映画『夢売るふたり』は‥‥  ややこしいから すばらしい。  糸井重里×西川美和監督    試写会からの帰り道‥‥ 「やっぱりあの監督はすごいな」と糸井重里。 文藝春秋から出版される単行本の企画で、 その監督、西川美和さんと3年ぶりの対談になりました。 映画の話題を軸にしながらも、 ふたりのやりとりは不定形に、あちこちへ‥‥。 この対談を「ほぼ日バージョン」でもお届けします。 映画と本と、合わせておたのしみください。 観れば観るほどややこしい。 ややこしいからおもしろい。 『夢売るふたり』は、すばらしいです。
  
第6回 恋愛を描くということ。
糸井 それにしても、
今回はほんとうに恋愛映画ですよね。
西川 糸井さんは『ディア・ドクター』のときも、
恋愛映画だって言ってくださって。
糸井 だってそうじゃないですか。
西川 そうですね、今回のはとくにそうです。
わたしもそろそろ腹をくくって、
「男と女をやってみるか」と思ったんです。
糸井 要するに、21世紀の光源氏ですよね。
西川 そうですねぇ(笑)、光源氏です。
糸井 それをどうやって描くんだ?
ってふつうは思いますけど‥‥
みごとでした。
西川 いやぁ、でも難しかったですねぇ。
私は恋というものを描くのは、とても苦手で。
糸井 そうですか、そうは思えないですけど。
西川 恋愛の先にある、
なれの果ての夫婦を描くことはできる。
その手応えはあったんです。
ただ、結婚詐欺という仕掛けを作ったので、
女が男にコロッと転がっていく、
ほだされる瞬間というのを
やっぱり描かなくちゃいけなくて、
そこが自分でも下手くそだなぁって。
糸井 得意だったら、そこをもっと長く描いてた。
西川 たぶんそうしたでしょうね。
でも、駆け引きは書けないんですよ。
糸井 なるほどね、そうかぁ。
でも、駆け引きはなくても、
吸い寄せられるようにスッと行く。
そこは上手ですよね。

妻の松さんが鵜飼の鵜匠みたいな立場で、
光源氏を泳がして、うまくだますわけですよね。
でも、うまくいったときに、
微妙な感情が出てくる。
「こんなはずじゃなかった」が、すこしずつ出る。
そこらへんが、西川さんはうまいなぁと思う。
ああいうのは、
松さんも表現しがいがあったと思いますよ。
西川 そうだといいんですけれど。
糸井 評判の(松たか子さんの)自慰シーンとかさ。
西川 評判になってるんですか?
糸井 なにかで読んだだけで、
ほんとうの評判は知りませんけどね。
西川 評判になってます(笑)。
糸井 でしょう?
でも、そういう目立つシーンだけじゃなくて、
すみずみにありますよね、
松さんじゃないと表現できなかった場所が。
西川 はい。
それはもう、もう安心して任せたところが。
糸井 すばらしいですよ。
西川 松さんは、
しかし本当につかみどころのない方なんです。
自分の演技力を見せて
「どお?」っていう感じがまったくない人。
怖いくらいにないんです。
自意識過剰の正反対ですね。
糸井 はあー、そうなんですか。
西川 監督がオッケーならオッケー。
どういうサイズで撮ってようが、
どう映ってようがまったく無頓着。
糸井 歌舞伎ですよ、それ。
西川 やっぱり、そういうことなんでしょうか。
糸井 歌舞伎の人たちは違いますよね。
「ありがとうございます」な感じが。
西川 ああー、
「ありがとうございます」な感じ。
糸井 「ありがとうございます」ですよ、原点は。
「さあ、これからお芝居をさせていただきます!
 ありがとうございますー!」
西川 ええ(笑)。
ほんとに、いい意味で、
「仕事」をしにきてるんですよ。
糸井 でしょうね、仕事をしに。
で、まったく文句も言わない。
それどころか、もし自分が倒れたりしたら、もう、
「申し訳ございませんでした! 今立ちます」
みたいな(笑)。
西川 いや、ほんとにおっしゃる通りで。

でもですね、お仕事の範囲を超えるような
おそろしいところもあるんですよ。
私は、「本番女優」と呼んでたんですけど。
糸井 ほぉ。
西川 たとえば、階段から落ちるシーンはかなり難しくて、
松さんもテストでは手こずってました。
だから
「ちょっと別の方法考えます」
「CG処理でなんとかつくりますから」
って提案したんです。
そしたら、
ずっと監督のオッケーでやってくれてたのに、
「もう一回だけやらせてください」
と、そのときだけはおっしゃったんです。
糸井 おおー。
西川 本人がそこまで言ってくれるのならと、
やってもらうことにしました。
うまくいかなければ、
すぐ対策を練れるように準備しておけばいいや、
なんて思ってたんですけど‥‥。
本番になった途端にタタタタッと行けたんですよ。
糸井 できちゃった。
西川 あれはねえ、ちょっとすごかったです。
本番では、ギアがグッと上がるんですよ。
「本番女優」です。
糸井 歌舞伎の世界の人は、
見えないところで踊りとか
お稽古の膨大な時間があって、
サイボーグとして作られてると思うんです。
中村勘三郎さんの太ももを見たときに、
女の人のウェストぐらいあってね。
この太ももに
時間と汗と涙がぜんぶ入ってるんだなぁと思った。
西川 歌舞伎の方は‥‥
厳密に言うと松さんは違うんですけど(笑)、
ほんとにアスリートに近いと思います。
鍛練の積み方も含めて、
そのDNAが流れてらっしゃるんだと思う。
糸井 そうですね。
西川 セリフも完全に入ってて、
現場に台本を持ってこない。
ほんとに仕事師でした。
もう、頼もしすぎて、なにも言うことがなくて
申しわけなかったぐらいです。
糸井 『ディア・ドクター』のお医者さんなんかは、
セリフ覚えが悪そうですね(笑)。
西川 あの人は現場で覚えますからね。
「ちょっと教えてー」って(笑)。
糸井 「セリフは入ってないくらいのほうがええんや」
みたいな感じもありますしね。
西川 鶴瓶さん、
ふだんは自分の出演シーンしか
読まなかったそうです。
『ディア・ドクター』のとき、
初めて通しで読んだって。
 (C)2012「夢売るふたり」製作委員会
糸井 ああ(笑)。
西川 だから今回の撮影でも、
「自分のとこだけ
 読んでこられたんじゃないですか?」
って聞いたら、
「そんなことない!」
っておっしゃってたんですけど‥‥。
試写を見た後に鶴瓶さん、
「松さんがやってんのん、あれなに?
 あれ、オナニーやんなあ」って。
「あのう、台本に書いてあります」みたいな(笑)。

(つづきます)

2012-09-11-TUE

 

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