NATIONAL GEOGRAPHICにあこがれている。
第4回 探検は、終わらない。
──
これまで100年以上、
地球を探検してきたナショジオですけれど、
たとえば武内さんの
心に残っている「成果」って、何ですか?
武内
沈没船を見つけるような深海探査もすごいけど、
ナショジオには
「人類の起源」を追求する姿勢がずっとあって。

奥野さんが感銘を受けたという
第3の人類デニソワ人の特集しかり‥‥ですが。
──
最近では「ホモ・ナレディ」だったりとか、
初期人類の研究については
折にふれて特集されている印象があります。
武内
ナショジオが取り組みはじめたころって
「人類の起源はアジア?」
という説のほうが、力を持ってたんです。
──
え、そうなんですか。
武内
そんななか、ナショジオは、
「アフリカ起源説」を唱えていた古人類学者を
支援することに決めました。

ルイス・リーキーという人なんですけど。
──
ええ。
武内
結果、リーキー博士は
アフリカ・タンザニアのオルドヴァイで
ホモ・ハビリスという、
もっとも初期のヒト属の骨を発見します。

そこから
「やっぱり起源はアフリカかもしれない」
という流れを引き戻したんです。
──
世界の潮流と反対の説を支援するのって、
なかなか簡単じゃないですよね。

なにせ、研究のお金を出すわけですから。
武内
ええ、そうだと思います。
──
直感的に「こっちだ!」と感じるものが
あったってことでしょうか。
大塚
ナショジオというのは、
言ってみれば「応援団」なんですよね。

探検家でも研究者でも、
何か先駆的なことをやりたい専門家がいて、
その仮説なり心意気なりに
なにか、感じるところがあったら
「わかりました、支援しましょう」と。
──
応援団。まさに、そんな感じがします。
大塚
なので、その活動のなかには、
マチュ・ピチュやタイタニック号の発見など
大きな成果もありますし、
逆に、たいしたことのない結果に終わったり、
失敗したりした活動なども、
当然、それなりにあるんですよ。
──
つまり、成功ばかりではないと。
大塚
地球のことを、もっともっとわかりたい。

そのためにエクスプローラーを支援し、
何らかの新しい知見を得たら
「雑誌の誌面や、
 映像番組でシェアしましょう」ってことを
ずっと、やってきたんです。
──
人類の好奇心を応援してる、みたいな。
大塚
そう、好奇心や探究心を持って、
何か求め、行動する人たちを支援する。

そういうメディアなんです、昔から。
──
ナショジオは、もう100年以上も
使命を持って活動されてきたわけですけど
探検する場所って、
地球上に、まだ残ってるんでしょうか。
芳尾
物理的な「場所」ということなら、
地球上には
だいぶなくなってきてはいると思います。

でも、たとえば、田邊優貴子さんという
生態学の研究者がいて、
彼女は、これまで何度も南極へ通って
現地の生態系を調べてらっしゃるんです。
──
ええ。南極の、生態。
芳尾
厚さ4メートルの氷の張った湖に
穴を開けて潜り、
冷たい水底の生態系を調べていたりします。

そんなところ、これまで
ほとんど誰も、行ったことがないんですよ。
──
はー‥‥そうでしょうね。
芳尾
そこで田邊さんの撮影してきた映像を見たら、
本当に、驚きますよ。

1年のうち、ほとんどすべての期間が
氷に閉ざされている湖の底に、
まるで草原かのように、
一面、緑の植物が広がっているんです。
ナショナル ジオグラフィック日本版 2015年10月号 p146-147 より
──
南極の湖底に、緑の草原‥‥。
大塚
ナショジオも支援したんですが、
映画『タイタニック』や『アバター』の
ジェームス・キャメロン監督が
一人乗りの潜水艇に乗り込み、
世界で最も深いマリアナ海溝の潜水調査に
挑んだんですけど、
海の中というのは、
これまで、ほとんど探査されてない領域。

ここを、次なるフロンティアとして
探査していくことは、ひとつありますね。
武内
うん。
大塚
あるいは、時代が変われば、
地球の状況も変わっていくじゃないですか。

たとえば「温暖化」なんてことは
ナショジオ創成期、誰も言わなかったこと。
──
ええ。
大塚
どうして、温暖化が起こっているのか?
わたしたちは、
どのように対処していったらいいのか?

それも、ひとつの「探求」だと思います。
NATIONAL GEOGRAPHIC プレミアムフォトコレクション p171-173 より
──
物理的な場所ではないけれど、
探求すべき「領域」なら、まだまだあると。
大塚
周囲の状況に対する探究心や冒険心さえ、
われわれ人類が失わなければ、
テーマは尽きることはないと思っています。

で、それは、失われないと思うんです。
──
ナショジオって
やると決めたら徹底的にやる感じですから
それこそ徹底して
新しいテーマを追い求めるんでしょうね。
武内
徹底的といえば‥‥2013年9月号、
気候変動についての特集が、あったんです。
──
はい。
武内
その号の付録がすごくて‥‥
「世界の氷がすべて融けたらどうなるか」の
ワールドマップなんですが。
──
つまり、水位がどれくらい上がるかの地図?
武内
そう、地球上の氷がすべて融けてしまうと、
アマゾン川流域もだいぶ水没するし、
東アジアだって
北京のあたりまで、海になっちゃうんです。
──
うわあ、そうなんですか。

ナショナル ジオグラフィック日本版 2013年9月号付録
武内
それはいいんですけど、
いや、ようするに何が言いたいかというと、
「世界の氷すべてが融けたときの
 海面上昇を示すマップ」
って、突き抜けてると思うんです、考えが。

単純に、つくるのも大変でしょうし。
──
‥‥たしかに。
武内
ナショジオには、よく、
いろんな地図が付録としてついていますが、
それらは、
地図制作の専門部署がつくってるんですね。

海面上昇マップについては
外部のスペシャリストの研究成果をふまえて
描いてるんでしょうけど、
「何も、すべての氷を融かさなくても‥‥?」
という気がすごくするんですよ。
──
なるほど(笑)。この世界に
氷がひとつも存在しない状況を想定するのは
極端すぎないか、と。
武内
知的には、すごくおもしろいとは思います。

でも、ふつうは
これくらい地球の平均気温が上昇したら
これだけ氷が融けて、
結果これだけ海面が上昇する、で十分でしょう。
──
でも、その徹底ぶりが
ナショジオらしいところなんでしょうね。
大塚
ちょっと、お茶目な感じすらして‥‥(笑)。
──
しますね。すごいします。

当然、真面目にやってらっしゃるんですが、
一歩引くと「やりすぎでしょ!」みたいな。
武内
その感じ、あるね‥‥(笑)。
大塚
氷、ぜんぶ融かしてみたかったんだろうね。
武内
そう言えば、DVDの企画で
「海の水をぜんぶ抜いてみました」という
特集もありましたね、以前。
──
また「ぜんぶ」ですか(笑)。
武内
どうやって海水を抜くんだろうなあ‥‥。
でも、あれ、ウケたんだよ。
大塚
売れましたね。
──
‥‥どうなるんですか? 抜くと。
武内
たとえば、世界でいちばん標高つまり
「海面からの高さ」の高い山は
エベレストですよね、言うまでもなく。

でも、海の水をぜんぶ抜いたら、
「ハワイ島のマウナ・ケア」のほうが、
はるかに高い山になるんです。
──
どういう理屈で?
武内
つまり、海の底から測ると
「標高9966メートル」になるんだって、
マウナ・ケアって。
──
おもしろい‥‥。海の水をすべて抜いたら、
そんな巨大なカタマリが姿を現すんですね。
芳尾
それって、ナショジオが、
海底の地図を持ってるからできることでも
あるんですよ。
──
あ、なるほど。
大塚
科学的なデータがきちんとそろっていて
かつ、それをどう見せれば、
おもしろがってもらえるかを考えているんです。
──
そこは、編集の力ですね。
芳尾
そのアイディア自体は考えついたとしても
「お金が」とか「データが」とか、
ふつうは諦めるところを、
ナショジオの人たちは、諦めないんです。
武内
人とお金というリソースをフルに駆使して
読者を驚かせようとしてるよね。
大塚
だから、アイディアがきちんと形になって、
読者を驚かせることができるんです。
──
大人が、真剣になって
地球を遊び場にしている感じがする‥‥。
武内
ああ、そうですね。そんな感じ。

『ナショナル ジオグラフィック』って、
そういう雑誌かもしれない。昔から。
<おわります>

2016-04-12-TUE