好きな建築は世界中に数えきれないほどありますが、
圧倒的に惹かれるのはやはり
蓄積した時間を内にはらんだ建築です。
何百年、ときには何千年ものあいだ
存在してきたような建築です。
雨風を避けるのはもちろんのこと
さまざまに人々に使われ続けている建物に
強い魅力を感じます。
出来たての新しい建物がもちえない
熟成した佇まいを放つ建築がなにより好きなんです。

真っ先に脳裏に浮かぶのは、
スペイン南部に位置するグラナダの街に建つ
アルハンブラ宮殿です。
丘の上にレンガでつくられた城塞は
今も立派な姿を残し、
いきいきとした空気を漂わせています。

気持ちがとても落ち着いて、
なんともいえない安堵感を覚えたのを
今もはっきりと覚えています。
特別にシンボリックなものがあったり、
目を奪われるような美しさがあるわけではなく、
むしろ崩れかけた壁や
いささかちぐはぐなレンガとタイルといった
粗(あら)が気になったほどです。
でも、歴史をすこし勉強すれば、
このアルハンブラ宮殿を舞台に
どれだけ凄惨な歴史が繰り広げられたかは
容易に想像できます。
イスラム教とキリスト教という
相容れない二つの宗教と文化が、
何世紀にもわたって塗り重ねられてきたのですから。
カトリックのレコンキスタ(国土回復戦争)で
モスクは教会へと変えられ、
修道院なども容赦なく増築されました。
アルハンブラ宮殿は創建された当初とは
違う使われ方をし続けてきた建築なのです。

▲グラナダの街から見たアルハンブラ宮殿

▲丘の上のアルハンブブラ宮殿のスケッチ

それは例えば東京で多く見られる、
旧い建物を壊しては
新しく建て替えていくやり方とは
かなり異なった様相を呈しています。
昨日までそこにあった建物が一瞬の内に姿を消し、
ある日突然新しい建物に変わっている。
建物の老朽化や機能不全、相続問題などを理由に
こうしたスクラップ・アンド・ビルドを
正当化することも可能かもしれませんが、
時間と歴史に対する誠意は一切感じられません。
その土地に根付いた空間の質や佇まいといった
数値化できない価値は、
鋭い重機の先端で
あっさりと消し去られてしまうのです。
修復して使い続けるよりも
壊して建て直した方が経済的ですよ、
というのは安易にすぎる考え方です。
その点、アルハンブラ宮殿は違います。
イスラムのタイルとカトリックの列柱が同居し、
個性豊かな中庭が連続するかと思えば、
さながらイングリッシュ・ガーデンのような
庭園が現われる。
さまざまな時代の色々な人たちの思惑によって
建築に手が加えられています。
一見スーツを着た男性が
下駄を履いているかのようなミスマッチですが、
でもそれでいいのです。むしろ自然なんです。

▲宮殿内のライオンの中庭

▲色鮮やかな多様なタイルが同居した壁

建築のもつ空間というのは
そうした異物の同居を認めて
初めて魅力をもつはずです。
一つの装飾がもつ意味合いは時代によって違います。
それらが同時に存在しているのが
アルハンブラ宮殿の強度なんです。
僕はスペイン特有の夏の強い日差しを
木陰でしのぎながら観光客を眺めていました。
スペイン人の5人家族がはしゃぎながら
この世界遺産を散策しているのを見て、
ふと「これはディズニーランドだ」と思いました。
もちろんここにはミッキーやミニはいません。
スペースマウンテンもありません。
でもこれこそ本物の歴史のテーマパークじゃないか、
と感じたのです。
その子供たちが羨ましいとさえ思いました。
脈々と流れる時間がもつ魅力を
イノセントな子供たちが体験したら、
どれだけ豊かな想像力を発揮することだろうかと。

▲緑豊かなアルハンブラ宮殿の全景スケッチ

そんな遠い過去を想像させる
魅惑に富んだ建築は日本にもあります。
奈良県の東大寺南大門がその一つです。
あの圧倒的スケール感。
深い森に包み込まれるような空間体験。
水平材としての貫(ぬき)を多用した
木造の強烈な骨組みが、
天井が張られていないため下から覗き込めます。
構造体がそのまま露出しているから、
見ていると潔さを感じます。

▲東大寺の南大門

この南大門を建てた僧・重源という人の凄さは、
大仏様というこのスタイルを確立することで
後世に伝わったと言えるでしょう。
迫力ある構造体は、建物を支える力の動きを
目に見えるようにしています。
建築も女性と同じで、化粧をしすぎない方が
美しいのかもしれません。
むき出しの柱や梁を前に足がすくみますが、
その壮観なエネルギーは、
見る者を威圧するのではなく、
受け入れてくれる大きさなんです。
僕の実家は奈良にあるので、
東大寺南大門には幾度となく足を運びました。
そのたびにその存在感に圧倒されます。
この門をくぐり抜けたであろう
いにしえの人たちへと想像が膨らむ、
その感じがとっても好きなんです。
おじいちゃんやおばあちゃんの顔のしわが
何とも味わい深いように、
建築もまた時を経て熟成した魅力を
放ってほしいと思っているからです。

▲南大門の中(左)と南大門越しの大仏殿(右)


凱風館をつくるにあたっては、
どうしたらこのような「いい歳の取り方」のできる
建築が可能かをつねに考えていました。
アルハンブラ宮殿や東大寺南大門のような
時間に耐える強度をどうしたらつくりだせるのか。
そのために3つのことを意識しました。
まず大事なのは、建物が作り手と使い手に
愛着をもって親しまれること。
次に使用する材料をしっかり吟味すること。
素材の質感が空間を決定づけるからです。
最後に、構造を隠さず
露(あらわ)にすることによって、
複雑でありつつも透明感のある
潔いデザインを心掛けました。
床も壁も天井も真っ白に統一されたお洒落な空間は、
写真うつりはいいかもしれませんが、
それよりも大切なのは、
「異物を排除しない多様性」だとぼくは思っています。
多くの人が集う凱風館は、
どんな人でもほっとできるような
建築をめざしてつくられています。
アルハンブラ宮殿や東大寺南大門のように。

▲腕を伸ばしたような貫を重ねた大仏殿の構造

次回につづきます。

2011-11-25-FRI
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