ダ・ヴィンチがいない
糸井 最新作を「ほぼ日」で連載する‥‥という
出版社の意外な提案を、受けたわけですけど。
大沢 はい、おもしろそうだったんで。
糸井 それだけですか?
大沢 まぁ、それだけですね。
糸井 でも、うちで『新宿鮫』の最新作を連載するって
けっこう思い切った‥‥感じですか?
大沢 うーん、どうなんでしょうね。
糸井 すくなくとも『新宿鮫』の読者層と
「ほぼ日」の読者層って、かなりちがうでしょうし、
つまり「タイヘン」なんじゃないかなと。
大沢 まぁ、読者層は、ぜんぜんちがいますよね。

このあいだ、御徒町のゴルフショップで
クラブ買ったんだけど、
そこの店員のおじさんに
「本、読んでます!」って言われたんですよ。
糸井 ようするに、大沢さんの読者って
コアな「ミステリーファン」というより‥‥。
大沢 そう、言ってみれば「ふつうのおじさん」です。
読者層で言えば、そういう感じの方が多いと思う。
糸井 「ほぼ日」のほうは「30代の女性」が多いから、
もう、まったくちがいますね。
大沢 まぁ、でも『新宿鮫』も次で10作目だし、
なんか変わったことやりたいという気はあったんで。
糸井 今回の「暴挙」に出たと(笑)。
大沢 いや、べつに暴挙だとは思ってないんだけど‥‥
オレの場合、どこかで書いてないとダメで。

つまり「書き下ろしを1冊」とか頼まれても
怠けものなもんですから、
まず、難しいだろうなという状況なんですよ。
糸井 ええ、はい。
大沢 だから、どこかで連載させてもらえる媒体を
探しちゃあいるんですよね。
糸井 でも、それが「ほぼ日」だとは。
大沢 うん、まぁ、それは思ってなかったですね。
そもそも紙じゃなくて「ウェブ媒体」だし。

むかし、携帯電話で短い連載(『未来形J』)を
やったことはあるんですが、
正直いって、パソコンとかぜんぜん触らないから。
糸井 今もですか?
大沢 原稿は手書きだし、携帯も持ってないです。
糸井 そりゃ、めずらしいですね。
大沢 仕事場ではパソコンを設定してもらってますが、
電源入れてクリックするだけ。
糸井 主に何をやってるんですか?
大沢 うち(大沢オフィス)のホームページを見たり、
「2ちゃん」の、ぼくの「板」を見たり‥‥。
糸井 あ、「2ちゃんねる」はごらんになってる?
大沢 見てます。
糸井 それはまた意外な一面ですね‥‥(笑)。
大沢 いやいや、けっこう楽しいんですよ、あれが。

ほとんどが、いい加減なことばっかなんだけど
ときどき
「うまいこと言うなあ、おまえ!」って
感心してたりして。
糸井 へぇー‥‥。
大沢 いや、このあいだ、ほんとウケたのはさ、
「大沢在昌の小説って
 クライマックスが来た瞬間、プツっと終わるよな。
 ものたりないんだよ。
 オレはあれを『重量挙げラスト』と呼んでいる」
とかって書いてるやつがいて。

うまいこと言うなぁと思ったですね。
糸井 「もっともだ」と(笑)。
大沢 でもまあ、パソコン関係は、それぐらいなもんです。
糸井 そうですか。
大沢 だから、じつは今回もね、お会いするまでに
1回くらいは、自分のパソコンで
「ほぼ日」を見ようと思ってたんですが‥‥。
糸井 ‥‥が?
大沢 なんか、パソコンが壊れちゃって。

‥‥いや、壊れたのかなんなのか、
インターネットにつながんなくなっちゃって。

結局、見られずじまいで来ました。
糸井 あはははは(笑)。
大沢 まぁ、なんとかなるでしょう。
糸井 よろしくお願いします(笑)。
大沢 でもさ、ちょっと思うんだけど、
結局「ダ・ヴィンチ」がいないんだよね、まだ。
糸井 え?
大沢 レオナルド・ダ・ヴィンチがいないと思う。
インターネットの世界って。
糸井 ほう。
大沢 つまり、ぼくはハタから見てるだけですけど
理科系はできるのに
文科系がわからないという人が多いと思うんです。
糸井 ああ、なるほど、なるほど、そうかもしれない。
さすが、見てないのに‥‥「見えて」ますね。
大沢 おそらく「ダ・ヴィンチ」が出てくると、
いろんなことが、飛躍的に変わっていくはずです。
糸井 うん、うん。
大沢 たとえば「着メロ」の会社なんかが
ケータイ小説の配信を手がけたりしてますけど、
彼らには
「どれが魅力的な小説で、どれが魅力的でないか」
についての基準がないんですよ。

だから結果として、
知名度のある作家に話を持っていくわけでね。
糸井 ええ、ええ。
大沢 ケータイ電話で小説を読む人たちというのは
基本的には
本屋さんに行かない人が中心なんだろうから、
本屋で知名度があるかどうかなんて、
関係ないと思うんだけど。
糸井 ああ‥‥。
大沢 うちの事務所(大沢オフィス)にいる作家は
そこそこ有名だし、
よくそんな話が来たりするんですが‥‥
本来ならば、その小説がおもしろいかどうか。

※大沢オフィスには、大沢在昌さんのほか
 宮部みゆきさん、京極夏彦さんが所属しています。
糸井 つまり「コンテンツ」ですよね。
大沢 その「コンテンツ」の良し悪しを判断できる人が、
インターネットの世界には、少ない気がする。
糸井 なるほどね。
大沢 だから、オレは、ぜんぜんわからないながらも、
もしかすると、糸井さんが
この世界の「ダ・ヴィンチ」になるんじゃないかなんて
思ったりはしてるんですよ。
糸井 いや‥‥。
大沢 と同時に、
仮に「紙の本」が売れなくなることはあっても、
「物語を要求される」ということでなら
オレたち小説家の仕事も
なくならないかもしれないなって、
21世紀に入る直前に思ったのを、覚えてますね。

<つづきます>


真実その3
あやうく『新宿』が出そうになった。 


それは、6作目の『氷舞』が始まるときのこと。
光文社のサメ担当T氏は、
雑誌に載せるための告知ページをつくっていた。
直木賞も受賞し、
多くの読者が最新の「鮫」を待ち望んでいる‥‥。
そんな折、印刷所から上がってきた
告知ページのゲラを見て、T氏は目を剥いた。
どこでどうまちがえたのか、そこには大きく
「新宿、再始動!」と‥‥。
サメとアユとでは、おおちがいである。
そんなタイトルで告知してしまったら、
大幅なイメージチェンジを余儀なくせざるをえない。
模造刀で斬りつけられた傷跡を隠すため
サメの第一背びれよろしく伸ばした「後ろ髪」も
カットせざるをえないはず‥‥。
読者の知らない、この鮫島警部の大ピンチを
すんでのところで止めたT氏であった。

真実のコラムは、明日へと続く‥‥。

2010-02-10-WED