パンダの覆面ミュージシャンである
James Panda Jr.さんは、
思いもよらない罪により、
スリランカの刑務所に入れられました。
言葉も通じぬ塀の中では、
いろいろ、めずらしい体験をされ‥‥。
でもそのアンラッキーが、数年後。
幸せとは何だ。不幸せとは、一体何だ。
異聞、ミラクル・パンダ・ストーリー。
Panda さんを紹介してくれた
ニッポン放送アナウンサー、
吉田尚記さんと、うかがってきました。
担当は「ほぼ日」奥野です。


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第3回 38人部屋の暮らしは。

――
はじめての「ムショ暮らし」は、
どんな毎日でしたか。
James Panda Jr.さん
ええ、イスラム教信者の人たちが
いっしょの部屋だったので、
1日に5回くらい
「アザーン」がかかるんですよね。
吉田尚記さん
礼拝の合図。
James Panda Jr.さん
そう。早朝の5時に
イスラム教の礼拝の声がはじまって、
それが終わったら、
今度、午前6時くらいから
仏教徒のみなさんの
「南無阿弥陀仏‥‥」がはじまって。
――
おお。各宗教が、かわりばんこに。
James Panda Jr.さん
ぼくらの部屋には、
受刑者のトップに君臨する人がいて。

ヒゲモジャ顔で、ものすごい威厳で、
案外40歳くらいだと思うんですが、
彼がひとこと発するや、全員、黙る。
――
カリスマですね。
James Panda Jr.さん
ヒゲモジャ顔が「点呼!」と言えば、
「エカ、デカ、トゥナ、ハタラ‥‥」
つまり、
「1、2、3、4‥‥」とはじまる。
吉田尚記さん
すごい統率力。
James Panda Jr.さん
受刑者のなかに、
スミッスという名の元警察官がいて、
押収した麻薬を売って、
捕まっちゃったって人なんですけど。
吉田尚記さん
スミッス。スミスじゃなくて?
James Panda Jr.さん
「俺は、スミッスだ」って言うから、
「スミス?」って聞き返したら、
「いや、スミスじゃない。スミッス」
――
ちいさい「ッ」が入るんだ。
James Panda Jr.さん
入った当初スミッスに言われたのが
「ここには、いいヤツもいるけど、
悪いヤツも多いから気をつけろ」
ということでした。
――
いい人もいれば、悪い人もいる。
刑務所の中も外の社会と同じですね。
James Panda Jr.さん
「たとえば、
日本に行けるビザがほしいために、
親切なふりをして
お前に近づいてくるやつがいても、
そいつは絶対に悪いやつだ」
と教えてくれました。
<後日、パンダさんが事件のことをまとめたパワーポイントより>
吉田尚記さん
それは、そうだ。
James Panda Jr.さん
そのスミッスも、ぼくのところに
日本大使館の人が
面会に来ていることを知った途端、
「俺にもビザをくれ」と。
<後日、パンダさんが事件のことをまとめたパワーポイントより>
吉田尚記さん
わかりやすい人だなあ(笑)。
James Panda Jr.さん
中でも、いちばん良くしてくれたのは
サンパックンってやつで、
警察に爆弾を投げ込んだ重罪犯でした。
吉田尚記さん
うわ。
――
刑務所では、いい人だったんですか?
James Panda Jr.さん
いちばん良くしてくれたんですよね。
なぜだかわからないけど。
吉田尚記さん
警察署に爆弾を投げ込むような人が。
James Panda Jr.さん
そいつ、片足がないんです。

「なんで片足ないの?」と訊いたら、
「バン、バン、バン! 
ポリスヒットミー! バーン!」
とか言って、笑ってました。
――
はああ。
James Panda Jr.さん
彼は、いろいろ教えてくれましたね。
刑務所での、お湯の沸かしかたとか。
吉田尚記さん
お湯って‥‥そんなに特殊なの?
James Panda Jr.さん
トイレの便器の上のほうから
電熱線が2本、出てているんですが、
そこにポットを押し当てて、
電熱線の熱で、水を温めるんですよ。
――
それは、わからないや。
James Panda Jr.さん
東インド会社の時代から
変わってないんじゃないのってほど、
塀の中って時が止まってる。

触ったら感電するから気をつけろと、
懇切ていねいに教えてくれて。
――
でもサンパックンさん、重罪だから。
James Panda Jr.さん
まだ、おつとめだと思います。
<後日、パンダさんが事件のことをまとめたパワーポイントより>
――
そんな親切な仲間に囲まれていても、
パンダさんは、
あちらでは親類縁者もいないわけで、
やっぱりそうとう
心ぼそかったんじゃないでしょうか。
James Panda Jr.さん
日本大使館のHさんが、
ほぼ毎日、面会に来てくれたんです。

日本で大騒ぎにならないように、
ニュースに出ないよう、
報道的な面で配慮してくれたりして。
吉田尚記さん
日本人がスリランカで捕まってる、
みたいなニュース、
そういえば、聞かなかったもんね。
James Panda Jr.さん
ふつうの面会は面会室なんですけど、
Hさんは偉い人なので、
2階の刑務所長室で面会できました。

他の受刑者は
面会のときは地下1階へ降りるのに、
ぼくのときは
「ジャパニーズ、お前は2階だ」
と言われて上がると、
Hさんが、日本料理店から
カツ丼買ってきてくれてたりして。
吉田尚記さん
やさしい!
――
泣けてきますね。
James Panda Jr.さん
泣きながら食べました。
毎日カレーです‥‥とか言いながら。
――
毎日。
James Panda Jr.さん
毎日カレーなんですよ。3食カレー。

朝カレー、昼カレー、夜カレー。
朝カレー、昼カレー、夜カレー。
朝カレー、昼カレー、夜カレー‥‥。
――
その繰り返し。
James Panda Jr.さん
永遠にね。
吉田尚記さん
それはキツい。
James Panda Jr.さん
キツいです。
――
どんなにカレー好きな人でもね‥‥。
James Panda Jr.さん
Hさんには本当にお世話になって、
当時『サウンド&レコーディング』
という雑誌で連載を持っていたので、
編集部にも、
Hさんから連絡してもらったりして。
――
パンダさん、
スリランカで捕まっちゃってますと。
吉田尚記さん
恩人じゃない。
James Panda Jr.さん
そう、恩人です。恩人なんですけど、
投獄の発端になった葉書を
送る前に見せたとき、
「あはは、いいんじゃないですか」
と言ってくれたのも、
そのHさんだったんですけど‥‥。
――
な、なるほど。
James Panda Jr.さん
面会に来てくれたHさんに
「俺‥‥
どれくらいになるんでしょうか?」
と聞いたら
「最悪、懲役2年です」と。
――
2年! さぞ愕然としたでしょう。
James Panda Jr.さん
それが‥‥まったく現実味がなくて、
「海外で逮捕されても、
カツ丼を出してもらえるんだなあ」
と思いながら聞いてました。
――
Hさんも
「犯罪者にはカツ丼かな」と‥‥。
James Panda Jr.さん
思ったのかもしれないですね。

でも、Hさんのおかげで、
刑務所長が「最良の環境を用意する」
と約束してくれたんです。
吉田尚記さん
最良の環境!
James Panda Jr.さん
Hさんに何がしんどいか聞かれて、
「とにかく38人部屋がしんどい」
ということを強く訴えてたんです。
――
ゴザもなく、じかに、
硬く冷たいコンクリートの床に、
寝てるんですもんね。
James Panda Jr.さん
そしたら、Hさんが
「ぼくが、よく伝えておきましたんで、
もう大丈夫ですよ。
刑務所長についてってください」
と言うので、ついていったら‥‥。
――
最良の環境にお引越し!
James Panda Jr.さん
また同じ38人部屋に到着しました。
吉田尚記さん
なんで(笑)。
James Panda Jr.さん
そこが「最良」だったんです。
※写真はイメージです。
<後日、パンダさんが事件のことをまとめたパワーポイントより>
吉田尚記さん
スイートだったのか‥‥。
James Panda Jr.さん
つまり、他の部屋の収容人数って、
130人とか
200人くらいいたんですよ。
――
ああー‥‥。
James Panda Jr.さん
マジでヤバそうなやつとかもいて。
――
じゃあ、38人部屋の人たちって、
模範囚みたいな‥‥?
James Panda Jr.さん
そう。あとはお金を積んだ人。
吉田尚記さん
さっきのスミッスも同じ部屋?
James Panda Jr.さん
うん。
警察のこといろいろ知ってるから。
――
弱味を握ってたんですかね。
吉田尚記さん
サンパックンは?
James Panda Jr.さん
彼も同じ。とにかく、
それまで俺の暮らしていた場所が
「最良の環境」だったんです。
吉田尚記さん
青い鳥だ。
――
幸せがあまりに身近すぎると、
人はそれに気づかないという、あの。
James Panda Jr.さん
幸せ‥‥。

<つづきます>

2019-05-30-THU


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