被災地で拾われた『足りない活字』。
人々の思いがリレーして
奇跡のように詩人たちに届いた。
谷川俊太郎さんはどう詩をつむいだか。
きのうに続いて2回目です。


ミッション

「不自由さが楽しいんですよ」

と谷川俊太郎さんは笑った。

「ほら、若いころお金がないじゃないですか。
 なんか、お金が全然足りないんだけど、
 友人の結婚式に何を買おうかといって
 古道具屋とか回ったりして
 安い店できれいなもの見つけたりとか
 そんな感じに似てますかね」

足りない活字で詩を作らないか。
そんな申し出を受けたとき
谷川さんは「面白い」と思ったという。
不自由だからこそ、出来るものがあるはずだと
即座に引き受けた。

「我々がいま書いているのは、
 自由詩ですよね。何を書いてもいい。
 なんでもありの世界。
 でもたとえば、伝統的な俳句短歌というものは、
 五七五、あるいは五七五七七で形がありますよね。
 自由詩というのは、自由なんだけど、
 なんか自由すぎて、なんか入れ物が欲しいと
 ぼくなんかは常にあるんですよ。
 それでわざわざ、たとえば、
 12文字、3行で書こうとか自分で決めたりして
 入れ物作ったりしているんですけど。
 足りないということは、一種、
 入れ物ができるということなんですよね。
 たとえば、『か』の字が3文字しか使えないとか、
 いろいろ考えて苦労するでしょ。
 そういう職人的作業が楽しいわけです」

「普通の人からみたら、
 ぜんぶ揃ってて、自由に書けるほうが
 幅広い世界が描けるんではないかって思いますよね?」

「普段からそれやっているわけですから。
 なんか逆に足りないのでやるのが楽しいなあと」

谷川さんが初めて詩集を出したのは1952年、
当時はもちろん活字による印刷だった。
申し出受けたのは
活字への懐かしさもあったという。

そして谷川さんは次のような詩をつくった。
タイトルは『たりる』。

       かけたかつじは
       てにひろわれて
       あらたなかみに
       わがみをゆだね
       ことばのはかげに
       ひとをいこわせ
       あしたをうたう
       ほんをゆめみる




足りない活字を使った詩のタイトルを
なぜあえて『たりる』にしたのだろうか。

「足りないってことはないぞ、足りてるぞという、
 ちょっと挑発的に言ってみたわけですよ。
 どんな少ない言葉だって書けるぞ
 みたいな気持ちがありましたね」

まず活字の数を書きだした。
たとえば「か」は何文字とか
一覧をつくってから
谷川さんは詩をつくり始める。
最初の2行で
坂井さんが活字を拾った状況を描いた。
そして
『あらたなかみに
 わがみをゆだね』と続けた。

「このプロジェクトは
 最終的にできれば本にしたいと
 聞いていたので、
 活字が本になるまでみたいなものを、
 足りない活字で書けないかな。
 そういう感じですね。
 だから、最後に本が出てきますけど」

「じゃあ、最初にプロットとまでいかなくても、
 イメージみたいなものを頭に置いて書いた?」

「そうですね。はっきりはしてないんですけど、
 そういう風にいければというので
 やってるうちに、ああ、いけそうだとみたいな。
 そんな感じですね」

毎日、少しずつ言葉を探し
一週間ほどで書きあげたという。

「できた詩を読んでどう思われましたか?」

「うまくいったぜみたいな」

谷川さんは得意げに笑った。

「どうだ、足りてるだろ、みたいな」

拾われた活字の数が違っていたら
また異なる詩になっただろうと谷川さんは言う。

足りない活字というアイディが
面白かったから受けたという谷川さん。
インタビューのなかで
被災地との関わり方への思いも語った。

「被災地に出かけていって
 お手伝いするってわけじゃないし、
 ただお金出すってわけじゃなくて、
 こういうふうに、何かひねったお手伝いの仕方
 というものが好きなんですよ」

「なんかストレートなボランティアとかじゃなくて、
 みんなで面白がってやるってところですか?」

「そう、それに自分もクリエイティブに
 参加できるということですよね。
 もう歳ですから、
 肉体労働なんて絶対参加できないわけですからね」

谷川さんに話をうかがった日、
足りない活字と向き合った詩人たちによる
朗読会が開かれた。

「震災でばらばらになったものを拾って
 残ったもので、いろんなリレーをしてきて、
 今日朗読会をやる。
 なんか奇跡のようにも思えるんですけどね?」

「ほんと、だから、人間のつながりみたいなものがね、
 ぼくは貴重なような気がするし。
 被災地で拾って、しかも役立てようという発想が
 わいたというのもすごい。
 だいたい、たぶんあれ、ごみで捨てるはずなんですよ。
 役に立たないと思って」

そして谷川さんははっとする一言を発した。

「それを捨てた方も、クリエーターですね」

「あ、捨てた方も? それが一部残ったから?」

「拾った人もただ拾ったんじゃない。
 一種のクリエーターとして拾ったって
 感じがしますね」

谷川さんは最後にもう一度
「楽しかったですね」とつぶやいた。

(終わり)

2013-11-08-FRI
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