誰より愛したその人は、
その店のみんなに誰より
愛される人になったというコトなのでしょう。
ボクが心から憧れる人。
いろんなコトを教わった人。

さて、来週はまとめです。



2010-12-16-THU
 
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN