COLUMN

朱のお椀。

田代淳

パティシエ、塗師、イラストレーター、画家。
4人のクリエイターのみなさんに
「赤」についてのエッセイを書いていただきました。

たしろ・じゅん

塗師。ぬりものと漆継ぎ(金継ぎ)を行なう。
1970年、神奈川県生まれ。
岩手県盛岡市在住。
1991年に女子美術短期大学卒業後、漆の世界に入る、
東京や神奈川、岩手など複数の「漆継ぎ」教室で
漆の魅力を伝えている。
お椀などの漆塗りをはじめ、
わんこそばや片口などをモチーフにした
漆のブローチなども手掛ける。

Instagram
ブログ「うるしぬりたしろ」
Facebook
冊子『漆でなおす』

私が漆を始めたきっかけは、
20代の頃旅行した盛岡で
岩手のぬりものを見たことでした。
当時生活雑貨の店に勤めていて、
パリやロンドン行ってみたいわー、
という感じに過ごしていて
(実際その岩手旅行は予定していた
ロンドン旅行の代わりに行ったんだった)
漆器にはさほど興味が無かった私は、
漆ってこんなにきれいなものなの? と驚いた。
溜塗りは一見黒に見えるけど
縁のあたり、下に塗ってある弁柄漆がほんのり透けてる。
朱塗りはかなり落ち着いた深い赤。
どちらもツヤは控えめで加飾は一切無い。
特に朱の独特な色味に釘付けになった。

東京に帰っても気になって、
あのお椀を売る店で働きたいと思い、
お店に求人があるか問い合わせたけど無かった。
パリでもロンドンでも無く岩手に行きたくなったけど、
そのお店では働けない。
残念、凄く残念と落ち込んでいたら、
そのお店を教えてくれた知人が、
私が見たお椀を作ってるのは岩手にある漆の研修所で、
一度行ってみるといいよと教えてくれました。
研修所ということは作ることを習うところで、
私は自分で作れる気が全くしなかったけど、
あのお椀に近付けるならばと
その研修所に見学に行ってみることに。
2月の、今思えば岩手にしたら全然寒くない日でした。
盛岡から在来線で1時間ちょっとのところで、
電車のドアが自動じゃないことや
街にコンビニがないことに驚きつつも、
研修所にはあのお椀が沢山あって
遠かったけど来て良かったと思っていたら、
先生が「うちに来たらお椀作れるようになるよ。
ちょうど4月からひとり入ってくる予定だから
一緒にどう?」と言うので、
もう嬉しくなっちゃってその場で申し込みをしてしまった。
そこは冬にマイナス20度になる日もあることとか、
信じられないくらい自分が漆にかぶれることとか、
漆の仕事で食べていくのは楽じゃないこととか、
何にも想像もしなかった。
漆のことも何も知らなかったくせに、若いって怖い。

研修所に入って少し経った頃、
家で使ってみろと先生がくれたのは朱のお椀でした。
あの! お椀。
使ってみると手触りや口触りにうっとり。
それと使い出して面白かったのは経年変化。
漆は新品のときはセミマットだけど
使って洗って拭くことで少しずつ磨かれて、
段々ツヤツヤになっていく。
そして時間が経つと漆が透けてくるから奥行きが出てくる。
まるで薄い寒天の膜でおおわれているようなかんじ。
自分で使ってみてますます漆が好きになった。
でも好きと技術の習得は別の話で、
とにかく私は雑で不器用で要領悪くて、
研修生時代から今までずっと塗るのには苦労してます。
漆にも弱くていつもどこかかぶれてて痒い。

あの時赤いお椀を見ていなかったら? 
と思うこともあるけど、
天日で干したり温風をかけても乾かなくて
ジメジメしたところにおくと乾く、
木に塗れば防水になる、接着剤にもなる
ミラクル樹液である漆は知れば知るほど面白い。
好きこそ物の上手なれでいいじゃんと開き直って
漆の仕事をしています。

2020-05-31-SUN