数々のヒット作品を世に送り出してきた
マンガ編集者の江上英樹さん。
じつは大の鉄道ファンとして知られ、
ジグザグ線路「スイッチバック」のことを
こよなく愛しているといいます。
そんな江上さんがとくに惚れ込んだのが、
島根県の奥出雲にあるスイッチバック。
その圧巻のスケールを体験するため、
現地までいってみることにしました。
木次線のこと、スイッチバックのこと、
江上さんの熱いお話もたっぷりお届けします。
現在、TOBICHI東京では
ジオラマと鉄道マンガ展」も絶賛開催中です。

>江上英樹さんのプロフィール

江上英樹(えがみ・ひでき)

漫画編集者、合同会社部活代表

1958年、神奈川県生まれ。
小学館入社後、『ビッグコミックスピリッツ』など
青年誌の編集を担当。
2000年に『ビッグコミックスピリッツ増刊IKKI』
(2003年から『月刊IKKI』)を立ち上げ編集長に就任。
スピリッツ時代、IKKI時代を通して、
数多くのヒット漫画、名作漫画を世に送り出す。
2020年7月「部活」を設立。

鉄道分野では「スイッチバック」をこよなく愛し、
「I love switchback」なるHPを管理している。
現在は、その集大成として
『スイッチバック大全(仮)』を編集中。

・公式サイト:I love Switch Back
・ツイッター:@TETSUHEN

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第1回 江上英樹さんとスイッチバック。

 
こんにちは、ほぼ日の稲崎です。
突然ですけど、
「スイッチバック」ってご存知ですか?
ウィキペディアには、
こんなふうに書かれていました。
スイッチバックとは、
険しい斜面を登坂・降坂するため、
ある方向からおおむね反対方向へと
進行方向を転換するジグザグに敷かれた
道路または鉄道線路である、と。
絵にすると、こんな感じでしょうか?

 
坂道を登ったある地点で列車が停車。
そこからバックで逆方向に進み、
ある地点でまた進行方向を変えて山を登る。
ざっくりではありますが、
こうやってジグザグと斜面を登る線路のことを
スイッチバックと呼ぶのだそうです。

 
いまから100年以上前のこと。
長いトンネルを掘る技術がまだなかった頃、
立ちはだかる山岳地帯を越えて鉄道をつなぐには、
実際に山を登っていかなければなりませんでした。
当時はまだ蒸気機関車の時代です。
急勾配にしすぎては登れないし、
線路をループ状にして登るのも、
長いトンネル等の大規模工事が必要で、
できることなら避けたい。
そこで生まれたのが「スイッチバック」です。
前に後ろに進行方向を切り替えながら、
ちょっとずつジグザグに
山を登っていこうという作戦だったわけです。
そんなスイッチバックをこよなく愛し、
全国にあるスイッチバックの写真や情報を、
日々収集しつづける男がいます。
その男の名は‥‥マンガ編集者の江上英樹さん!

 
江上さんといえば、
次々とヒット作を世に出した名編集者です。
『伝染るんです。』『サルでも描けるまんが教室』『俺節』
『東京大学物語』『月下の棋士』『Sunny』などなど、
担当された作品を挙げるとキリがありません。
ほぼ日では「土田世紀さんのコンテンツ」や
ほぼ日の學校」にも登場していただいています。
江上さんはマンガ編集者である一方、
筋金入りの「テツ」としても知られ
(テツというのは「鉄道好き」の愛称のこと)、
本人が企画した鉄道マンガ『鉄子の旅』では、
「テツ編集長」としても登場されています。
自称・日本一スイッチバックを愛する男──。
そんな江上さんが、
いま全力で取り組んでいることがありました。
「木次線のスイッチバックをなんとかしたい!」

 
島根県と広島県のあいだにそびえる中国山地。
その壮大な山々をぬって走るのが、
18の駅からなるJR木次線(きすきせん)です。
その途中の「出雲坂根駅」には、
日本最大級の「三段式スイッチバック」があります。
出雲坂根のスイッチバックは、
貴重な鉄道施設として注目を集める一方、
近年、コロナ禍もあって観光客が大きく減少。
その影響を受けるかたちで、
2023年11月には木次線を走る
観光列車「奥出雲おろち号」が
車両の老朽化を理由に運行終了が決定。
このまま観光客が減ってしまうと、
とくに沿線人口の少ないスイッチバックを含む一部区間は、
廃線になってしまう可能性もあるのだそうです。
「スイッチバックが危ない!」
そこで江上さんは立ち上がりました。
2022年5月に
クラウドファンディングを通して
木次線を少しでも盛り上げようと、
地元で『鉄道漫画展@奥出雲』を開催します。
さらに、そこで展示するための
スイッチバックを再現した巨大ジオラマまで、
自分たちの手でつくりあげてしまったのです。

 
じゃじゃーーーん!
1/150でつくられた
ヨコ幅3メートル60センチの超大作! 
細部まで精巧につくられ、
模型車両は自動運転でスイッチバックするんだとか。
すごいっす、江上さん!
ジオラマのために奥出雲に住み込み、
地元の人々とも交流も深めてきた江上さん。
その常軌を逸したテツっぷりに、
地元新聞やメディアからの取材が殺到し、
NHK松江放送局では、
江上さんを密着した番組まで放送されました。
そんな江上さんのスイッチバック愛を、
もっと全国の人にも知ってほしい!
そこで「TOBICHI東京」では、
7月14日(金)~8月13日(日)の期間、
その巨大ジオラマを展示する企画を
開催することになりました!

ジオラマと鉄道マンガ展!

オープン日の7月14日(金)には、
遠く島根県から駆けつけた雲南市副市長さん、
奥出雲町役場の課長さんに加え、
女優の村井美樹さんまでが参加され、
みなさんで一緒にテープカットをおこないました。

 
このジオラマを、みなさんに見てほしい!
駅舎から道路、お店の看板や橋など、
細かいところまでリアルに再現されています。
出雲坂根の駅舎から、クロッシングポイント、
二段目から三段目の線路に
スイッチバックする際のポイント部分を覆う
「スノーシェッド(雪囲い)」まで、
ほんとうに細かいところまで本物そっくり!
‥‥って、地元の人でもないのに、
なんでそんなことがわかるのかって?
そりゃあ、もうわかりますとも! 
なんでわかるかっていうとですね‥‥。

江上さんとスイッチバック取材!

さかのぼること、約1ヶ月前のこと。
TOBICHIでの展示を記念して、
東京で江上さんにインタビューする予定だったのですが、
「本物のスイッチバックを見てみたい」と
ダメもとで担当者に聞いてみたところ、
なんと、あっさりオーケーがもらえたのでした。
え、ほんとにいいんですか? 
島根県ですよ? 飛行機ですよ? 
と、まあ、なんでもいってみるもので、
あれよあれよと取材の話は進み、
本物のスイッチバックがある奥出雲を、
江上さんにご案内いただけることになったのでした。
いやっほーーーい!

 
出発当日の羽田空港です。
待ち合わせ時刻は、朝の6時10分。
テツの朝は、なんと早いことか‥‥!

▲「いやぁ、奥出雲を案内できるなんてうれしいです」
▲「いやぁ、奥出雲を案内できるなんてうれしいです」

 
朝6時10分の江上英樹さんです。
お互い遅刻することなく、無事集合できました。
どうも、お世話になります。
ちなみに、これを書いている私(稲崎ですが)、
じつはまったく鉄道のことがわかりません。
テツ成分、限りなくゼロといえます。
鉄道ファンのみなさん、こんな私ですみません。
しかしですよ、みなさん、
江上さんとかけ足でめぐった鉄道取材、
これがですね、ほんとうにたのしかったんです!

▲出雲空港からはレンタカー。江上さんが指差すほうが奥出雲! ▲出雲空港からはレンタカー。江上さんが指差すほうが奥出雲!

▲目の前には、線路がふたつ?! ▲目の前には、線路がふたつ?!

▲大自然をかけぬけるオレンジ色のかわいい木次線。 ▲大自然をかけぬけるオレンジ色のかわいい木次線。

▲木次線を走っていた蒸気機関車(C56108)。 ▲木次線を走っていた蒸気機関車(C56108)。

 
この取材では、たくさんのことを経験しました。
スイッチバックも体験しました。
そのスケール感に圧倒されたり、
撮影のためにぼーっと1時間ほど待ってみたり、
おいしい出雲そばもいただきました。
出雲では「割子そば」が有名なんだそうです。
保存された蒸気機関車も見ましたし、
無人駅をめぐりながら木次線の現状も知りました。
そして、旅のあいまあいまでは、
江上さんの熱い話をたっぷりうかがいました。

 
先入観を取っ払って、心をまっさらにして、
見るもの聞くものを素直に受け入れてみた結果、
私‥‥ちょっと鉄道が好きになったかもしれません。
いや、テツというにはほど遠いレベルですが、
以前よりも鉄道に親近感がわくといいますか‥‥。
このコンテンツでは、
江上さんに鉄道の話をたくさんうかがっていきます。
木次線のこと、スイッチバックのこと、
もちろん巨大ジオラマのことも。
鉄道にぜんぜん詳しくないという方も、
きっとおもしろく読んでいただけると思います。
連載の終わり頃にはちょっとでも
スイッチバックに興味をもってもらえたら、
これ以上うれしいことはありません。

 
さて、次回は、
さっそくスイッチバックが登場します。
いきなりクライマックスです。
出し惜しみはいたしません。
JR木次線「出雲坂根駅」で乗車し、
次の「三井野原駅」まで向かいます。
江上さんとめぐるスイッチバックの旅。
どうぞ、おたのしみに。

(つづきます)

2023-07-19-WED

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  • 江上英樹さん渾身の巨大ジオラマは、
    8月13日(日)までTOBICHI東京で見られます。

    Z型のスイッチバックはもちろん、
    出雲坂根の駅舎や周辺の景色まで、
    実物そっくりなNゲージの鉄道ジオラマです。

    会場でオリジナル切符(100円)を購入し、
    改札口で日付を入れてからご入場ください。
    巨大ジオラマの他にも、
    松本大洋さんの未発表の原画、
    木次線が登場する
    鉄道マンガのパネル展示もおこないます。

    実際に列車が走るところは、
    週末に開催予定の「運転会」で見られるとのこと。
    運転会の日程、時間については、
    TOBICHI東京の公式サイトまたは、
    公式ツイッターをごらんくださいね。

    たくさんのご来場、お待ちしておりまーす!