伊藤まさこさんが
建築家の堀部安嗣さんにお目にかかったのは
2019年のこと(「weeksdays」の掲載は
2020年のお正月でした
)。
家をつくることは、来し方行く末を考えること、
というテーマでの対談でしたけれど、
当時の堀部さんも伊藤さんも、まだ旅の途中。
「終の住み処」をつくるのは、
すこし先の、未来の話に思えました。

あれから6年半が経ち、
伊藤さんは、東京では賃貸に住み、
軽井沢に山荘を持って往き来するというスタイルに。
いっぽう堀部さんは、2024年の11月、
神奈川県の葉山に自邸を完成させます。
堀部さんの30年を超える建築の仕事における
ひとつの答えであり、
住まいの設計の実験を兼ねているというこの家を、
伊藤さんが訪ねました。
事務所のスタッフであり、
今回の自邸を共同で設計した妻の美奈子さんをまじえ、
それぞれの考える暮らしと住まいについての話です。

写真=有賀 傑

堀部安嗣さんのプロフィール

堀部安嗣 ほりべ・やすし

建築家、京都造形芸術大学大学院教授。
1967年神奈川県横浜市生まれ。
筑波大学芸術専門学群環境デザインコース卒業ののち、
益子アトリエにて益子義弘氏に師事、
1994年、堀部安嗣建築設計事務所を設立。
住宅建築を主軸に活動を続ける。
2017年、設計を手がけた客船
guntu(ガンツウ)〉が就航。

2002年《牛久のギャラリー》で第18回吉岡賞を、
2016年《竹林寺納骨堂》で日本建築学会賞(作品)を、
「立ち去りがたい建築」として
2020年に毎日デザイン賞を受賞。

「weeksdays」には2020年の対談
[「ただいま」の場所。終の住み処を考える。]に登場。

著書に
『ガンツウ | guntû』(millegraph)
『住まいの基本を考える』(新潮社)
『小さな五角形の家:全図面と設計の現場』
(学芸出版社)

『建築を気持ちで考える』(TOTO出版)
『建築と利他』(共著/ミシマ社)
『堀部安嗣 作品集  Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ 
全建築と設計図集』(平凡社)

『書庫を建てる―1万冊の本を収める
狭小住宅プロジェクト―』(新潮社)

『堀部安嗣の建築 form and imagination』
(TOTO出版)
など。
ムックに『別冊太陽スペシャル 建築家 堀部安嗣
人と自然のあいだに、ずっとあるもの』

●ウェブサイト

05
僕って男の子だったんだ

伊藤
堀部さんは写真がお好きなんですね。
棚に、古いフィルムカメラがたくさん。
ああ、これはやっぱり、集合住宅では
なかなかできないことですよね。
美奈子
ここに堀部がいるときは、
私は立ち入らないようにしているんです。
私は私で、母屋にいれば、
基本、仕事も生活も完結できるので。
伊藤
それって大事ですね。
お互いの距離感。
葉山にいると、
それぞれのお仕事も捗りそうですね。
美奈子
東京の事務所では、
どうしてもいろんな仕事が
雑多に入ってきますしね。
伊藤
そうですよ、声をかけられたりして。
美奈子
なので、ここだと、集中して考えたり、
原稿を書いたりする仕事が捗るんです。
外からの情報をシャットダウンしつつ、
かといってカリカリするタイプでもないので、
息抜きが必要ならドラムを叩いたり。
伊藤
ここでゴロゴロしたり?
美奈子
はい、ゴロゴロして。
母屋からふと、あれ? 静かだなと思ったら、
ドコドコ聞こえてきて、また静かになって、
しばらくすると「原稿、できた!」とか、
「図面ができた」って。
伊藤
やっぱり書き仕事は集中できそう。
水回りはつくらなかったんですか、
お茶を淹れるみたいな。
美奈子
ここはトイレだけですね。
お茶は母屋から持っていくことにして。
伊藤
どんどん大きくなっちゃいますもんね。
その代わりドラム部屋はあると。
美奈子
ふふふ、そうですね。
伊藤
嬉しかったでしょうね、堀部さん。
東京にいるときドラムが叩きたければ
スタジオに行くしかないですもの。
美奈子
いっとき、電子ドラムでやったりしてましたけど、
楽器の楽しみとして違うって。
伊藤
デスクの正面に棚があることで、
より“こもり感”が出ますね。
玄関側には、ソファ。
美奈子
これソファベッドなので、
お客さんを泊めることもあるんですよ。
伊藤
あ、いいですねぇ。お手洗いはあるし。
美奈子
離れをお客さんに使ってもらうと、
母屋に泊まるのと全然違うとおっしゃいます。
私たちの感覚としても、そうなんですよね。
伊藤
お互い、いいですよね。離れ。
ここも全館空調の一部ですか。
美奈子
母屋は1台のエアコンと1台の換気扇を
ダクトで全部つないでいるシステムなので、
それを全館空調と言ってまして。
離れは普通の換気扇と、
ドラム室の中にエアコンがあります。
窓も開きますし、断熱など建物の性能を
しっかり上げているので、
エアコン1台でも快適なんですよ。
伊藤
そうなんですね。
ところで今、建築の現場では、
資材の調達が大変じゃないですか?
美奈子
そうなんです。
いろいろやりくりしています。
地元の工務店さんと相談しながら。
伊藤
全国に建設の現場はあると思いますが、
それぞれ、その地元のかたがたと協業を?
美奈子
そうですね。今、北海道のほうでやってますけど、
施主の方から依頼をいただいて、
まず最初にすることは工務店、大工さんを探すことです。
ちゃんと探して、いい人が見つからないうちはできません。
まずそういう時間を設けるんです。
伊藤
先日、堀部さんが設計なさった
選書家の幅允孝さんの京都のあたらしい拠点
鈍考/喫茶 芳」に伺いました。
施工は大阪の「羽根建築工房」が
担当なさったとお聞きして。
若い大工さんたちがいらっしゃるとか。
美奈子
棟梁は29歳のかたでしたね。
伊藤
お庭もすごく素敵でした。
美奈子
ありがとうございます。
滋賀の「いば庭園」の庭師、
伊庭知仁さんにお願いしました。
ちなみにこの葉山の家は、造園家である堀部の姉、
堀部安樹(あき)さんに庭作りをしてもらいました。
伊藤
堀部さんのお姉さまが造園家って、
よくぞ! の組み合わせですね。
ここのお宅は、そういうランドスケープのよさと、
建築の細部のよさ、両方がありますよね。
‥‥このレンガも素敵です。
美奈子
これはレンガ屋さんに相談して、
半分にスライスして張っているんです。
瓦とも合うように。
伊藤
ドアノブもかわいい。
真鍮ですよね。
美奈子
はい、最初は金色ですが、
経年変化で黒くなっていくのがたのしみです。
伊藤
なんて言うのかな、
「カッコいいけど住むにはちょっと」
という設計ではなく、
広すぎないサイズ感で、すばらしいです。
美奈子
ありがとうございます。
分かっていただいて、うれしいです。
伊藤
(ふたたび母屋に戻って)
あの離れ、男の夢じゃないですか。
堀部
恥ずかしいです。
伊藤
男の夢すぎますよね。
堀部
僕って男の子だったんだって思います(笑)。
伊藤
私、軽井沢の山荘を改装するときに
設計や施工で建築関係のみなさんとご一緒して、
すごい仕事だと思ったんです。尊敬しました。
施主の意見には、設計上、無茶だと感じたり、
現実的ではない提案だったりすることもあるでしょうに、
どうやって折り合いをつけるんですか。
堀部
まず前提として、私たちの施主は
本当に皆さん、分かってらっしゃる人たちなんです。
伊藤
そっか! そうですよね。そもそも、
堀部さんに依頼をするわけですから。
堀部
大きな土台を共有してる感じが強くするので、
「あれ?」ってことは、ほぼ、ないんです。
細かいところで考え方の違いはあると思うんですけど、
「そういう考え方もあるのはごもっともだ」と納得して、
それに対応する設計に変えていくということは、
自然な流れなんですよ。
伊藤
これから住む人がこうしたいという意見や思いを、
きちんと言って伝えてくれるわけですか。
堀部
そうですね。
自分が想像していなかったことでも、
なるほど真っ当だなって思えます。
伊藤
例えば例でいうとどんなことがありましたか。
堀部
「玄関は要らないんです」とおっしゃるかたがいたら、
どういうことか意見をきいて対応しますし。
いろんな人がいて、いろんな暮らしがあるのだから、
建築に正解はないと考えているんです。
僕が考えたプランに対して、
「ちょっと広すぎないですか」とか、
「ここはこんなに要りません」とか、
逆に「ちょっとタイトすぎません?」とか、
いろんな意見があるんですよ。
伊藤
やっぱり正解ってないんですよね。
住む人も変化していくじゃないですか、
年を取りますし。
堀部
正解はないですね。
ましてや、家を設計してるときが全てではないので。
その人のこれからの心身の状況とか、
家族の変化とか、そういうのをご本人も
よく分かってるケースが多いので、
「ああ、そういうビジョンがあるんだったら、
こうしましょう」と、こちらが応えていく。
そういうことがよくありますね。
(つづきます)
2026-08-11-TUE