「そろそろ、いいものが欲しいなあ」

そう思う瞬間って、どんなときでしょうか。

器や雑貨?
アートピース?
服?家具?
それともクルマ?
ひょっとして、家?
──きっと、人や暮らしの数だけ、
いつかほしいと思う
「そろそろ いいもの。」があるのでしょう。

そこで、
「あなたの『そろそろ いいもの。』は、なんですか?」
という問いを、いま気になる方々に
たずねてみることにしました。

第一回目に登場いただくのは、
漫画家の真造圭伍(しんぞう・けいご)さん。
ちょうど、長く続けてこられた連載を
「自主的に、ちょっとお休み」し始めたばかりの
タイミングでお目にかかることになりました。
(ちなみに、現在は連載を再開されています。)

真造さんの『ひらやすみ』という作品は、
とある縁をきっかけに、都内のふるい平屋で
共同生活をすることになった若者の物語。
いたって普通にみえる日常生活のなかで、
登場人物たちそれぞれのストーリーが展開していきます。
人間関係とともに、
彼らの暮らしぶりが丁寧に描かれていくこの作品に、
真造さんはどんな思いを込めているのでしょう。
そして、真造さんにとっての
「そろそろ いいもの。」とは──?

>真造圭伍さんのプロフィール

真造圭伍(しんぞう・けいご)

1987年1月23日、石川県生まれ。
週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)の
「スピリッツ賞」に投稿ののち、
大学3年時に「なんきん」でデビューした。
初連載作品『森山中教習所』は2016年に実写映画化、
『トーキョーエイリアンブラザーズ』は
TVドラマ化されている。
『ぼくらのフンカ祭』で
第16回文化庁メディア芸術祭漫画部門新人賞を受賞。
そのほかの著作に『台風の日 真造圭伍短編集』
『みどりの星』『休日ジャンクション真造圭伍短編集』
(いずれも小学館)など。
2021年から、週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)で
『ひらやすみ』を連載、現在単行本が6巻まで出版されている。

小学館のwebsite

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その2 一日の最後の、その時間

──
真造さんにとってのいいものはなんですか、
という質問をあらかじめお伝えしたところ、
ふたつ、考えてくださったとききました。
真造
はい。けっこう悩みました。
ひとつは、このテーマには合わない気がして
実物を持ってこなかったんですけれど、
すごく性能の高いゲーミングPCなんですよ。
ゲームの時間は別腹というか、
それをやらないと(自分が)保てない、
みたいなところがあって、
忙しくても、1日の締めに、
1、2時間プレイしていたんです。
「そのために仕事を頑張るぞ」みたいな感じでした。
──
どんなゲームをされるんですか。
真造
「フォートナイト(Fortnite)」というものです。
ランダムに選ばれた世界中の100人と同時に対戦して、
最後の1人になるまで倒したり、逃げたりする、
鬼ごっこみたいなゲームです。
──
へえーっ。『ひらやすみ』とは全然違う世界観ですね。
真造
そうですね。
でも、実は漫画のなかにも出てくるんです。
──
あ、そういえば、なっちゃん(主人公ヒロトの従姉妹)が
それで遊んでいるシーンが出てきますね。

©︎真造圭伍/小学館

真造
「フォートナイト」のネタは
ちょこちょこ登場させてるんですけど、
あまりみんな触れてくれないんです。
──
そんなにお好きなんですね。
真造
すごく楽しいんです。
すみません、
ゲームの話になっちゃいました(笑)。
──
いえいえ、そのためのゲーミングPCが、
「そろそろ いいもの。」
だったということですよね。
真造
はい。去年の5月くらいに買いました。
だから今回「いいもの」というテーマで考えたときに、
まず出てきたのがそれだったんですよ。
──
「いい時間」が
「いいもの」には含まれていますものね。
大切にしている時間のために、
ゲームで切り替えるというのは、
とても興味深いなと思っています。
真造
漫画を描いている時間が続くと、
「自分はなんでもできる」みたいな、
ちょっと悪い「万能感」みたいなのものを
感じ始めちゃうんです。
一方でゲームは、全然うまくいかなくて。
上には上がいることとか、
「できないことがある」という発見があるんですよ。

──
ああ!
真造
上手な人のゲームプレイを真似しようとしても、
全然できない。
そういうことがあって、
漫画で自分のアシスタントさんが失敗しちゃっても、
「しょうがないよね」と素直に思えるようになりました。
前は「なんで、できないの?」みたいに
言っていたかもしれないところを、
いまは「誰でも、できないことってあるよな」って。
ゲーミングPCは高いので購入を迷いましたけど、
ここ数年で、一番の買い物でした。
──
いま、お休みの期間中ということですが、
ずっと「フォートナイト」漬けになるっていうことは
ないんですか。
真造
それはないですね。
いまは休みだけれど、
わりと平常運転くらいで生活しています。
でも締め切りに間に合わない! という
プレッシャーがないから、
心の余裕ができました。
でも、でも、
『ひらやすみ』が完結したら、
丸1日ゲームをやろうかなっていう
気持ちはありますね。
──
ぜひ!
それにしてもゲーミングPCって、
そんなにいいものなんですね。
じつは姪が、22歳なんですが、
買おうか迷っているみたいで、
就職して初めてのボーナスで買ったら? 
と言っているんです。
真造
買った方がいいと思います。
一同
(笑)
真造
すみません、
ほんとにゲームの話ばかり。
もうひとつあるんですよ。
それが、これなんです。
──
これは‥‥!

真造
これは、トーキョーエイリアンブラザーズっていう
漫画を描き始めたくらいだったから、
8年くらい前に買ったものです。
買ってからは、もうほぼカラーは、
これで描いています。
──
水彩絵の具なんですね。
真造
そうですね。
本当に道具としては非常にありふれていますが、
ホルベインの水彩絵の具のセットです。
「No.80」というパレットと、絵の具と筆。

真造
小学校で使うプラスチックのパレットではなく、
琺瑯でできてるんです。
それまでよく使っていたアクリル絵の具は、
乾きやすくて、パレットに出しておくと、
次の日には使えなくなってしまうので、
色塗りのたびにチューブから絵の具を出していました。
かさばるし、大変なんですよ。
その点、水彩絵の具なら、
乾いても水をつければすぐ使えるんです。
それで、水彩絵の具にしてみようと、一式揃えました。
サッと色塗りに取り掛かることができて、
気に入っています。
──
『ひらやすみ』の表紙も
このパレットと絵の具を使って
描かれているんでしょうか。
パレットに置かれた絵の具の
グラデーションが、きれいですね。

©︎真造圭伍/小学館

真造
これは、水彩にした当時、
漫画家の方で水彩をやってる人がいて、
こういうふうに並べるといいよ、
みたいなことを聞いて、やりはじめて。
それから自分の好みで色を変えて、
今、落ち着いたところです。
いま何色だろう、1、2、3‥‥、
30色ありますね。
これで描き始めたら、
色を塗ることに、サッと入れるんですよ。
──
チューブからいちいち出さなくていいから。
真造
それで気に入っています。
あと、コミュニケーションツールになっているんです。
最近、周りに子どもができて、
自分が手持ち無沙汰なときにその子をスケッチして、
色をつけてあげたりすると喜んでいただけるみたいな
ところもあったりして。
──
それはうれしいですね。
じゃあ、けっこう持ち運ばれたりされてるんですか。
真造
そうですね。たまに持ち運んでます、
自分が人見知りだから(笑)、
そこで、自分のアイデンティティを
出したいんでしょうね。
お花見のときも持っていって、
その場でスケッチしたりとか。
つい昨日は、知り合いに4歳の子がいて、
「すごく絵が好き」って言うから、
このパレットを持っていき、
一緒に描きました。
それがすごいよかったんですよ。
その子も負けず嫌いで、
自分は自分、ちゃんと描くって思っていたのに、
うまくできなくて、泣いちゃって。
でも、「水をつけすぎだから、少し拭いて」とか、
少しずつアドバイスをしたら、とても上手になりました。
その子が満足した瞬間を見られたことが、
すっごくよかったので、
そうしたコミュニケーションツールとしても
いいなと思っています。

──
アクリル絵の具を使ってたときと、
水彩絵の具を使うときと、
気分みたいなものも違うんですか。
真造
うーん‥‥、そうですね。
アクリルはアクリルで良さがありますよ。
水彩って、やっぱりマットに、広くは塗れないですし、
そういうところではアクリルの方がいいんだけれど、
水彩はやっぱり色が好きですね。
最近、水彩もやっと慣れたっていう感じです。
──
『ひらやすみ』の平屋のおうち自然と、
おいしいご飯の世界は、
すごく水彩の表現にぴったりだなと思ってます、いつも。

(つづきます)

2024-01-05-FRI

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