韓国のエンターテイメントが
ちょっとおもしろくなる授業、その2です。
韓国語のドラマや映画の字幕翻訳を
手がけられている朴澤蓉子さんに
翻訳の世界について教えていただきました。
字幕ってどう作られているんだろう?
翻訳家はどんなことを考えて訳している?
いろんな好奇心がくすぐられる
現場のお話を、たっぷりご紹介します。

協力:小池花恵(and recipe)

>朴澤蓉子さんプロフィール

朴澤蓉子(ほうざわ・ようこ)

1985年生まれ。宮城県出身。
東京外国語大学在学中よりアルバイトで
韓日映像翻訳に携わり、
2010年からはフリーランスとして活動。
映画『ミッドナイト・ランナー』『最も普通の恋愛』
『詩人の恋』の字幕翻訳やドラマの吹き替え翻訳など、
手がけた作品は100タイトル以上。
2020年、「第4回日本語で読みたい韓国の本
翻訳コンクール」で最優秀賞を受賞。
同受賞作『ハナコはいない』をクオン社より刊行。

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(2)『たりる』、足りるんだー!

──
どうしてそんなに翻訳が好きだったんですか。
朴澤
なんででしょうね、なんででしょうね。
いまだに思うんですけど、
どうしてこんなに好きなんだろう?(笑)
日本語に訳して、
ぴったりハマったときの気持ちよさもあるし。
「ここまで来たら十分だろう」がなくて、
常に勉強しないとやっていけない
ところも好きですね。
「もっといい翻訳ができるんじゃないか」
と毎回思いますし。終わりがない感じ。
文字って限られてるものなのに、
その組み合わせで作れるものは
無限じゃないですか。
台詞も文章も。シーンによっても違うし。
そういう無限のことばを、
ルールという制限の中にはめるのが
好きなのかな?
わからないですけど(笑)。
──
映像翻訳っていろんなルールがあるんですよね?
朴澤
そうなんです。
いろいろ制限があって、だからこそ
ひねり出されるものがある気がするというか。
震災後の話ですけど、
2013年ぐらいに東京でやっていた
「足りない活字のためのことば展」という
展示を見に行ったんです。
わたしは宮城県仙台市出身で、
親も被災して、夫の実家が気仙沼なので、
そういう意味でも東日本大震災には
いろんな思いがあるんですね。
で、その展示は、東日本大震災で
津波の被害に遭った印刷会社さんで
たまたま流されずに残っていた「活字」
(凸型の字型)をもとに、
いろんなアーティストや作家の方が
作品を作ったものだったんです。
そのときに、谷川俊太郎さんが、
震災後に残った活字だけを使って、
詩を作っていらっしゃって。
──
あ、谷川俊太郎さん。
朴澤
はい。だから使える文字が
すごく限られているんです。
「あ」「い」「う」「え」「お」
「か」「き」「く」「け」「こ」
といった文字のなかでも
津波で流れて失くなったものが多くて、
けっこう文字がたりないんですよ。
だけど谷川さんの詩は、
その活字のたりなさを
まったく感じさせないもので。
しかもその詩の題名が、
『たりる』だったんです。
それ見たときに
「わぁ‥‥」ってクラッときて。
──
おおー。
朴澤
すごく衝撃を受けました。
「まだまだやれるな」というか、
「やらなきゃいけないな」と。
いまだに思い出します。
『たりる』。
「たりるんだー!」って。
それも何というか、強い文章だったんです。
活字はぜんぜん揃ってないけれど、
谷川さんが書かれたのは、
たりないことをまったく感じさせない詩。
だからその、完全じゃないもののなかで、
できることがいっぱいあるんだなって。
字幕も、私自身も、
制限はたくさんあるけれど、
へこたれてちゃいけないなと。
(谷川俊太郎さんの詩『たりる』については、
ほぼ日の別のコンテンツで
できあがった過程とともにお読みいただけます)
https://www.1101.com/watch/2013-11-07.html
https://www.1101.com/watch/2013-11-08.html

──
お仕事のなかでへこたれることも、
実際ありますか?
朴澤
ありますあります。
毎週、毎日へこたれてます(笑)。
たとえばドラマ1話分を訳すのに
1週間ぐらいの時間が与えられるんですけど、
数タイトルを掛け持ちしていることが多いので
すごく余裕があるわけではないんです。
どんどん出していかないと、
配信等の納期に間に合わない。
だから、その都度100パーセントを
出し切ってるつもりでも、
ふとしたときに
「ああすればよかった」
「この表現があったのに思いつかなかった」
といったことが出てくると、へこみますね。
──
ドラマの1話分って、60分とか70分とか?
朴澤
はい、その納期がだいたい1週間。
──
でもきっとその
「もっとこうすればよかった」が、
次の作品で生かされるんですよね。
朴澤
それもあります。
だから自分なりの「表現辞典」のようなものを作っていて、
悔しかったものはそこに書いておくんです。
「ほかにこういう訳もあったよね」とか。
あとそこには、
ほかの翻訳者さんの字幕を見て知った
「こんな訳し方もできるんだ!」
といったことなどもメモしてます。
──
翻訳のお仕事をされていると、
語彙のレパートリーって、
やっぱりどんどん増えていきますか?
朴澤
やればやるほど増える実感はありますね。
ある単語を見たときに、
以前だったら2つぐらいしか訳し方を
思いつかなかったのが、
いまは常にパッといくつか思い浮かんだなかで
最適なものを選べるように
なっているかもしれません。
でもそれも、頭の引き出しの中に
語彙はたくさんあるはずですけど、
しばらくそのジャンルの作品を
担当してなかったりすると、
知ってるはずの言葉がどこか
取り出しにくいところに行っちゃうんです。
なので「スパイものを担当する」となったら、
事前にスパイものの小説や映画に
触れたりしてますね(笑)。
遠くのほうにあった語彙を
取り出しやすいところに置いておくんです。
そのジャンルの脳みそにしておくというか。
──
つまり、韓国語の小説などに触れたり?
朴澤
あ、でも問題になるのは日本語なので、
日本語の作品を見てますね。
あるいは英語の作品を
日本語の字幕で見たりとか。
アクションをやるときは
『24 -TWENTY FOUR-』を見返して、
使えそうな単語をピックアップしたり(笑)。
そういうことはよくしています。
──
映像翻訳者って、
普通はどうやってなるんですか?
朴澤
いろんな方法がありますが、
私みたいにアルバイトから入る人もいれば、
最初は制作会社のチェッカーさんとして入って、
そのあとで独立して、という人もいます。
チェッカーさんというのは、
翻訳者が作った原稿の誤字脱字とか、
「ら抜きがありますよ」とかを
チェックしてくださる人なんですけど。
──
本や雑誌の校正さんみたいな。
朴澤
そうですね。
ただチェッカーさんは
単なる間違いだけじゃなく、
「意味がわかりにくいので代案ください」
「この部分、つじつまが合わないんですが」
といったクオリティのチェックもおこないます。
「校正・校閲」という感じですね。
なので実は字幕翻訳って、
翻訳してそれで終わりではないんですよ。
チェッカーさんのチェックを反映させて、
さらに作品の権利者の方にも見てもらって、
直しを入れて‥‥。
実際にはそういう作業を
何回かやった上で世に出ています。
だから、意外とチーム作業なんですね。

(つづきます)

2023-02-07-TUE

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