オバマ大統領の就任演説を観ながら 冷泉彰彦さんに、なにかと訊く フルテキスト版。

第7回 ジョン・マケインの物語

冷泉 北ベトナムで捕虜になったときも、
いろいろあったんですよ。
糸井 ほう。
冷泉 マケインさんが捕虜になった当時、
彼のお父さんは、
まだ現役の海軍大将だったんです。

つまり、ベトナムからしてみたら、
敵方のお偉いさんの息子ですから、
いい「交渉材料」なわけです。
糸井 ええ、そうでしょうね。
冷泉 ところが、
マケインさんとお父さんとの間には、
当時、確執があった。
糸井 そうなんだ。
冷泉 だから、親父の威光を借りて助かるのは
イヤだという意地が、マケインにはあったんです。

というのも、
「捕虜が釈放されるさいには、
 捕虜になった順番に釈放されなければならない」
というアメリカ軍の規律があるんですね。
糸井 へぇー‥‥。
冷泉 それを、父親が海軍大将だからとか
政治的な思惑で、
自分の前に待ってる人を飛び越して
釈放されるなんて、
彼の正義感が許さなかったわけです。
糸井 なるほど、うん。
冷泉 つまり、釈放をかたくなに拒否したんです。
その結果、ガンガン拷問を受けたんですね。
糸井 はぁー‥‥。
冷泉 でも結局、マケインさんは、
「このまま犬死にするのも、まちがってる。
 やっぱり自分は
 アメリカに帰らなければ」と思い直して、
共産党と交渉をしたんですね。

そうしたら、釈放してほしいのなら、
「ベトナム共産党は正しい」という趣旨の
署名入りの文章を、英語で書けと。
糸井 ベトナム側のプロパガンダのために。
冷泉 そうしたら、おまえを助けてやるぞ、と。

もう、ずーっと耐え抜いてきた
マケインさんにとっては、屈辱だったでしょう。

でも、彼は、それをやったわけです。
糸井 ‥‥やったんだ。
冷泉 ただ、そのときに、一矢報いたんですね。

なんでも、インテリの人が読んだら
「強制されて書かされた文章」だってことが
わかるような書きかたをしたらしい。
糸井 ああ、なるほど、なるほど。
つまり
母国語としての強みを使ったわけですね。
冷泉 専門用語をつかったり、文法的に工夫したり、
かなり高級なことをやったらしいんです。
糸井 うわー‥‥。
冷泉 そうやって、ようやくアメリカに帰ってきた。
糸井 うーん‥‥。
冷泉 拷問で、身体はボロボロになった状態でね。

結局、5年半にわたる捕虜時代、
彼が、何を経験し、
何を見てきたかということについては、
いろいろと、諸説あるんですよ。

顔を見るものイヤなくらい
アジア人を嫌ってる、なんて言う人もいるし。
糸井 うん、うん。
冷泉 でも彼は、アジア系の子どもを、
何人も養子に迎えてるんです。
糸井 へぇー‥‥。
冷泉 自分自身、壮絶な拷問を受けた経験から、
捕虜や囚人の人道問題には
もっとも熱心に取り組んでいる人ですし。
糸井 ええ、ええ。
冷泉 アメリカとベトナムが国交を回復したあとは、
ベトナムに対する援助財団を
彼の奥さんがつくって、活動してたりとかね。

つまり、きれいごとじゃ語りきれない部分が
かなり、ある人なんじゃないかと。
糸井 そういうことは、知らなかったなぁ。
冷泉 たぶん彼のなかで、ひとつの軸になってるのは、
「親父の足を引っ張りたくないし
 親父に助けてもらうのもイヤだ」という‥‥
「オレは、男になりたいんだ」みたいな
気概だったんじゃないかと、思うんですよね。
糸井 なるほどなぁ。
冷泉 それと、前回2000年の選挙のときにも、
共和党内で、ブッシュと争ったんですけど‥‥。
糸井 ええ。
冷泉 そのときにもね、ブッシュ陣営による
ネガティブキャンペーンで
ひどく誹謗中傷されて、降ろされてるんです。

奥さんが薬物中毒だとか、めちゃくちゃに。

そのときの経験から、自分は絶対に
ネガティブキャンペーンは張らないぞと決めて。
糸井 やらなかったんですか。
冷泉 そういう「こだわり」の核にあったのは、
やっぱり「男になりたい」という
マケインさんの気持ちだと、思うんです。

だから、今回の大統領選で負けた姿にも、
どこか「さわやかさ」を感じましたね。
糸井 そうですか。
冷泉 大統領就任式の前日かなんかに、
オバマさんとならんでスピーチしたときの、
あの晴れ晴れした顔!

やるべきことはやったぞ、みたいなね。
糸井 オバマ映画もおもしろいけど。
冷泉 ええ。
糸井 そのマケイン物語も、いいなぁ(笑)。
<つづきます>
2009-02-24-TUE
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