松嶋

いよいよ歌麿の大首絵です。

一同

おぉーーっ。

▲重要美術品『高名三美人』(公益財団法人平木浮世絵財団)

松嶋

それまでの浮世絵が
全身を描いていたのに対して、
大首絵は半身やバストアップを描いています。
そうすることで顔に接近できるので、
表情や感情をより表現できるようになりました。

糸井

より「人」に迫れたわけですね。
これ以前にアップの絵はないんですか？

松嶋

役者絵ではありましたが、
美人画、つまり女性の絵ではありませんでした。

糸井

つまり、この時代に発明したんだ。

松嶋

歌麿の絵の特徴は、
さっきの絵本と同じように
「見たままを写しとる」ところです。
それこそカメラで撮ったような
一瞬を描くことができる絵師でした。
例えば、歌麿の中でも有名な
『ポッピンを吹く娘』を見てください。

糸井

はい。

松嶋

これがどういう絵かというと、
ポッピンというおもちゃを持っていた女性が、
うしろから声をかけられて
パッと振り返った瞬間の絵です。
いきおいよく振り返ったことで、
袖がふわっと翻っているのがわかります。

乗組員Ａ

まさに写真ですね。

松嶋

わかりやすい例を出すと、
昭和のCMで恐縮なんですけど、
「お嬢さん、うしろを振り返って‥‥」
というCMがありましたよね。
シャンプーかなにかの‥‥

糸井

「エメロン」ですか。

松嶋

そうです、エメロン（笑）。
あれと同じように振り返った瞬間の‥‥。

乗組員Ａ

エメロン、懐かしいな。

乗組員Ｂ

あとで調べてみます‥‥。

松嶋

おそらくこの絵のモデルは
16、７歳くらいの娘さんです。
彼女が持っている「ポッピン」は、
ポッペンポッピンと音が鳴らせるおもちゃで、
当時はすごくイケてるアイテムでした。

一同

へぇーー。

松嶋

それがなにを意味するかというと、
そういう流行り物を持っているということは、
大店（おおだな）の娘さんなわけで、
当時の人たちはこのモデルが
誰かっていうのもわかっていたと思うんです。

糸井

あぁー、なるほど。

松嶋

名前は書いていませんけど、
「日本橋のなんとか屋の娘さんだ」とか。

糸井

「あいつだな」と。

松嶋

いまでいう「読モ」みたいな存在ですね。
歌麿がなぜそういう女性を描いたかというと、
それは出資が受けられるからです。

糸井

あぁー。

松嶋

この当時の大店の女性の
いちばんの価値観は「玉の輿」です。
老舗大店であるとか、あるいは良縁をえること、
それがいちばんの価値とされていました。
そういう人たちにとっては、
浮世絵になることで自分の知名度があがるんです。

糸井

パンフレットになるんですね。
「私はあの『ポッピン』ですよ」という。

松嶋

そういう意味もあったと思います。

糸井

おもしろいなぁ（笑）。

松嶋

そして、歌麿を語るときに
もうひとつ見ていただきたいのがこちらの絵で‥‥。

糸井

これはどういう絵なんですか。

松嶋

これは遊女の暮らしを
24時間追ったシリーズの浮世絵です。
注目していただきたいのが、
絵の中に「歌麿筆」という文字があり、
その上に蔦屋の「版元印」が捺されています。

糸井

ありますね。

松嶋

これ、蔦重がしたことですが、
ふつうはどの浮世絵を見ても、
版元印というのは
絵師の署名の下に置くものなんです。

糸井

ほう。

松嶋

東洋というか、日本の価値観でいうと、
位置関係で絶対的に偉いのは「上」です。
つまり、歌麿の名前の上に版元印があるということは、
この絵が蔦重主導の企画ということを、
はっきり伝えようとしているとも言えます。

糸井

あぁーー。

松嶋

あまり注目されていない部分なんですが、
私からするとこういうのはふつうじゃないんです。
版元は絵師の名前で売り出しますから、
通常は版元印は絵の下に捺します。

糸井

蔦重はブランドを前に出したんですね。

松嶋

ブランドを先に出しちゃった。

糸井

そうかー。

松嶋

ただ、絵師からしたら
「俺の絵で売れてるのに」と思いますよね。
なので、じつはこのあと
歌麿は蔦重のもとを離れていきます。

糸井

あちゃー（笑）

松嶋

そして、いまの話を知ったうえで、
今度はこっちの絵を見てほしいのですが‥‥。

糸井

これも歌麿ですか？

松嶋

これは蔦重から離れたあとの歌麿の絵です。
別の版元から出した作品ですね。
これ、私から見ると
きれいな絵なのはまちがいないのですが、
ちょっと熱量みたいなものが‥‥。

糸井

あぁーー。

松嶋

このときすでに歌麿は美人画の大家です。
でも、たぶんですけど、
私が思うにこれは助手がやっちゃった
絵なんじゃないかなと‥‥。

糸井

なるほど（笑）。

乗組員Ａ

歌麿の助手が（笑）

乗組員Ｂ

やっちゃってる（笑）。

松嶋

歌麿の名前で出しているものですけど、
もしかしたら御大の手が
入っていない可能性もあるんじゃないかなと。
だって、この絵を見ると‥‥。

糸井

たしかに技は細かいように見えるけど。

松嶋

そうそう、そうなんです。

糸井

はっきり言っちゃうと、
なんか絵がつまんないんですよね。

松嶋

いや、そうなんです。私も完全にそう思います。

糸井

たしかに、いままでの絵とちがいますね。
さっきまではずっとワクワクしたのに、
この絵になった途端、なんかつまんない。

松嶋

私もまったくそう思います。
「歌麿先生、お願いしますよ」って言われて、
はいはいという感じで、
「じゃあ、お前、描いとけよ」という感じがする。

糸井

アイタタタ（笑）。
こんなに露骨にでちゃうのか。

松嶋

他の版元からしてみたら、
人気のある歌麿で出せればいいわけで、
正直、売れたらなんでもいいんです。

糸井

さっきの蔦重の『青楼十二時』と、
この別の版元の絵を描くまでには、
どのくらい時間の差があるんですか？

松嶋

制作されたのは同じ時期です。
この頃の歌麿は、
いろんな版元から出していました。
ただ、蔦重がかかわった企画のほうが、
やっぱり歌麿の良さが出るんだと思います。

糸井

おもしろいなぁ（笑）。
きょうの松嶋さんの解説を読めた人は幸せだね。

一同

うん、うん（強く頷く）。

松嶋

250年くらい前の絵を、
こうやって見比べられる機会って
なかなかないことですからね。
さあ、次の部屋に移動しましょうか。

糸井

歌麿が来たということは、
次はそろそろ‥‥。

松嶋

はい、東洲斎写楽です。