猫屋台 nekoyatai

ハルノ宵子さんの、お料理と、猫と、父。

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猫屋台

最終回 猫屋台に行くことは。

ハルノさんは、著書の
『それでも猫は出かけていく』で、
こんなふうに書いています。


我家は猫たちにとって、たとえるなら中世の民衆に開かれていた“寺”・アジア的なお寺の役割なのかな、と思い至りました。飢えている者がいれば施す。来る者は拒まず、去る者は追わない。特に説教もしない。軒下に病む者がいれば最低限の薬を。死にかけた者にはなるべく安らげる場所を。中には勝手に軒下に居着く者もいれば、縁あって寺に入る者もいる──これからも猫さんたちにとって、そんな場所でありたいと思います。
   ──ハルノ宵子著『それでも猫は出かけていく』あとがきより



ハルノさんは猫に対して
これを書いているのですが、
相手が人間であろうと同じ視点だと思います。

2014年6月、猫屋台の完成を祝って
スピークのみなさんとハルノさん、「ほぼ日」の菅野で
食事会を開くことにしました。
場所はもちろん、猫屋台です。


▲久しぶりの、スピークのお三方。
 吉里裕也さん、宮部浩幸さん、川合知子さん。


▲水タコとパクチーのサラダ、イワシのパン粉焼きなどが
 「前菜」に並びます。

スピークのみなさんが
ハルノさんのお料理を食べるのは、はじめて。
そのおいしさにみんなが驚いていました。

さて、ハルノさん。
冬から夏、しばらく猫屋台をやってみてどうでしたか?

「だめだね、こりゃ商売にはなんないと思う」

そうですね。
だって、いつも、この量じゃ‥‥。


▲魚のすり身、帆立、大葉、チーズを巻いて
 春巻きのような皮で揚げたもの。
 いちいち全部がおいしいのです。

「でも、父の書斎見学を組み入れて
 大学のゼミをここで開いてくれたりする人たちもいます。
 有効活用してもらってる感じがあるから、
 そういうことが、いまはうれしい」


▲あさりのワイン蒸し。ぷりぷりです。
ここで、あらためて
スピークのみなさんに
今回の猫屋台のリノベーションを手がけた
感想を訊いてみましょう。

まずは吉里さん、どうでしたか。


▲ハルノさんと、ビールで乾杯。
「ハルノさんは、
 こうしたい、ああしたい、ということが
 明確にある方でした。
 どうでもいいことはどうでもいい、と
 こだわらない部分もはっきりしていたので
 ぼくはやりやすかったです。
 
 でも、最初の半年くらいはなにも決められず
 方向性が定まっていなかった時期がありましたよね。
 あの時期はきっと、ご本人も、
 わかっていなかったんじゃないかな?
 と、ぼくは思います」

そうですね、最初はやっぱりおかあさんが
亡くなったばかりでしたから
そこからいっしょに探っていく道のりでした。

「ハルノさんとお話するとおもしろいから
 ここに来てはみんなでおしゃべりする、
 という感じでしたね。
 
 でも、やっぱり料理屋さんとして営業するんだ、
 ということを決めて、ハルノさんは
 ご自身で食品衛生責任者の免許を取りにいきました。
 そこから保健所、消防署、という流れになって
 実現したいこと、クリアすることが
 より明確になりました」


▲舌鼓を打ち続ける3人。夏の猫屋台、うまい。
宮部さんはいかがでしょうか。
一見、猫屋台は
前の吉本家とあまり変わらないようにも感じるのですが。

「『劇的ビフォーアフター』のようには
 なりませんでしたよね。
 どちらかといえば、
 劇的ビフォービフォー、
 という感じでしょう(笑)。
 もうね、グレートビフォー、です。
 見よ、このビフォーとの違和感のなさ。
 これが、ハルノ宵子さんである、と思います」

打ち合わせ期間のあいだに、
ハルノさんのキャラクターに寄り添って
この改築計画を進めた、みなさんがすごいです。
住居の改築は、それぞれの人の
夢の暮らしを実現することです。
その個人が「よかった」と心から思うことを
実現しなければ、仕事としてまるで成り立たない。


▲ベーコンとほうれん草のキッシュを取り分けるハルノさん。
最後に、「担当者」として奮闘された
川合さんはいかがでしょうか。

「そうですね、まず最初はすごく
 難しい仕事だったと思います。
 でも‥‥じつは私が
 ずっと『仕事』のなかでやりたかったことを
 やっとできたのかな、というふうにも思います。
 


 ほかのふたりが言っているように、この猫屋台の仕事は
 めざす頂上がある『登山』ではなく、いわば
 『散歩』のような仕事でした。
 ハルノさんといっしょに、みんなで散歩をしていく。
 時間はかかるし、
 コミュニケーションも急激ではないけれど
 ハルノさんからうかがったことをつむいで、
 みんなで叶える過程の時間を
 じっくり持つことができました。
 仕事って、ほんとうは
 そんなにスピーディーにいかないものです。
 実際にはそういうもんなのかな、
 これがほんとうの仕事のやりかたなのかな、と
 うすうすわかっていたけど、
 実際にそうなっちゃったことがはじめてだったかな?」

この、まったくどこも変わっていないように見える
猫屋台だけど‥‥。

「でも、ここで、みんなでソバ食べてるぞ。
 なんでだ? 不思議ですね」

不思議だなぁ。


▲シメのとろろ冷やしソバ。

▲シロミちゃんは定番席。

▲吉本さんも、定番席。

▲「ごちそうさま」のあと、みんなで。
そして帰り道、私は思いました。
この家のあるじだった吉本隆明さんは、
思想家で文芸批評家で、
いろんな論争をしてきた人です。
私は吉本さんの晩年に、糸井重里との対談に同席したり
校正などのやりとりをしましたが、
そんなにやすやすとは、人を褒めたり
「いいですね」とおっしゃることは
なかったのではないか、と思っています。

でも、この猫屋台を見たら、
「ああ、けっこうじゃないですか」と
吉本さんは言うにちがいないと確信します。


▲宮沢賢治賞を受賞したときの吉本さん。
 ハルノさんがつきそっていた。

吉本隆明さんの著書を読んで
むずかしくてよくわからない私のような人間でも、
ここに来て、吉本隆明さんとすごした
ハルノ宵子さんのごはんを食べれば、
「吉本隆明」がわかる。
猫屋台はそういう場所である。
私はそう思います。


▲糸井重里はいつもなにかあれば
 吉本さんに話を聞きにいっていました。

猫屋台は、東京の駒込にあります。
吉本隆明さんの書斎の見学は
午後おそめなら、わりと自由にできると思います。
ただし、「屋台部門」の猫屋台は、
まだ本格始動はしていません。
なにぶん、ハルノさんひとりできりもりしている
ちいさな屋台ですので、
試行錯誤ですすめていくそうです。
運営が本格的になるような日が来たら、
みなさまに改めてお知らせをいたします。

※電話で予約くださった方のみ、
 一般のみなさまにも「猫屋台」を
 ご利用いただけるようになりました。
 まことに申し訳ないのですが、「ほぼ日」では
 「猫屋台」の電話番号をお知らせすることはできません。
 調べて電話をしてみてください。
 (ほとんど留守電ですがかけ直せるよう連絡先を残してください)
 2015年6月15日追記

いろんなことで迷ったり
焦りそうになったら、私はまた
吉本さんに考えを聞きに、
ここのごはんを食べに来たいと思います。



これで、この連載は終わりです。
ありがとうございました。


「猫びより」7月号掲載内容より抜粋)

(おしまい)

おまけ

猫屋台のササミサラダ

おいしそうなものがたくさん登場した連載でしたが、
かんじんの猫屋台の営業はたいへんあやふやな状態なので、
ここでハルノさんのお料理をひとつ
ご紹介しようと思います。
猫屋台の看板メニューは
ハルノさんお得意のサンドイッチと
あの「恐ろしいササミフライ」だと思うのですが、
サンドイッチはまだ食べたことがなく、
ササミフライは爆発してむずかしいとのことですので、
わたくし菅野が猫屋台で食べたもののなかで
いちばんおいしかった
「ササミサラダ」をご紹介します。

■材料(量は好みで調節してください)
白菜 長芋 鶏のササミ
オリーブオイル めんたいこ レモン マヨネーズ 塩
チャービル

■つくりかた
 白菜はざく切りにする。
  長芋は拍子切り。
  ササミはひとくち大に切るか、裂いて、
  レンジで酒蒸しする。
  (加熱しすぎないように注意してください)

 オリーブオイルにめんたいこをほぐしたもの、
  レモンの絞り汁を入れる。
  マヨネーズは少々、という感じで加える。
  お好みで生クリームを少しだけ足してもいい。

 全体をあえ、最後に、
  めんたいこの生臭さを消すため、
  チャービルを加え、あえる。
  パセリのみじん切りでもよい。


▲食べ終えてから「これはレシピを訊かなくちゃ!」と
 思いついたので、こんな写真しかなくてすみません。
 でもほんとうにおいしかったので、
 ぜひ、つくってみてください。



2014-10-10-FRI