──

気を取り直しまして‥‥。

若木

はい。

──

ようやく本題、つまり若木さんの作品とか、
版画のことについてうかがいたいのですが。

若木

わかりました。これが「版木」です。

──

おお、これが。こんなちっちゃいんですか。
この時点で、もうかわいいなあ。

若木

通常はこういうものじゃないと思いますが、
今回スケジュールが押してしまって、
個展で滞在していたスペインへ持ち込んで
作業していたんです。

だから、ちいさいんです。ピースが。

──

スペインでつくってくださってたんですか。
ホワイトボードカレンダーの月の数字を。

若木

そうなんですよ。

スペインでの制作風景

──

そして、スペインで個展やってたんですか。
すごい。版画のですよね。ご招待を受けて。

若木

えっと、あれは招待と言えるんだろうか。
名乗りを上げました。「やりたい」って。
スペイン語が話せないので、会場では
ずーっとポカーンとしてただけですけど。

で、友人のアトリエを借りて彫ってたら、
現地の浮世絵が専門のギャラリーの店主に
「あんたやり方間違ってるよ！」って。

──

わはは（笑）、プロの版画家に向かって！
でも、どうまちがってたんですかね？

若木

彫り方とか危なっかしかったんだと思う。
ただ、わたしは「彫り進み」でやってて。

──

「彫り進み」？

若木

はい、浮世絵なんかの場合は、
赤・青・黄とか色数ぶんの版をつくって、
摺り重ねていくわけですけど、
わたしは１枚の版木しか使わないんです。

──

つまり‥‥。

若木

たとえば「１」って数字を彫ってペタン、
そのあと、同じ版木に
こっちの人物を彫ってペタン‥‥という。

ひとつの版木で、彫りと摺りを繰り返す、
そういうやり方のことなんですけど。

──

へええ！　そんな手法があったんですか。

新しく彫った部分には色が乗らないから、
ひとつ下の色が出てくる、みたいな。
それ、彫りミスったらヤバくないですか。

若木

ヤバいですよ。

──

で、そのやり方が違うって言われた、と。

若木

どうなんでしょうね。
何から何まで間違ってたのかもしれない。

でも、おもしろかったですけどね。
そのギャップっていうか。

──

神宮前の太田記念美術館なんかへ行くと、
浮世絵をつくる方法の説明が出ていて、
「彫師がいますよ」「摺師がいますよ」
「版を重ねますよ」
「共同作業なんですよ」
みたいなことが書いてあったりしますが。

若木

ええ。

──

若木さんは、一人でぜんぶやってる。

若木

そうですね。大量生産もしていませんし、
原画つまり下絵から最後の摺りまで、
無責任にできて、わたしに合ってるなと。

それに「見当を合わせる」といいますが、
版の数が複数になると、
摺る紙を、
つねに同じ場所に合わせる必要があって。

──

いわゆる「版ズレ」を起こさないように。

若木

それが、めちゃくちゃ苦手なんです。

その作業を省略できないかなってことで、
版木が１枚なら、
バカみたいに同じ場所に合わせればいい。
トレースも苦手なので
同じイメージを
版木ごとに写さなければいけない工程も
スキップできる。
だから、わたしにとって「彫り進み」は
「絵を描く」と近い手法なんです。

──

いつごろ、そこにたどり着いたんですか。

若木

学生のころから「見当を合わせる」のと
トレースに困難を感じていたので。
早いうちから「彫り進み」でやってます。

薄い色からスタートして、
彫っては摺って、彫って摺って‥‥を
繰り返すことで時間短縮ができる。
わたし、思いついたらすぐ形にしないと
飽きちゃうので‥‥。

──

それで「彫り進み」でやってらっしゃる。

版画って種類がいろいろあるし、
いまだに「え、どうやってるんだろう？」
みたいな疑問がつねにあって。
吉田博さんの作品を見たら
「こんな緻密な作品が版画で描けるの？」
みたいなことも思うし。

若木

あー、吉田さんって「博」って書く人だ。

──

そうです。この間、広島で観たのは
金田実生さんという現代の作家の作品で、
表現がド素人すぎるのですが、
木版画とのことなんですが、
絵具で描いた抽象画みたいだったんです。

「どういう版になってるの？」みたいな。

若木

ええっ、観てみたい。

作家さんによってはモノタイプというか、
彫ってない版木に色を置く、
そういう手法でやってたりもしますよね。

──

本当に、やり方はさまざまなんですねえ。

だから、ぼくら門外漢にとっては
「版画」って、
なんだかつねに謎めく感じがあるんです。

若木

最近は、ドローイングでも、
頭の中で版画的思考が行われているならば
版画表現と呼ぼう、という考えもあって。

最先端は、すごいところへ行ってます。

──

ペタンとしないのに版画ってことですか。

若木

わたしも理解が追いついていないのですが、
直接、紙に絵を描いたとしても、
彫刻だったとしても、
頭の中で版画のプロセスを踏まえていれば、
それは版画である‥‥という。

──

版画とは「概念」だということ？

若木

ドローイングや写真、さらには映像までも
「版画」にくくられるとするならば、
本当に「版画って何？」って思いますよね。

──

岡本太郎美術館で見た若木作品にも
新たな時代の「版画」を感じた気がしたけど、
若木さんには、定義や考えってあるんですか。

「版画とは何か？」についての。

若木

わたしは「間接技法」に重きを置いてます。

つまり「丸」を描くのでも、
人間が直接的に「丸」を描くんじゃなくて、
他のメディア‥‥
たとえば版木を通してイメージを転写する。
それが、わたしにとっての版画です。

──

なるほど。

若木

作家が直接、手を下さない表現というか。
何かの力を借りておこなう表現というか。

版画と言えばの「複数性」なんかは、
その結果として、ついてくるものだと思う。

──

描く人と彫る人と摺る人による分業制で
大量に刷る浮世絵的な作品じゃなく、
「自画・自彫・自摺」の創作版画、
つまり、
何枚も摺れるのに一枚しか摺らないことも、
いまでは「ふつう」でしょうしね。

若木

そうですね。美大で版画をやってる学生は、
ほとんどそうですよね。

安い印刷とかプリンターとかだってあるし、
たくさん摺れることの意義って、
もはや、現代では感じづらいと思います。

──

デジタルの特性が、まさしくそれですしね。
複製のためのコストがゼロ。

でも、そうか‥‥「いっぱい摺れます」
という版画の特性は、
時代とともに大きな特徴でなくなったんだ。

若木

すべてのものが複数あるような世界ですし。

──

無限にコピーできる時代に、版画とは何か。

若木

だから、わたしは「間接技法」ってことが、
自分にとっては重要なのかなと思います。

つまり、わたしが直接に手を下さず、
わたし以外の何かの力を借りて、表現する。
それが現代の版画の特徴じゃないかな、と。