スポーツ弱者をなくすためにつくられた
「ゆるスポーツ」は教科書にも掲載され、
あらゆる世代のおたのしみの時間になっています。
全盲のお子さんがうまれたことで、
すべてが変わったという澤田さん。
モヤモヤとした気持ちを昇華させ、
毎日「コンセプト」を考え続けることで、
スポーツだけに留まらず、あらゆる分野で、
新たなアイディアを次々とカタチにしています。
その度に、ちょっとずつ
息がしやすくなる人が増えて、
その先に、やさしい世界が広がっていく気がします。
担当は「ほぼ日」下尾(しもー)です。

ほぼ日の學校で、ご覧いただけます。

 

>澤田智洋さんプロフィール

澤田智洋 プロフィール画像

澤田智洋(さわだ・ともひろ)

1981年生まれ。言葉とスポーツと福祉が専門。
映画「ダークナイト・ライジング」の
『伝説が、壮絶に、終わる。』等のコピーを手掛ける。
東京2020パラリンピック閉会式の
コンセプト/企画を担当。
2015年に誰もが楽しめる新しいスポーツを開発する
「世界ゆるスポーツ協会」を設立。
これまで100以上の新しいスポーツを開発し、
30万人以上が体験。
海外からも注目を集めている。

また、2024年元日に発生した能登半島地震を受け、
100万点以上の物資を災害弱者へと届けた「届け.jp」、
障害があっても気軽に着られるファッションブランド
「裏表のない世界」など、
福祉領域におけるビジネスも多数プロデュースしている。
著書に『人生にコンセプトを(ちくまプリマー新書)』
『マイノリティデザイン(ライツ社)』などがある。

HP:https://www.sawadatomohiro.com/

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第9回 モヤモヤはチャンス

──
自分をよく見つめ直さないと、
コンセプトって出ないと思うんですよ。
むずかしくないですか?
澤田
そうですね。
ふたつのステップを頭に入れておくといいです。
ひとつ目がモヤモヤのとらえ方を変える。
モヤモヤしている自分って嫌じゃないですか。
なんか「ダークサイド出ちゃってる」気がして。
そうではなくて、モヤモヤって、
コンセプトに変身しうる、いい奴だから、
モヤモヤとした感情が沸き起こってきたときに、
「しめしめ。やったー」と思う。
モヤモヤのイメージをガラッと
自分の中でとらえ直すことが大事です。
ふたつ目が、みんな忙しいから、
モヤッとしてもごまかしたり流したり、
あるいはモヤッとしている自分が悪いと思っちゃう。
──
蓋をしちゃっているかもしれません。
澤田
蓋をしちゃうんだけど、
コンセプトに変わる素晴らしいものだから、
見逃さないで、ちゃんとキャッチしてほしい。
短歌をやっている人が、
短歌をやる人の目線で世界を見ると、
短歌のネタを見逃さないのと同じように、
コンセプトの目線を持つと、
モヤモヤを見逃さなくなるんですよね。
モヤモヤとお茶する感覚で、「君、誰なの?」と。
モヤモヤもいろんな分類があって、
そのモヤモヤを言語化できれば
コンセプトに昇華できるよねという感じで、
ほんとにモヤモヤと肩を組んで、
しばらく歩いてみると
ドロンってコンセプトに変わるみたいな感覚です。
──
モヤモヤはチャンスなんですね。
澤田
素晴らしいチャンスですね。
モヤモヤってほんとにね、
要らないやつだから、ほんとは(笑)。
除去できるなら除去したいんだけど、
それが自分の人生を救ってくれるって
夢みたいな話だから。
だとすれば、これ、
みんな使わない手はないんじゃないのって、
僕はすごく今みんなに言っています。
──
澤田さんのお話を聞いていると、
自分も他人もよく観察して、
それを言語化されていますよね。
澤田
「記号の解体」みたいな話は、
すごく意識しています。
僕は息子が障害者って見られるのが、
ちょっとモヤッとするんですよ。
もちろん社会保障の観点からすると、
障害者に認定されて、
様々な福祉的な支援を受けた方がいいから、
そういう区分というものが
社会上必要なのは、もちろんわかっているんですが、
過度に障害者というふうに彼が見られてしまうことに、
すごくモヤモヤするんですよね。
 
マルティン・ブーバーという哲学者が僕は大好きで、
彼は人が人と相対するときに、
見方がふたつあると言っています。
ひとつ目は、「我とそれ」。
「我」は私で、相手を「それ」と、
ある種、モノとして見ています。記号として、
「障害者」として見るみたいなことなんですよね。
これはフラットじゃない関係性です。
それに対してブーバーは、
ふたつ目の最適な関係性として、
「我と汝」を提唱しています。
「汝」っていうのは、「我」と同じぐらい、
あるいはそれ以上に大事な存在、
いつくしむべき存在として相手をとらえなさい。
しかもそれが人間だけじゃなくて、
動植物とか虫とか様々な生命に対して、「我と汝」
という目線で向き合いなさいと彼は提唱しています。
「ハッ」としました。
それもコンセプトなんですよね。
要は「我とそれ」と「我と汝」という
対のコンセプトなんです。
昭和まで続いてた、人を記号として見る時代も
終わってきて、記号を解体する時代に入ってきました。
それはつまり人は多面的な存在だから、
障害があるというのは息子の一面であり、
たしかにそれは間違いないんだけど、
他の面では単に電車が好きとか、
いろんな側面もあるわけです。
──
愛をもって目の前の人を見るということですかね?
澤田
「多様性の時代に重要なのは多面性である」
というのは、僕が提唱しているんですけど、
そうすると、下尾さんとこうやって話してても、
僕、絶対、下尾さんを
一面だけで見ないように心掛けています。
様々な下尾さんの面っていうのを自分なりに考えて、
チームとしての下尾さんを見てるんです。
ひとりの相手を複数形で見るまなざしなんですけど。
つまり「すべての I はWeである」ってことです。
だからアイデンティティ(Identity)じゃなくて
ウィーデンティティ(WEdentity)
と僕は呼んでいます。
Weとしてひとりの人を見たときに、
絶対記号としてとらえないんですよ。
何々会社の「部長」とか、肩書でとらえない。
そうすると、当たり前だけど、
ひとりの人間と人間で「我と汝」関係になるから、
それが愛に見えるのかな(笑)。

インタビューを受けている澤田さん

(つづきます)

2026-09-06-SUN

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  • お知らせ

    WHITE LETTER

    全盲のお子さんと一緒に
    澤田さんがはじめた「ホワイトレター」。
    点字だからこそ伝えられる想い。
    遅いコミュニケーションがもたらす、
    新たな絆が芽生えるなあと思って、
    昨年15歳になった息子に、
    ホワイトレターを送りました。
    照れくさいことだって、
    堂々と言えちゃいます。

    HP:https://www.whiteletter.jp/

    ノールック書道

    ノールック書道!?
    響きからして、とってもおもしろい。
    澤田さんが授業参観のときに目撃した
    盲学校の子どもたちが書いた書。
    そのエネルギーと圧倒的な自由こそ、
    今の社会に必要だと思ったそう。
    視覚に頼らず、身体と感覚だけで
    筆を走らせるなんて、絶対たのしい。

    HP:https://www.nolookcalligraphy.com/