伊吾田

さきほど国有林での管理の問題の話がありましたけど、
自衛隊の演習場というのも問題で。

千歳市も、市街地でのシカの出没が
けっこう問題になっているんですけど、
おととしぐらいにテレビの番組で
「千歳市のある公園で、サクラの木を折る被害が出てる。
人のいたずらか？」
と呼ばれて行ったら、明らかにシカの仕業で。
実際シカのふんも公園に落ちてましたし。

春先に新芽を食べるんですよね。
たぐれるときはそのままかじりますけど、
上のほうにあるときとか、細い木だったら
口でくわえてパキッと折っちゃうんです。

田中

へぇー。

伊吾田

で、その公園には小さな川が流れてるんですけど、
上流に自衛隊の演習場の森があるんです。
そこはシカの管理もアンタッチャブルというか、
駆除も狩猟もできない地域で、
おそらくそこで増えているんです。

諏訪

確かに自衛隊の演習場は、野生動物にとって
いい場所でしょうね。
ほんとは銃を撃てる人たちがいっぱいいるけど、
実際にはできないでしょうから。

伊吾田

その森の近くまで行くと、ヒグマの痕跡もあったんです。
だから市街地に、ヒグマも来てると。

佐藤

あ、シカだけじゃなく。

伊吾田

はい。だからそういった土地の問題は、
これからの課題ですね。
日本ではそういう土地での野生動物の管理が、
まだ全然進んでいないんです。

イギリスとかアメリカだと、軍の基地の中に
けっこう豊かな森林があることも多いんですけど、
そこでのシカの管理は自前なんです。

諏訪

あ、軍のほうでやってるんですか。

伊吾田

ええ。軍または軍のOBが特権的にやってますね。
それこそシカは資源ですから、
軍としては自分たちの福利厚生というか、
OBたちのレクリエーションということで、
ボランタリーに管理していて。

またさきほど、
「イギリスの場合は土地所有者に
肉をもらう権利がある」と言いましたけども、
その基地で捕獲したシカの肉については、
そのボランティアで来た人たちがもらえるという、
ちょっと特別な管理をしてますね。

佐藤

日本の話ですけど、釧路の国立公園でも、
周りでシカがすごく増えていると聞きました。
国立公園だと保護されるから。

伊吾田

そうですね。国立公園でのシカの管理も
各地で問題になっているんです。
捕獲できるところもあると思いますけど、
保護されているところだと
やっぱりシカの食害が問題になっています。

ほぼ日のみなさんが最近通われている、
尾瀬とかも食害で困っているようですね。

佐藤

そうですね。シカは確実に増えていて、
おそらく食べちゃってると思うんですけど、
ニッコウキスゲが本当に減りました。

日光で冬を越したシカが、春になると
エサをもとめて尾瀬にやってくるそうです。

ニッコウキスゲ

諏訪

さきほど、ヨーロッパではシカについて、
適正な数が管理され、肉として流通していく、
いい循環ができているというお話でしたけれども。

だけど北海道なんかはいま、エゾシカが
手の施しようがないところまで増えてしまっている。

それをヨーロッパ並みにしていくためには
２つの段階があるのかなと思ったんです。
１つが「どう捕獲するか」、
もう１つが「捕ったものをどう利用するか」。

日本の場合はいま、両方とも足りてないんですか？
「撃つ人が増えれば」とか「食肉工場ができれば」とか、
どのあたりに問題があるんでしょうか。

伊吾田

うーん‥‥たぶん総合的にレベルアップを
していかないと駄目だろうとは思いますね。

捕獲数にしても、いまは
「ただ殺せば報奨金をもらえる」みたいなところで
保っている状態なんです。
だから報奨金に頼らず、肉としての売上だけで
回るようにしていかないとダメだろうと思います。

処理施設もまだ不十分というか、
地域によっては数が足りているかもしれないけど、
「いい時期や時間帯にちゃんと稼働しているか」とか
細かい課題がいろいろあるんです。

シカ肉の需要というのも、昔と比べて
伸びてきているとは思うんですが、
まだまだ足りないかなと。

諏訪

ひとまず全体的に「単に駆除する」発想から、
「きちんと有効利用する」という考え方に
移行していく必要があるんでしょうね。

伊吾田

そのとおりですね。

佐藤

このシカの増えすぎ問題について、
ほぼ日の私たちがまず関われそうなところとしては
「シカ肉の需要が伸びていく」ところとかですかね。

需要が増えればビジネスになって、
全体がうまくまわりやすくなるかもしれない？

諏訪

ニーズがあれば、そうですね。

伊吾田

でも、あると思いますよ。
都内でもシカ肉を食べられる店って
だんだん増えてますよね。

吉野

まあシカ肉って、いまはまだ馴染みがない人も
多いかもしれないですけど。

諏訪

だけど現在の常識も、未来には
大きく変わる可能性がありますから。

タバコの分煙とかって、何十年か前にはみんな
「そんなの必要？」とか思ってましたけど、
いまや完全に常識ですし。
レジ袋もエコバッグが普通になりましたし。
クールビズとかもそうですよね。

ただそのためには
「シカやイノシシなど、増えすぎて
問題になっている野生動物は、
きちんと捕って管理することが必要。
しかも、おいしくいただけるんだ」
みたいな啓蒙が、まだ全部遅れてる気がしますね。

ヨーロッパみたいにもっと普通に
「今日は鶏、牛、豚、どれにしよう？
いや、シカにしよう」みたいな感じになったら、
だいぶ変わる気もするんですけど。

伊吾田

「変わってしまえば当たり前」はまさにそうで、
そういうふうに誘導していかないと
駄目なのかなと思います。
いまはもう手詰まり状態なので。

佐藤

日本にシカがたくさんいた明治時代といまとで、
捕獲や処理の技術の進歩はないのでしょうか？

伊吾田

もちろん技術的には、
いまのほうが優れていると思います。
村田銃と現代のライフル銃では性能も全然違うし、
車もあるし、道も整備されているし。

ただ日本においてはもう、昔あった
「自然を利用する総合的な技術」が
根本的に消滅してしまっているというか。

シカに限らず、林業全体がそうなんです。
薪炭林（薪や炭などの燃料となる木材の森林）
にしてもそうだし、
さまざまな素材や食料を山から調達する技術が、
いまはほとんど失われているので。

たぶん江戸時代とかにもシカはいて、
農業被害とかもあったと思いますけど、
地域には猟師がいて、きっといろんな方法で
シカを捕ってたと思うんです。

おそらくそのときは本気度が違うというか。
当時の人々にとってシカやイノシシは
重要なタンパク源であり、向き合い方も
いまと全然違ったんじゃないかと思いますね。

田中

捕獲はやっぱり「銃で撃つ」のが
いちばんいい方法なんですか？

伊吾田

無闇に追い立てるなどしてストレスを与えることなく、
急所を一発で仕留められれば、
最善の方法だと思います。
けれどいまはもう多勢に無勢というか、
個体数が増えすぎてて、
捕獲が間に合っていない状況ですね。

諏訪

そういうところまで来ちゃってる。

佐藤

北海道の鶴居村では、
「ネットで囲って一気に間引きする」
みたいな話も聞きました。

伊吾田

そうですね。周囲長が100メートルとかあるような
大型の囲い罠を設置して一網打尽にする取り組みは、
北海道の一部ではけっこうされています。
それこそ知床でもやられていましたし。
シカの越冬地でやるんですけど、
えさが少ない冬に餌付けをして、罠にかけるんですね。

ただしそういう罠は、数が減るにつれて
だんだん捕れなくなっていき、
捕り切ることはなかなかできないようですね。

諏訪

うーん‥‥。

佐藤

あと、囲い罠のような方法だと
シカ同士が傷つけあってしまって、
捕獲後にシカ肉として流通させるのも
難しくなるという話も聞きました。

だから、撃つことのよさって、
確実にたくさん捕れることに加え、
シカが苦しまない状態で
すぐに解体処理できるところにもあるのかなと。

伊吾田

まさにそうですね。