27年間、ニッポン放送でアナウンサーをしていた
吉田尚記(ひさのり)さんは、ちょうど
この収録の前日に会社を辞めました。
会社員時代から新しいことに次々挑戦し、
働くことは自由だと体現してきた吉田さんが
さらに自由になって、
いまはどんなことを考えているのでしょうか。
後半はなぜか、吉田さんの大学の先輩、
レ・ロマネスクのTOBIさんもカレーとともに登場し、
ふたりである計画を立てました。

>吉田尚記さんプロフィール

吉田尚記(よしだ・ひさのり)

1975年、東京都生まれ。
慶應義塾大学文学部卒業。
元ニッポン放送アナウンサー。
ラジオ番組でのパーソナリティのほか、
テレビ番組やイベントでの司会進行など幅広く活躍。
東京大学大学院情報学環学際情報学府在学中。
漫画、アニメ、アイドル、デジタル関係に精通し、
「マンガ大賞」発起人となるなど、
アナウンサーの枠にとらわれず活動を続けている。
2012年に第49回ギャラクシー賞
DJパーソナリティ賞受賞。
著書に『なぜ、この人と話をすると楽になるのか』
(太田出版)、
『元コミュ障アナウンサーが考案した
会話がしんどい人のための話し方・聞き方の教科書』
(アスコム)など。

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【第1回】労働しているつもりはなかった

吉田
どうも、きのう、
会社を辞めました吉田です。
よろしくお願いします。
──
辞めたてほやほやですね。

吉田
まだ、辞めてから24時間経ってないです。
──
吉田さんは、きのうまで27年間、
ニッポン放送に
勤めていらっしゃったんですよね。
吉田
はい、ニッポン放送で
アナウンサーをしていました。
なってみて初めてわかったんですが、
アナウンサーって、
かなり特殊な職業なんです。
もちろん「ニュースを読んで伝える」
ということは大切な役割ですが、
それは仕事の一部です。
アナウンサーの仕事をひとことで言うと
「わかる日本語で、時間どおりにしゃべる」
ということで、それができたら、
もうアナウンサーなんですよ。
──
ええー、簡単におっしゃいますが‥‥。
吉田
「この法律を全部理解し、
この試験を合格していないと
アナウンサーではない」
というわけではないですから。
──
そういえば、アナウンサーは、
意外と資格職じゃないですね。
吉田
はい、まったく資格職じゃないです。
ぼくの場合は、
アナウンサー採用の試験を受けて、
会社が採用してくれたので
アナウンサーということになりました。
が、誰でも「私は時間どおりに、
わかる日本語でしゃべれます」という方は、
名刺にアナウンサーと書いたら
アナウンサーになれます。
──
そんな(笑)。
「自称」アナウンサーですよ、それは。
吉田
ぼくも、いまはもう放送局に
所属していないので、
これからは自称アナウンサーです。
──
うっかり私が「自称アナウンサー」
のワードを出したばっかりに、
吉田さんに新しい肩書が
ついてしまいました‥‥。
吉田
本当にそうなので、
気にしないでください(笑)。
自称アナウンサーです、
よろしくお願いします。

──
吉田さんは、2020年にもほぼ日の取材を
受けてくださって
「33の悩み、33の答え。」)、
「会社員でもやりたいことがやれるんです」
と話してくださいました。
実際に、会社に勤めながら
たくさんのことをされてきた、
自由な会社員だった吉田さんが、いま、
なぜフリーの道を選んだのでしょうか。
吉田
ニッポン放送はほんとにいい会社で、
「なにかやりたい」と言ったら
どんどんやらせてくれました。
いま思うと、自分でも
「あれはなんだったんだろう」と
感じるくらいの詰め込み方で、
「おもしろいから見に行ってみよう」
「おもしろい人がいるから会いに行こう」
「おもしろかったから、この人に
放送に出てもらおう」
「放送に反響があったから、
そのあとを追っかけてみよう」‥‥
みたいなことをずーっとやってたんですよ。
このとき「労働をしている」という気持ちは
1ミリもなかったんです。
──
楽しくて、やっていたんですね。
吉田
そうです。
「次はこんな企画を思いついたから、
これが必要で、これやって、
やっていたらこんな変わった事件が
起きちゃったからラジオでしゃべろう」
というふうに、やりたいことが転がって、
楽しいからやっていたのに、
だんだん、それが「長時間労働」と
みなされるようになってしまったんです。
それに、アナウンサーは、
放送本番は15分であっても、
その15分のためにまる2日準備することも
ありえるんです。
となると、労働時間は15分なのか、
2日なのか、わからないですよね。
──
そうですね。とくに、吉田さんのように、
自身のやりたいことが仕事の企画と
重なっていた場合は、
どこからが労働なのか、
あいまいになりそうです。
吉田
そうなんです。だから、ぼくからすると
「いや、ぼくがやっていることは
プライベートということで、
労働時間に含めなくてもいいです」
と言いたかったですが、もちろん、
ぼくひとりにそれを認めることはできません。
でも、自分の仕事が求められていて、
それに応えることほど幸せなことは
ないと思うんです。
それに、深夜のラジオなどでは、
放送が終わったらなるべく早く帰るようにと
言われるんですが、
放送後にみんなでリラックスしながら
話しているときに、
次の企画が生まれたりするんです。
なので、労働時間を理由に、
頼りにされていることや、
あったほうがいいことをしないのは、
自分は避けたくて。
会社を辞めて法人をつくり、
ひとり親方になったら、
自分の働き方は自分で決められます。
だから、フリーになることを選びました。
独立したあとも、
ニッポン放送での仕事は、全部継続して
やらせてもらえることになりました。
会社が「ここに入ってほしい」と
言ってくれるところに、
柔軟に入れるようになったので、
フリーになってからのほうが、むしろ
会社に恩返しができるんじゃないかと
思っています。
──
そうだったんですね。
てっきり、今年50歳に
なられるということで、
節目の年だからフリーになられたのかと
思っていました。
吉田
全然、そういうことではないです。
50歳という自覚もあまりないんです。
なにかの書類に年齢を書くとき、
いまだに「50?!」って思います(笑)。

(明日に続きます)

2026-07-21-TUE

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  • 聞き手:下尾苑佳
    書き手:松本万季
    デザイン:千野裕太郎