エッセイスト平松洋子さんは
日々の生活の中のふとした幸せや違和感の
瞬間を見逃さない。
そんなエッセイを平松さんが
何十年も書き続けてきた鍵は
早起きから始まる日々のルーティンにあるのでは?
そんな思いからスタートしたインタビューです。
読んでくださった方が
仕事をつづけることに希望を
感じてもらえたらうれしいです。
担当はほぼ日かごしまです。

ほぼ日の學校で、ご覧いただけます。

>平松洋子さん プロフィール

平松洋子(ひらまつ・ようこ)

1958年生まれ。
大学卒業後から書く仕事を始める。
2006年『買えない味』でBunkamura ドゥマゴ文学賞、
2012年『野蛮な読書』で講談社エッセイ賞、
2022年「『父のビスコ』で読売文学賞を受賞。
『食べる私』『日本のすごい味 おいしさは進化する』
『肉とすっぽん 日本ソウルミート紀行』
『おあげさん 油揚げ365日』
『ルポ 筋肉と脂肪 アスリートに訊け』など著書多数。

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第4回 「心地いい」を探す旅の途中

──
書く仕事というはハードな仕事だと思うんです。
それを長年続けてきたのは
大変だったのではないでしょうか。
平松
う〜ん、でもハードじゃない仕事って
世の中にないと思いませんか?
すべての仕事において楽な仕事はない。
私の場合は書くことを選んだわけですが、
書いたり読んだりしていないと、自分という人間が
自分じゃなくなる、保てなくなっちゃうから‥‥。
何十年も書き続けるのは、
確かにハードかもしれないけど、
好きで選んでいる。そこに尽きます。
──
たしかに、楽な仕事なんてないですね。
平松
書くことは長くやっていきたいと思ってます。
できるだけ長く続けて、
何ができるのか、新しいこと面白いことを
見つけていきたいと思ってる。
そのためにも、繰り返しになるけど、
毎日、体力も気力も
起伏が少なく穏やかであることが私には大事なんです。
できるだけフラット状態に自分を置いておく。
それがどうやら大事なことだぞと
長く書いていくなかで学習したように思います。
──
これからも書きつづけたいって思っているんですね。
その理由を聞いてもいいですか?
平松
書く仕事は完成形がないんですよね。
短い文章にしても、長い文章にしても
そのときの全力を出しているんだけど、
数学の解答用紙のように正否が
はっきりわかるものではないですよね。
それは、そもそも言葉の世界の領域はとても広くて、
ある意味底なし。
余剰や余白をとめどなく持っている世界だから
かもしれない。
「これはこういうことだったのか」とか
「あのときは自分の理解が足りなかったな」とか
あとで気がつくことは
いっぱいある。
長く続けていると
それまで見えなかった世界の扉が開くことがあって。
どんな仕事には苦しさがつきまとうものだから、
辞めるのはいつでもできるとしたら、
続けてみるとおもしろいことが待ってるような気もします。
──
書き続けていると見えてくるものがあると。
平松
いや、悟りの境地とか、
そういう話では全然ないんです(笑)。
わかってなかったことが
「ああこういうことだったか!」と思う瞬間が訪れる。
とはいえ、いつ訪れるかわからない、でも、
書き続けていなければ絶対訪れないということは
はっきりしている、そんな感じでしょうか。
あと私がこの年齢になって
最近発見したことは「繰り返し」の重要さ。
繰り返すことで見えたり、
発見したりすることがあると
今になって気がついたんですよ。
──
繰り返しの重要さ‥‥。
平松
同じことをやっているようでも
じつは、微妙に違うことやってるんですよね。
例えば、船に乗りたての漁師さんが
最初はどこに魚の群れがいるか、
うまくつかめなくて、闇雲に船を出す。
でも、ずっと漁に出つづけていると、
風の向き、潮の流れ、天気などを把握すると、
しだいに魚がどこにいるか、
察知できるようになる。
もちろん漁師さんだけじゃなく、
田んぼや畑の仕事でも、工芸の仕事もそう。
長く続けることで
わからなかったことがわかるようになる。
それはどの仕事でも同じなんだろうと
頭ではわかっていたけど、
自分の仕事もそうだったんだな、とようやく‥‥。
──
書くことも
漁師さんと同じだと。
平松
「気づくのが遅いよ」って
思われるかもしれないけど(笑)。
私、あんまり自分のことを
分析して考えないようにしているみたい。
そのときそのときにできることに力を尽くす。
その積み重ねをおもしろがれればいいなって思ってます。
おもしろがることは大事ですね。
新しいものが見えてくるから。
──
私自身も毎日決まった時間に何かをするという
規則正しい生活が苦手で、
自分にはできないと思っていたんです。
だけど年を重ねていくうちに
決まった時間に何かをするという
毎日の習慣のようなものに
助けられることがあるのかなと
思うようになってきたんです。
平松
うん。
習慣みたいなものに助けられるのはありますよね。
ふっと背中を押される感じ。
自然に体が動くような。
なにかやるために
毎回アクセルをいちいち踏むのは大変ですもん。
そういう意味では自分で受け入れた習慣には
背中を押してもらえますよね。
ただし、自分にとっていい習慣というのは、
そのときのまわりの環境や自分の状態などで
アメーバのように変わっていくし、
変えていったほうがいい。
──
自分に合っている習慣ですね。
平松
はい。習慣じゃなくて
もっといい言葉があるといいですね。
習慣っていうとちょっと四角四面な感じがするし、
狭い感じがして、めんどくさいって思っちゃう。
──
たしかに。
習慣と言ってしまうと窮屈な感じがします。
平松
ルーティンっていうのも違うかな。
自分で設定した枠から出にくくなるのも困りものだし。
さっき話に出た、
繰り返している間に
何かおもしろいことが浮上する感じ。
そのくらいの余白をもっていたほうが
いいんじゃないかなあ。
──
繰り返し、いいですね。
平松
繰り返すという言葉は、
「日々の退屈な」繰り返しみたいなニュアンスで
生産性がないようにとられがちだけど
そうじゃないと思う。
同じことをやってるつもりでも、
違うことをやってる。
人間だもの(笑)。
そして続けていると、あるとき発見がやってくる。
それを逃がず、おもしろがる。
──
繰り返しは発見のタネですね。
平松
言葉によって
自分を楽にしていくやり方があると思うんです。
自分を律しなきゃとか、
習慣やルーティンを持たなきゃとか。
そっちの方向じゃないほうがいいと思うな。
──
そうですね。
平松さんとお話して
自分を心地よい状態にする方法を
探っていきたいと思いました。
平松
生きることは
いくつになっても、
自分にとっての心地いい方法を探しつづけていくことが
大事なんだと思うんです。
そう考えれば、いつだって旅の途中なんですよね。
──
私たちは旅の途中なんですね。
心地いい状態にする方法は
人によっても違うし年齢や環境とか
そのときの状況によっても変わることもある。
そのときそのときで、
自分にいい方法を探っていくことが大事ですね。
今日はどうもありがとうございました。

(終わります)


affogato
JUHAのアフォガード。平松さんが好きなメニューの一つ。

「ここのアフォガード、
エスプレッソが2つのグラスにわかれて出てくるんですよ。
私、これにすごく感動したんです。
1つのグラスにこの量のエスプレッソが入ってると、
多くの人が一気にアイスにかけるでしょ。
そうすると最後のほうはアイスが溶けてしまう。
あらかじめ2つのグラスにわけられていたら、
エスプレッソを1杯入れて食べて、
半分くらいになったら
もう1杯のエスプレッソを入れるように
自然となりますよね。
コーヒーを美味しく飲んでほしいという、
店主の大場俊輔さんの無言のメッセージだと思うんです。
長年コーヒーを淹れてきた
大場さんでしかできない“発明”に、感動します」
(平松さん)

2025-06-23-MON

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  • 平松洋子さんの著書
    『おあげさん 油揚げ365日』

    (文藝春秋・2024)

     

     

    平松さんが愛する食材は油揚げ。
    こんなに奥深い食材だとは知りませんでした。
    油揚げのエッセイ、油揚げ好き対談、
    そしてレシピを集めた油揚げだらけの一冊。
    油揚げのクリームパスタから、
    油揚げの中に卵をいれて醤油と味りんで煮た
    「あぶたま」までレシピが45も載っています。

     

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