※ソフィ・カルさんの作品は、著作権の関係で、
記事中に掲載することができず、申し訳ありません。
ぜひ、展示で実物をおたのしみいただけたらと思います。
作品の詳細は
三菱一号館美術館の展覧会ホームページ
でもご覧いただけます。

杉山

こちらから、ソフィ・カルさんの作品に入ります。
最初は《海を見る》という、映像作品です。

和田

わぁ、まず映像が見られるんですね。

酒井

これは、ソフィ・カルさんが、
「海に囲まれた
イスタンブールに住んでいるにも関わらず、
貧しさゆえに一度も
海を見たことがない人々がいる」
と聞いて、制作した作品です。
彼らが海を初めて見る瞬間を収めているんです。

2019年には、この作品が、
渋谷のスクランブル交差点のモニターを
ジャックしたこともありました。
今回は、そのときとは
また違う見せ方になっています。
６つの画面を１つの壁に並べ、
海を見た人々が順に振り返っていって、
終わる、という‥‥。
作品の余韻を感じていただけるかなと思います。

つづいては、《自伝》という、
写真とテキストを組み合わせたシリーズです。

杉山

このシリーズでは、
ソフィさんのお母さんやお父さんや、飼っていた猫が
亡くなったときのエピソードを綴っています。
たとえば、
お母さんが亡くなったときのエピソードは、
こんなふうです。

お母さんの日記に
「きょう、私の母が死んだ」と書かれていたのを
見つけた。
でも、自分自身については
「きょう、私の母が死んだ」と
書いてくれる人がいない。

このように、自分自身には子どもがいないという
私生活に密接に結びついた内容が
写真と文章で綴られています。

──

三菱一号館美術館で、
現代に生きている作家の展覧会をするのは
初めてだとうかがいました。
初の現代作家として
ソフィ・カルさんが選ばれたのは、
どういったきっかけだったのでしょう。

杉山

じつは、ソフィ・カルさんの展示は、
もともと2020年の「1894 Visions」展で
皆さまにご覧いただく予定でした。
当時の館長と学芸員が、
2018年にパリの狩猟博物館で開催していた
ソフィ・カルさんの展示を見て、
狩猟美術館のコレクションに侵入するような形で、
ソフィさんの作品が展示されていたのに感銘を受けて、
三菱一号館美術館でもソフィさんの展示をやりたい、
と思って企画が発足しました。

──

へえぇ。当時の館長さん自らが、
パリの地でソフィさんの作品を見て、
決められたのですね。

杉山

ところが、企画が動き始めた直後に
コロナ禍に入ってしまって、
2020年のときはやむなく中止したんです。
今回、ついに念願叶って実現できました。

──

４年越しに！　
ソフィ・カルのファンとしては、
「諦めないでくださってありがとうございます」
という気持ちです‥‥。

杉山

コロナ禍を経て生まれた作品も
展示することができたので、
結果的には
内容がより深まったかもしれませんね。

※ソフィ・カル氏の《グラン・ブーケ》は、当記事内の写真には写っておりません。

杉山

こちらは、今回、世界初公開の
《グラン・ブーケ》という作品を展示した部屋です。

当館で収蔵している、オディロン・ルドンの
《グラン・ブーケ》は、
パステル画なので劣化しやすく、移動も難しく、
ずっと出しておくことができないんです。
限られた期間しか展示せず、
それ以外の期間は壁の裏側に保管しています。
2019年に当館に来てくださったソフィさんに、
《グラン・ブーケ》を覆っている壁の前でその話をしたら、
「作品があるのに見せていない、
その『不在』がすごくおもしろい」と
言ってくださったようです。
それをきっかけに、
ソフィ・カルさんが当館の職員たちに
「オディロン・ルドンの《グラン・ブーケ》
についてのイメージ」をインタビューして、
テキストにまとめた作品ができました。

私や酒井さんも含め、いろんな人の
《グラン・ブーケ》の印象がまとめられていて、
読んでいると、一瞬だけ、そこにないはずの
《グラン・ブーケ》が蘇ってくる‥‥
という作品です。

杉山

同じ部屋に、「花」つながりで、
《フランク・ゲーリーの花束の思い出》という作品を
展示しています。
建築家のフランク・ゲーリーは、
ソフィさんが若いころから応援をしていて、
個展のたびに花束を贈ってくれたそうです。
その花束をドライフラワーにして敷き詰め、
写真に撮った作品です。
ここに展示している花瓶は、
フランク・ゲーリー自身がデザインしたもので、
会期中は、花を替えながら展示をしています。

杉山

次は、《あなたには何が見えますか》
というシリーズです。
ボストンの
イザベラ・スチュアート・ガードナー美術館で、
何点かの絵画が盗難に遭う事件があったんです。
作品が盗まれて、額縁だけが残されていたそうです。
そこでソフィさんが、美術館の職員などに
「残された額縁の前で、なにを思うか」と訊き、
答えを書き起こした文章と、額縁の写真を
組み合わせています。

ソフィ・カル作品は、
自分をさらけ出すようなイメージが強いですが、
近年はこのシリーズのように、
「美術館で作品を展示すること」そのものを
テーマにした作品も多いんです。

和田

今回の展覧会では、少しずつ、
いろいろなソフィさんの作品が見られるんですね。

杉山

そうですね。次の部屋で展示している
《監禁されたピカソ》のシリーズも、
美術館でのコレクションをモティーフに
つくられたものだと思います。

コロナ禍のロックダウン期間、
パリのピカソ美術館では、
ピカソの作品ひとつひとつに紙をかけて
保護していたんです。
それを見たソフィさんが、
「ピカソの作品がそこにあるのに、覆われている」
というところに不在を感じて、
撮影した作品です。
絵画が紙で覆われたようすが、
ちょっと幽霊のように見えて、
おもしろいですよね。

杉山

最初はなにが写っているのかわからないんですが、
よく見るとピカソの作品のタイトルが書いてあって、
「ピカソの作品がこの裏に隠されてるんだ」と
わかるんです。

次が、最後の展示です。
《なぜなら》というシリーズです。
額縁のひとつひとつに布がかかっているのですが、
めくってみてください。

杉山

それぞれの布には、
「なぜこの写真を撮ったのか」という動機の説明が
書かれています。
ふつう、鑑賞者は、写真を見てから
「どうして撮ったのかな」などと考えますが、
《なぜなら》の場合は逆なんです。

和田

わあ、おもしろいです。

※作品にはぼかしをかけています。

──

はじめに酒井さんにご説明いただいたとおり、
ソフィ・カルさんには、
テキストと写真を組み合わせた作品が多いですね。

杉山

そのことに関して、このあいだ、ソフィさんご本人が
トークイベントでお話ししていました。
「私の作品は、写真だけでは表現しきれないし、
テキストだけでも表現しきれない。
自分はそのふたつの組み合わせによって、
表現する手法をとっている」と。

──

ああ、たしかに写真と文章の両方があるからこそ、
リアルさというか、
現実らしい切実さが感じられる気がします。
今回のように、フランス語圏以外で展示するときは、
テキストを翻訳する必要があるのが
少し大変そうですが‥‥。

杉山

翻訳についても、先日、
トークイベントの質疑応答で、
ソフィさんの言語に対する信念が
垣間見られました。
「外国で展示することはむずかしくないのか」
という質問があったのですが、ソフィさんは
「外国語で読むのがイヤなら、
見に来なければいいじゃない。
それでもたくさんの人が
私の作品を見に来ているんだから、
私の勝ちよ！」と、
ユーモアを交えて答えていました。

──

カッコいい！ ロックを感じます。