野村 私はアナウンサーという仕事で、
「なにかを表現するならことばでしろ」
と入社当時から言われています。
たとえばなにかを食べるにしても
「このお出汁が効いていて‥‥」とか、
そういうふうに表現していくんですが、
ことばではうまく表現しきれない、
ほんとうにおいしいものを食べたときの
「はぁー‥‥」という部分が
じつは観ている人にいちばん通じるということも
経験的にわかってはいるんですね。
「ちゃんとしゃべらないと
 視聴者にはわからない」って、
ディレクターには怒られるんですけど。
糸井 ことばをつかってる人ほど
その恐ろしさと素晴らしさを知りますよね。
野村 そうなんです。
しゃべればしゃべるほど
実体から遠ざかっていく怖さがありますが、
糸井さんもお感じになっていますか。
糸井 それはもう、ことばに関わっている人は
必ずそうだと思いますね。
うまく言えたっていうことと
ちゃんと感じられたっていうことが
たまに重なる瞬間があったりすると、
ことばを扱う身としては冥利に尽きる
っていう感じになりますけど、
うまく言えなかったときにも
「言えないけれども感じるものがあった」って
思えるだけでもOKだし、
ことばでうまく言えない人たちが
なにかを感じてるのを見て
「いいね!」って表現できるだけでも、
十分な仕事ですよね。
ことばって、氷山みたいなもので、
外に出てるのは全体の7分の1くらいのもので
ほとんどは見えないところにあるんだと思う。
その見えないところをいい加減にしてたら、
ことばは、きちんと届かないですよね。
野村 本当にそうですね。
糸井 黙ってたり、ことば少なだったりで、
表面としてはちょっとしか出てなくても、
どーんと根っこのあるものは伝わりますし。
たとえば、歌のよさっていうのは、
歌詞が聞こえなくたって感じたりしますから。
そういう、ことばの無力さみたいなものだとか、
ほんとうの強さみたいなものを、
おそろしいなとか素敵だなとか思いつつ、
ことばに関わる仕事をしている以上は、
ずっとくり返していくんでしょうね。
野村 抽象的な質問になりますが、
糸井さんにとって、
ことばっていうのはなんですか。
糸井 うーん‥‥。たどり着かないもの。
ことばにたどり着かないのか、
ことばがたどり着かないのか。
絶えず隙間とともにあるものっていうか。
届かないっていう感覚とともにある。
あの、年を取ってから感じる
一番の悲しみって無力感なんですよ。
自分には何もできない、っていうのが
一番の悲しみになるんですね。
で、ことばっていうのは無力感とともに
あるもののような気がして、
「よくできましたね」って言われた途端に
できてないところが同時にカウントされちゃう。
逃げ水じゃないですけど、
届かない、さわれない、
たどり着けないものですね。
野村 たどり着けないけど‥‥。
糸井 見える。
たどり着けないけど、見える。
形じゃないんだけど、見える。
だけど、さわれないし、届かない。
だから似たものができただけも、
すごくうれしいですね。
野村 このあいだ、
川上弘美さんにインタビューしたときに
ことばに関して、糸井さんと同じようなことを
おっしゃってましたね。
糸井 ああ、川上さんもそういう人ですよね。
そうですか、それは、ちょっとうれしいなぁ。
野村 (笑)
糸井 しかし、あれですね、
テレビのアナウンサーにインタビューされることは
ときどきありますけど、
それが知り合いだっていうケースは
そんなにないから、今日は新鮮ですね。
野村 ああ、そう言っていただけるとうれしいです。
糸井さんにインタビューするっていうことで、
周囲からはいろいろプレッシャーを
かけられたりしたんですけど。
糸井 プレッシャー?
野村 「インタビューのうまい糸井さんに
 インタビューするなんて、
 たいへんだねぇ」みたいな(笑)。
糸井 でも、「インタビューがうまい」っていうのは、
要するに「商品としてのうまさ」でしょう。
野村さんにも、商品としてのうまさと、
そうじゃない部分っていうのを持ってるわけだから、
商品としての「うまさ」なんて、
それこそ、超越しなきゃダメですよ。
野村 ああ、素敵ですね!
それって、さっきのビールの話と通じますね。
商品としての、語れるうまさを超えたところに
ビールの「カーーー!」っていう
浅さみたいなものがあるって。
糸井 そうです。
浅さを「いいね!」って言えた瞬間に
「いいね!」って言った自分が豊かになりますよね。
野村 おもしろい。
糸井 ビールを消費するときの浅さが
おもしろいわけだけど、
「ビールの浅さはおもしろいね」っていうことばは、
消費されずに残るものだから。
それは、自分がビールをのむよりもおもしろい。
それこそ、「ボールのように」遊べますよね。
野村

(笑)


(つづきます)

2012-10-19-FRI